九月 04
幼い私が妙な顔をしながらも、すべて平らげた料理の皿を洗った後、私は風呂に入ることを思い立った。
涼しくなってきたとはいえ、まだ残暑の残る太陽の下、家々を訪ね歩き、神楽舞まで踊ったのだ。夢の中とはいえ、汗で体がべたつくような不快感がある。そうして台所を後にしようとした私に、幼い私が「どこに行くの」と訊ねてきた。「風呂だ」と答えると、彼は椅子から降り私の後についてきた。
「どうした。お前も風呂に入りたいのか。この乙女と入りたいのか。とんでもないエロだな」
「違うよ。そんなこと思っていない。知らない人から目を離したら、どんな悪さをするかわからないじゃないか。見張っていなきゃいけないから付いて行っているだけだ」
この論理的思考展開っぷり。さすがは私である。
そのまま後ろについて来て、脱衣所で巫女装束を脱ぎ捨てる私の姿を食い入るように見つめている。これが赤の他人であるならば黒髪の乙女の魅惑神秘を晒すことなどありえないのだが、相手はその顔も愛らしき幼き頃の私である。幼い知的性的好奇心に答えてやるのも吝かではない。汗の染みついた下着を脱ぎながら「やはり乙女の体に興味津々ではないか」とからかうと、顔を比喩表現ではなく、本当に真っ赤に染めながらも「敵を知り己を知れば百戦危うからずって言うでしょ」と答えた。
「もしお姉さんが悪い人だったら、僕はそれなりの対応をしなきゃいけない。だから敵かもしれない人の情報を集めておくんだ」
「その論理的思考展開っぷり。さすがだな。ということは中にまでついてくるのか」
「当然」
そう宣言して幼き勇者は着ていた服を、あっという間に脱ぎ捨て風呂場へと飛び込んでいき「あ、お湯がない」と素っ頓狂な声を上げた。
「乙女は体一つ洗うのにも結構な時間がかかるのだ。今から風呂に湯を張れば、私が体を洗い終わる頃にはちょうどいい具合となっているだろう」
だから問題ないと、軽く浴槽をシャワーですすぎ、給湯のスイッチを押す。洗い場に座り込んで、とりあえず私が自分の黒髪を洗っていると、ふと背後に気配を感じた。「何か」と幼い私に訊ねる。
「お風呂にまだお湯もないし、暇だから体を洗っておいてあげるよ」
「なんと。気が利くな。そしてやっぱりエロだな」
「違うよ。これは――」
敵を知るための情報収集か、と先んじてやると、泡立てられた垢すりタオルが返事の代わりに背中に叩きつけられた。このエロなくせに恥ずかしがり屋さんめ。
だがそれはこの敏感乙女には若干痛いのだ。「もっと優しくしろ」と口にすると、すねるような鼻息がしたものの、優しく撫でるような力加減と共に石鹸の泡が背中全体に広げられた。
うむ。苦しゅうない。だが前は結構。この乙女のなだらかな胸の突端は特にだ!!
そこは乙女の第二神秘。気軽に触れていいモノではないのだ!!
それに何よりくすぐったい。
○
「世話になったな」
髪を洗い終わった私は後ろを振り向く。かろうじて神秘部分への侵入は防いだが、髪を洗い終わるまでの間、太腿やら乳房などを妙に重点的に洗われた。「この返礼は今すぐにしてやろう」
「い、いいよ。いらない」
「それはいけない。体を洗わずに湯船に入るなど風呂文化への冒涜だ」
多少強引だが、湯船の中に逃げようとする幼い私を取り押さえる。男の姿の頃と比べるべくもない華奢な肉体となった乙女の私であるが、子供一人押さえつけることなど造作もない。そうして幼い私を床のタイルの上に押さえつけ、放り出された垢すりタオルを拾う。じたばたと乙女の腕から逃げようとする幼い私をあしらいつつ、体を洗ってやっていると、懐かしい顔を見かけた。
ちんこである。
突然の襲撃者から幼い私を守ろうと、懸命に頭をもたげて私を威嚇する健気な幼いちんこ。
私はその真面目さにくすりとしながら、ちんこに語りかけた。
――ちんこ、昼に別れたばかりだというのに随分と久しぶりな気がするよ。こうして合体しているお前と話すのは初めてだったな。
いや。むしろ、今のお前と私は初対面か。
ならばはじめましてが適当な挨拶か――。
学生時代に発揮していた、授業中にいきなり起き上がって私を驚かせるようなお茶目さも、視床下部のやんちゃぶりにいつでも応える真摯さもそろそろ芽生えてくる頃だろう。
そんなお前に私は謝罪しておかなければならない。
これから私はお前にひどく無体なことを何度も何度もするだろう。たぶんお前は血や汗や精を何度も流すはずだ。そのくせ、桃色遊戯を女性と執り行うという、お前の本分を発揮させてやることができない。
すまない。言葉だけでは足りないだろうが――すまない。
辛いだろうと思う。私を憎むかもしれない。愛想をつかすかもしれない。
だが――これだけは覚えておいてくれないだろうか。
今、私はお前のことを一番頼りにしている。かけがえのない相棒だと思っている。一番大切な存在だ――。
私が幼き相棒に話しかけていると「お姉さん。なんで僕のちんこに話しかけてるの……? すごく変……」と薄気味悪そうに訊ねられた。
「変……。そうかも知れない。しかし、沈黙は金、雄弁は銀、という言葉がある」
「喋ることは大事だけど、黙るべき時を知ることは、もっと大事だって意味だよね」
「違う。鹿苑寺は黙っていてもその姿から金閣寺である、と人を納得させることができる。だが慈照寺はその姿を見ても銀閣寺と納得する人はいない。つまりよっぽど単純明快な事実でなければ、言葉にしないと何事も伝わらない、という意味だ」
「絶対嘘だ!!」
「嘘ではない。これぞ万事に通じる屁理屈真理。そして私はいい機会だから私の大切な存在に私の思いを、言葉にして伝えたというわけだ」
そう言いながら、タライに汲んだ湯を幼い私の頭からぶっかけてやる。
「そら洗い終わった。後は湯につかってじっくりと体を休めよう」
「でもまだお湯が貯まってないよ」
「二人一緒に入れば水嵩も増すだろう」
そう勢い込んで湯船に入ったはいいが――私の実家の浴槽は下宿先の物よりも一回り大きいとは言え、乙女一人子供一人が同時に入れば手狭である。手狭であるので自然、体が寄り添う形になる。寄り添う形になると私が足を伸ばせず不快になる。よって不快にならぬよう足を伸ばすために、乙女が幼き私を抱きかかえるような形で湯船に浸かっているのは、半ば当然の成り行きであった。
私が神楽舞で疲れた体を湯船に委ねていると、幼き私が私の体にもたれかかりながら訊ねてきた。
「ところでもう一度訊くけど、お姉さんは何者なのさ?」
「私は黒髪の乙女だ。理想の女性であり、理想の女性であり続けようとし、それでも女性になり切れない黒髪の乙女だ」
「相変わらず言っている意味はわからないけど」
そこで一度言葉を区切り、私の顔を見上げる形で再び口を開く。
「……お姉さんはその……えーと……綺麗で、綺麗だからとかじゃなくて……その……僕はお姉さんのことがすき――」
「それ以上はいけない。私は自分が大好きではあるが、自分に私が大好きだと言われるのは――」
「気持ちが悪い」と伝えると、幼き私は口を半開きにしたまま固まった。「気持ち悪い……気持ち悪い……」と繰り返している。
しまった。誤解させてしまったようである。
「いやつまり。好きだという気持ちは心の内に秘めておくもので、みだりに紳士たるべきものが口にするべきではなく――、そうだ。沈黙は金、雄弁は銀。喋ることは大事だが、黙るべき時を知ることは、もっと大事ということなのだ」
「さっきと言ってることが全然違う!!」
「とにかく私に対して好きだなどと君は言うんじゃない。尻の辺りがむずむずする」
○
程よく体が温まったところで、すっかり意気消沈してしまった幼い私を風呂場から引きずり出す。体の水滴を拭ってやってから彼自身の服を取りに行かせる。
その間に私は再び巫女装束を身に付けた。下着もつけたかったが新しい下着はないし、さっきまで来ていた下着は汗を吸っていたことを思い出したので取りやめた。どう足掻いても神秘をちらりともさせない襦袢と緋袴、白衣の鉄壁ガードがあるのだ。風呂上がりにわざわざ気持ち悪い思いをしなくてもいいだろう。
――と考えていると居間に据え付けられている電話の鳴る音がした。幼き私が電話をとってくれることを期待して少し待ってみたが、彼が居間に駆けつけてくる気配はない。
正確にはこの時空のこの家の住人でない私が電話をとっていいものか。そもそも他人とのコミュニケーション能力に若干の問題があるせいで電話が嫌いだ。だが鳴り続ける電話はうるさい。
みみっちいジレンマにうじうじ悩んだ後、嫌々ではあるが私は受話器を取った。
「はい、大宮ですが」
「貴君か? 私だ。討性黒子男神だ」
「ちんこか。そんなに慌てた声を出してどうしたのだ」
「貴君は神をその肉体に下ろす舞を舞ったのだ。そのせいで一時的な神がかり状態となり――今は意識を失っている」
「あの舞はただの神楽舞ではなかったのか。……意識がない?」
「舞については後で説明する。意識を取り戻すためにすぐに行動しろ。貴君の体に下りていらっしゃる八幡様をお返しするのだ」
「お返しする。どうやって?」
「貴君がその世界で目覚めた場所でもう一度、舞うのだ。ただし舞い方は逆だ、左右と旋回しながら右回りの円を描け」
「難しい注文だな。そう簡単にできるだろうか」
「難しくてもやるのだ」
ちんこはそう言った。「できなければ再び目覚めることができるかどうかわからん」
意外ッ!! それはおねショタ展開!!
だけどショタおねが好きなんですけどっ(憤慨)!!




