二月 03
趣味全開。
兎にも角にも服は手に入った。先輩に丁重に礼を言って別れ、ほっと一息をついたのもつかの間、堪え難い欲求が私を襲った。
目覚めてから一度もその欲求が求めることをしていないうえ、先輩の部屋でコーヒーまでご馳走になった私を、その欲求はギリギリとほのかな熱と共に責め立てた。
端的に言えば尿意である。
私は再び神を呪った。つまりちんこを呪った。
――理想の乙女にこんな欲求を与えるなんて!!
乙女とは穢れとは一切関わり合いを持つべきではないのだ。百歩譲ってそのような生理的欲求は小さな卵や桃色のガスによって排出されるべきであろう。
いくらそう神を、天を、ちんこを呪っても忌まわしき欲求は収まることはない。むしろ高まるばかりだ。
私は覚悟を決めるしかなかった。
つまりは、黒髪の乙女が尿を漏らしてしまうか――、涙を呑んで便所へと駆け込むか――。私は堪え難くを堪え、忍び難きを忍び、後者を選んだ。決して不埒な目的によってではない。
私の理想の乙女の体は穢されてはならぬのだ。
たとえそれが理想の乙女自身の尿であっても!!
決して六畳間の畳を掃除することが億劫だったわけではない。
抱えていたちんこを畳へ下ろし、便所に駆け込んで、ゴムのへたれ具合が気にかかってきたトランクスを下ろす。どうやら腰に引っかかっていただけであるらしいそれは、臀部を越えるとするりと落ちた。
便器に腰を下ろす。ああ乙女の素肌が便器に触れる感覚よ。まさか理想の乙女を最初に穢すモノが私の部屋の便器であったとは――。
だがそのような悲哀は、次に私を包み込んだ圧倒的な解放感によって吹き飛ばされた。ほう――と京極作品のごときため息が出る。
やがて解放感の奔流は勢いを失い、ちょろちょろと流れ、ついには滴が尻へと伝わっていく感触とともに消えていった。
終わってしまえば、こんなものかという感じである。尿が尻へと伝い、どこか漏らしているような感覚ではあったが、私が男であった時と大した違いはない。
さて下着を上げようとして、はたと止まった。私の体が男であったならば後始末は簡単である。ちんこをつまんで軽く振ればいい。
だが私が男であった時に、溢れ出るほどの性欲に任せて収集した、溢れ出るほどの性知識には、女性は性器の構造上、残尿が溜まりやすいとある。紙を畳み、優しく当て、吸わせるように後始末をするべきである、とも。
なんということか。本日二回目の煩悶である。
黒髪の乙女を雑菌の餌食にしてかぶれさせてしまうか――、涙を飲んで丁寧な後始末をするか――。私は堪え難くを堪え、忍び難きを忍び、後者を選んだ。決して不埒な目的によってではない。
私の理想の乙女の体は穢されてはならぬのだ。
雑菌などもっての他だ!! 異論は認めぬ!!
苦渋の決断を実行した後、下着を引き上げる。が、すとんと落ちてしまった。引き上げる。落ちる。上げる落ちる。
どうやら私のトランクスは絶妙かつ奇跡的な塩梅で私の腰に引っかかっていただけらしい。
なんということか。今日はこればかり言っているような気がする。
いや。考え方を変えるべきである。黒髪の乙女が男物の下着をつけていてはならぬのだ。特に三年履いている灰色トランクスなど言語道断!!
もしも男物を身につけねばならぬのならば、許されるのはYシャツだけであろう。
となると。私は考える。
女性ものの衣服を身につけねばならない。しかし繰り返すようだが、私は性欲の権化のような男ではあったが、同時に社会的良識と一端の羞恥心を併せ持つ普通の男であったのだ。女性用の衣服など持っていない。持っていないのだ。
先ほど茨木先輩の知人から送られてきた巫女装束とセーラー服以外には。
さんざん悩んだ挙句、私は巫女装束を着ることにした。
私は下着をつけていないのだ。治安の悪化、人心の荒廃が叫ばれる昨今、現在の私のような美少女が下着を着けずにスカート姿で、街を歩いていたならば。そして何かの拍子に下着をつけていないことが露見してしまったならば。それはもう言葉にも映像にもできないような物凄い目に遭ってしまうのではないか。遭ってしまうに違いない。遭うのだ。それは避けねばならない。
「ちんこよちんこ。聞きたいことがある」
「なんだ我が巫女よ。早く服を着るといい」
「うむ。着ようと思うのだが着方がわからん、手伝ってくれ」
「なんだそんなことか。任せておけ」とちんこは頷いた。
――まず長襦袢を羽織るのだ。ああいかん。右が下になるように合わすのだ。よし、では腰ひもを半分に折って、真ん中を腹の中心にくるようにして後ろに回せ。後ろで交差させたら前で蝶結びにせよ。上下間違えるなよ? 結び目が縦になってしまってはみっともない。
よし。次は長襦袢の上から白衣を羽織れ。これも先ほどと同じだぞ? 右下、左上だ。よし。よくできた。では伊達締めを巻くぞ? 衿合わせを崩さないように注意しながら胸のすぐ下に真ん中を当てよ。そうだ、そのまま背中に平行にもっていき、交差させて持ち替えよ。できたな? できたならば、端を前に持ってきて二度からげて端をしまい込む。これで良し。
緋袴を履くぞ。前後に帯がついているが、帯の長い方が前だ。履いたなら帯部分を背中へ回せ。背中に回した帯を、交差させるようにして腹側へと。よしよし、ここから少し面倒だぞ? ああ大丈夫だ。ゆっくり落ち着いてやれば心配ない。腹側に帯が来ているな? その帯を、右側が下になるようにして腹の中心の位置で交差させて、両方の帯を半分に折れ。そうだ。よくできた!! あとは交差させるようにしてまた背中側に回すのだ。前から回した帯を、背中側の真ん中辺りで蝶結びにする。ああ上下逆だ。やり直せ。そうそう。伊達締めが見えないように気をつけて。そして強く締めよ。
今度は緋袴の後側のへらを、蝶結びか伊達締めに差し込むように――。できたなら帯部分を両方とも前に回す。それを蝶結びにすれば完成だ。なんだやればできるじゃないか――。
やたらと丁寧なちんこの手伝いもあって、なんとか私は一人で巫女装束を着ることができた。最後に腰まで伸びた髪をうなじの辺りで結って仕上げる。
ちんこが「よくやった」と私を褒めてくる。やめよちんこ。照れるではないか。
照れながらも鏡に映った自身の姿をチェックする。姿見に映った黒髪の乙女は、もはや暴力的かつ神秘的とも言える美しさを振りまいていた。もし私がこのまま外に出たならば、この美しさに見とれ、飛ぶ鳥は落ち、猿は木から落ち、道行く人々は石となり、自動車はよそ見運転の多発で事故を起こし、町は応仁の乱以来の大惨事に見舞われるであろう。ならば私は慈愛の心をもってその災害を防がねばならぬ。
よって私は非常に気が進まないのであるが、再びスマホを操作し、少ないアドレス帳から一人を選んでメールを送った。