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十二月 02

 京都市と亀岡市の境にある大枝山に向かうにはバスが一番手っ取り早い。地下鉄に乗って京都駅まで向かい、私鉄路線のバスに乗り換える。あとは老ノ坂(おいのさか)峠まで揺られていればいい。

 天狗のくしゃみ吹きすさぶ、寒い平日の午後、ど田舎路線をわざわざ使う人もそうはいない。私とちんこだけを乗せたバスは定刻通りに亀岡へと向けて走り出した。

 エンジン音だけが響くバスの後部座席の高みから、寂れているわけでも賑わっているわけでもない七条商店街やら、鈍い冬の陽光を反射して光る桂川やらを見下ろしていると、わけもなく感傷的な気分になる。そのまま物思いにふける黒髪の乙女と言う映像芸術を披露しながら、茨木先輩の言葉を反芻して彼女の心情を考えた。

 彼女の寂しさをいつか私も味わうのだろうか。


「ちんこよちんこ。私も不老長寿となっているのだったな」


 心情を明確に説明するなど大学入試以来だ。

 神童と呼ばれていた私が、いつの間にか黒髪の乙女とそのおっぱいに目覚めてしまった少年時代。高槻と共に意味不明の阿呆言動を繰り返していた中学生時代。桃色脳内遊戯に振り回されて生産性皆無の行為に精を出した高校生時代。有意義な大学生活というものへの無根拠な自信と憧れが招いた無意義な大学生時代。さらにはちんこが神になり私が黒髪の乙女になるという奇奇怪怪な乙女時代。

 こんなわけのわからない要素をこれでもか、と詰め込んだ自分のことを、理解も説明もできる自信がない。

 私はすっかり錆付いてしまった理解力と国語力に早々と見切りをつけ、スマホで烏丸の住まいを確認しているちんこに問いかけた。

 ちんこは私の腕の中で一つ頷いて答える。


「貴君は半人前とはいえ仙人でもあるし、神に至る修行で神通力も得ているからな。その通りだ」

「私もいつか友人がちんこだけになるのだろうか」

「そんなことはない」


 ちんこは力強く言い切った。


「自分で気づいていないのかも知れないが、貴君はこの一年で随分変わったよ。理想主義をこじらせたようなところも和らいだし、他人との会話もまともにこなせるようになっている。きっと高槻殿や水無瀬殿のような、良い友人が傍に居続けてくれるだろう」

「待て。あれは友人とは言っても形容詞として『邪悪な』とか『度し難い』とかがつくのだ」


 私の不幸を思うさま味わうため、私の高潔なる精神を堕落させ、肉体に多種多様なダメージを与え、学業成績を壊滅的な惨状にしてみせた高槻。

 私の純潔を思うさま味わうため、意味不明な言動をとり、私の肉体に意図明白な性的執着を見せ、ご意見無用の変態街道を邁進する水無瀬嬢。

 彼らを世間一般の枠組みに当てはめた時、誰が良い友人であると納得するだろう。

 少なくともちんこ。

 そしてあろうことか私だ。はなはだ不本意ではあるが。

 公共交通機関特有の強い暖房のせいで、ぼうっとした頭でそのようなことを考えた。


       ○


「貴君、降りるぞ」


 とのちんこの声で、老ノ坂トンネル前でバスを降りる。この辺りが大枝山だ。京都市内中心部に吹き付ける西風ほど強くはないが、びゅうびゅうと山頂から風が吹き降ろしてくる。この風こそカラス天狗かつカラス仙人である烏丸の放つくしゃみだろう。そのくしゃみに真っ向から立ち向かいながら私は、大枝山の急な坂道を進む。霊園を抜け、廃墟と化した工場を抜け、舗装されていない山道に入る。腐りかけた落ち葉が敷き詰められたその先には傾きかけている陽の光が入らず、先を進もうとする私たちに不気味な雰囲気が風と共に襲ってくる。


「ここを進めというのか?」

「頑張れ、我が巫女よ。烏丸殿が待っている」

「天は我々を見放した!!」

「八甲田山ごっこは後にしろ」

「天は我々を見放した!!」

「氏神である私は見放してはいない」


 そうちんことふざけあいながら、気分を奮い立たせる。しばらく落ち葉を踏みしめて薄暗い山の中を進んでいくと、山の麓の国道を見下ろすようにして小さな寂れた神社が建っているのを見つけた。その神社の塗装もはげた鳥居を見上げながら、ちんこは「ここだ」と言う。

 確かに神社の奥から強風が吹きつけてくるが、穴だらけの廃墟のような本殿に誰かが住んでいるような気配はない。試しに中を覗いてみても中には何もない。


「ちんこよちんこ。本当にここなのか? お札が一枚あるだけだ」

「我が巫女よ。一度、れ障子を閉めてからまぶたに唾を塗ってみろ」


 とちんこが言うので指示に従う。

 すると、目の前の様子が一変した。ちんこが「人の唾には魔を破る効果がある」と解説する。「覚えておいて損はない」

 先ほどまで荒れ放題の姿を晒していた廃墟は、小奇麗な神社となっている。塗装も剥げて枯れ木と区別のつかなかった鳥居は、漆の朱色も鮮やかな姿を取り戻しているし、朽ちかけていた本殿は、壁に空いていた穴など消え失せ、床が顔が映るほどに磨きこまれている。だが障子はボロボロになっているのが気にかかった。

 その障子をがたがたと鳴らし、わずかに残っていた障子紙を吹き散らしながら、本殿の奥からまた強風が吹き付けてくる。

 ちんこは私の腕から飛び降りると、吹き付けてくる風に飛ばされないようにしながら


「烏丸殿、私だ。討性黒子男神キサノクロコマラオだ。お見舞いに参上した」


 と言って、本殿の中へと入っていく。私はちんこの後を慌てて追いかけた。

 本殿の中はミシンやら裁縫道具やら、よくわからないが服飾に関係していると思われるものがたくさんあった。西陣の資料館でしか見たことのないような巨大な機織り機まである。だが烏丸のくしゃみに吹き飛ばされたのか、多くが散乱してひどい有様である。

 その本殿の中心、台風の目のように何もない空間でカラス仙人が一人布団にくるまっていた。彼は私たちに気付くと


「おや、黒髪の乙女じゃないですか。これは嬉しい。見舞いに来ていただけるのは討性黒子男神キサノクロコマラオ様だけかと思っていました」


 と言って、布団から身を起こそうとした。黒い羽毛が邪魔をしてカラス仙人たる彼の顔色は読めないが、随分辛そうだ。私がそのまま寝ているようにと言うと彼は不満そうに咳をして答える。


「ずっと寝て過ごしていると人生を無駄にした気になるんです」

「それは難儀な性質だ。寝るという事は幸せの一つ。ちんこへの神楽舞があるので仕方ないですが、私は朝早く起きると人生を無駄にした気になりますね」

「貴君……」


 ちんこが私の言葉に何かを言おうとしたが、烏丸のくしゃみによってそれは遮られた。彼のくしゃみと共にものすごい風が周囲で吹き荒れ、家具や小物を撒き散らす。

 ちんこが飛ばされないようにしっかりと抱きかかえて耐えていると、風はしばらく本殿内で荒れ狂った後、外へとボロボロの障子を通して吹き抜けていった。

 烏丸はくしゃみと共に出てきたはなを、恥ずかしそうにかみながら「ところでどうして黒髪の乙女がここに?」と私に訊ねた。


「天狗熱にはこれが効くと聞きました」


 と茨木先輩と一緒に作った仙薬を取り出し、烏丸の目の前に差し出す。


「おや、仙薬ですか。茨木は仙人ではなくなっているはずですが」

「私が作りました。もちろん茨木先輩の助けを借りてですが」

「ああ茨木の弟子になったのですか。貴重な物をわざわざありがとう」


 そう言いながら彼は私の手から薬を詰めたびんを受け取った。「久しぶりだなあ。以前この薬を飲んだのはいつだったっけ」と言いながらフタを開け、「うえ。やっぱり奥深い味がする」と渋い顔をしながら舐める。


「そんなに仙薬と言うものは貴重なのですか」

「原料の乙女の汗と涙の結晶はなかなか手に入らないので。日持ちもしないし。効き目は抜群なんだがなあ」

「いくら良薬でも手軽に手に入れることができなければ不便では?」

「昔ならともかく今は手軽に医者に診てもらえますし、コンビニで薬も買えますから。天狗熱にでもならなければ仙薬の出番はほとんどないのです。バファリンやら正露丸にとって代わられました」


       ○


 しばらく烏丸と会話したり、持ってきた食べ物などを冷蔵庫にしまい、吹き飛ばされニア用に固定した後「そろそろ」と私とちんこはお暇しようと立ち上がる。そんな私たちに


「いやあ。わざわざ看病に来てくださったというのに何も用意できなくて」と烏丸は布団の中でもごもごと言った。

「お見舞いと言うものは病人がもてなすものではないと思うのだが」


 とちんこが答える。その言葉にに烏丸は本当に残念そうに頭を振ると「古式ゆかしいナイチンゲール風看護服を作って、それで看病していただきたかったのです」と漏らした。


「お恥ずかしい、天狗熱のせいで身動き一つロクにとれやしません。いつもなら十分かそこらで用意できるのに」

「またクラシックな趣味を。黒髪の乙女がお見舞いに訪れる、それだけでも十分に素晴らしいことじゃないですか。自分の体をいい加減に扱ってはいけない。ちゃんと寝てなければ」

「きっちりといい加減に過ごす。これこそ仙人に必要なものです。きちんとしすぎると仙術は使えないですが、いい加減が過ぎると今度は役に立つ仙術が使えない。そしてこれは必要ないい加減さなのです。私は乙女の七変化が見たい」


 私の答えにそう返すと、烏丸は「夜道は危ないですから」と灯りを貸してくれた。


       ○


 日もすっかり沈んで、すっかり暗くなった山道を烏丸から借りた提灯ちょうちんで照らしながら慎重に下る。不気味な廃工場や霊園を潜り抜け、老ノ坂のバス停に辿り着いた時、ほっと溜息が出た。どうやら仙人やら妖怪やら神やらと深くかかわっていても、私はやっぱり人間界が性に合っているらしい。そのままベンチに座ってちんこと世間話をしながらバスを待つ。

 ふと気づくと大枝山から吹き降ろしてくる風が少し弱まっているような気がする。さすがは私謹製の仙薬だ。だが弱まったとはいえ、十二月の夜風はとても冷たい。白く陰気な蛍光灯の光が寒さをさらに引き立てるようだ。


「くちゅん」


 くしゃみが出た。

そういえば。

WEB小説は女装・性転換(TSF)作品の宝庫♪ Part.38の642さんに「ありがとう」と言いたい。

スレで紹介してくれていなければモチベーションを保ち続けられたかどうか、わかりませんでした。

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