九月 02
「また夕方に秋祭りの打ち合わせがあるから、しっかり昼ご飯を食べておきなさい。多分神楽舞の練習もあるだろうし」
との言葉に従って、母の作った正体不明の料理――サバと沢庵のスパゲティ――を食べる。
「昔から思っていたんだが、なぜこんな奇妙な料理を何度もわざわざ作るのだ」
「何? まずいって言うのかい」
「そんなことは一言も言っていない」
急に不機嫌になりかけた母に対して慌てて返す。実際まずくはない。
「あんたが子供の頃、無理に作ってくれっていうから作り始めたんじゃない」
「そうだったか?」
「そうだよ。まあ悪くはない味だったから何度も作ることにしたんだけど」
覚えていない。覚えていないが、なぜ子供の頃の私はもっとまともな料理をリクエストしなかったのか――。そうこっそりとうなだれる私の肩をちんこがぽんと叩いた。
○
午後四時を回った頃、秋祭りの打ち合わせのために自治会館へと顔を出す。
集まっていたおっさんおばはんから、やれ「私の若い頃にそっくりだ」「うちの子の嫁に来ないか」などと言った言葉がかけられるが努めて無視する。
過日、この稀代の乙女にそっくりだと言うのは自惚れが過ぎる。未来、この乙女を嫁にしたいとは過大な欲求に過ぎる。
褒めるにせよ、下心を伝えるにせよ、もっと乙女にふさわしい、ふわふわっとした表現はないものだろうか。
そんなことを思いながらも、巫女神楽の細かな所作の確認をしてもらうため、軽く私の舞を披露すると「上手いものだ」と驚かれ、拍手までもらった。
ふふん、どうだ。私のちんこの教えの賜物である。
しかし、その誇るべきちんこは今はこの場に来てはいない。私が誘おうとすると「私が行くまでもないだろう」「そろそろ独り立ちをした方がいい」などと言って、私の部屋に戻って行ってしまったのだ。つれないちんこである。
「いやあ。それにしても本当に上手いものだ。まさか古式の巫女舞が踊れるとは。それに今年の巫女は美人だし、これはもしかすると本当の神楽舞が見れるかもしれないね」
「本当の神楽舞? なんですかそれは?」
「八幡様がご満足なさったら、返礼として夢の中で、この世のものとも思えない美女による神楽舞が八幡様から下賜されるそうだよ。言い伝えだけどね」
「それは実に興味深い」
特に美女というあたりが。
などと阿呆なことを考えながら、それから二週間、毎週末、細かな所作の違いを自治会館で練習した。
まあちんこへ奉納している舞と八幡様への舞に大した違いはなかったため、初回の寄合で目的は達していたのだが、寿司をとってあると言われては行かないわけにもいくまい。
浅はかと笑うなかれ。
下宿先においては貧乏食生活にピーピーと言い、実家においては母親のとんでも料理にピーピー言っている私にとって、出前の寿司は数少ない精神安定剤。同じ寿司でも魚肉ソーセージと梅干で作られた母手製の散らし寿司とは大違いなのだ。
寿司を食ったり、おばはんたちの戯言をあしらったりしながら、真面目に秋祭りのための神楽舞の練習を続け、私の九月はそれなりに有意義に過ぎていった。
仙人としての修業も順調である。既に絵に描いた餅からいい匂いをさせることに成功している。以前、茨木先輩がやって見せてくれたように、食べられるようになるまでもう少しであろう。
真面目に修行し、神通力を身に付けようと、地に足のついていない夏休みを思うさま満喫している私と正反対に、ちんこはどこか不満げである。それが何によるものなのかわからないまま、祭り当日を迎えた。
なので、その祭りの日の昼過ぎ。八幡宮に向かう私を玄関まで見送りに出てきたちんこに問いかけてみた。
「ちんこは私と共に来ないのか?」
「むやみに他人の前に姿を晒して、無用な混乱を与えるつもりはない。何しろ私は――ちんこだからな」
「何をいまさら。京の街を堂々と練り歩いていたではないか。それにちんことは言っても私の氏神でもあるだろう。茨木先輩もちんこは立派な神だと言っていたではないか」
「……それに今日は八幡殿の祭りの日であろう。呼ばれもしていない私が顔を出してなんとする」
「そういうものなのか? 神の付き合いはよくわからん」
「そういうものだ」
とだけ言い残して、ちんこはついと私の部屋へと戻って行ってしまった。私は呆然とその後姿を見送る。
どうにも最近ちんこの様子がおかしい。
ちんこに真意を問いただしたかったが、そろそろ祭りの時間である。引っかかるものを感じながらも私は家を後にした。
○
祭り自体は非常にのんびりしたものだ。近所のおっさんたちと色づいてきた田んぼの間を神輿を曳いて練り歩き、家々を回っていくだけだ。
だが私は気を抜くことができないでいた。
才能がないとまで謳われた私の神通力でも、神輿の周りをうろちょろとする魑魅魍魎どもの気配をとらえていたのだ。周囲の大人たちは全く意に介していないようだが――奴らは悪行を為す気満々であるように思われて仕方がなかった。というか既に為している。オナモミソウの実――俗にいうひっつき虫――を投げてくるクソガキどもめ。
だが声を荒げて追い払うのも、乙女としては戴けない。よってここは無難な対応で済ますべきであ――
「カンチョー!!」
不意に私の肛門に衝撃が走った。私は右手を天に掲げてお釈迦様に助けを求めたが、蜘蛛の糸は垂らされていなかったらしい。私は地獄へと突き落とされた。
蹲りながらも振り向けば、そこには残心の構えをとるたかし君(仮名)。
私は激怒した。必ず、かの邪智暴虐のクソガキを除かなければならぬと決意した。童貞をこじらせた私には乙女心の機微がわからぬ。だが私は、黒髪の乙女である。桃色脳内遊戯を行い、ちんこと遊んで暮して来た。そんな私の肛門は、人一倍に敏感であった。
乙女の第三神秘――人によって第一だったり第四だったりと様々だが――になんてことを。
私は不意かつ久方ぶりの痛みにむせび泣く肛門を労わりながら、下手人に向き直る。
「貴様。ぶっ殺してやる」
「うるせーブース」
附子。たしかトリカブトから作られる毒薬の一種だったか。しかしなぜ私にそのような言葉を投げかけるのか。もしや『不細工』という意味のブスではなかろうな。ならばこの乙女、容赦せん。
と憤っていると「すまんかったな」とクソガキに拳骨をくれながら、神輿を曳いていたたかし君(仮名)の父親らしき人物が私に謝罪してきた。「うちの馬鹿が大宮君のこと、気に入ったみたいで」
一緒に神輿を曳いていた父が「いやいや気にしないでください」と返している。
「いやいや気にしてくれ。立派な暴行だぞこれは。さらに言うなら、この美しき乙女の肛門を蹂躙してお咎めなし、という悪しき前例ができたなら、変態無頼好事家数寄者が私の後ろに列を作るに違いないのだ」
「まさに門前市を成すというわけか」
「阿呆親父め。うまいことを言ったつもりか」
「お前にだって好きな女の子に嫌がらせの一つもしてみたことがあっただろう。一過性のものだ大目に見てやれ」
「おとん。私は押しも押されぬ紳士だった。女性にそんなことをするなど――」
「そうか。嫌がらせをするほど仲の良い相手がいなかったのだったな。すまん、父でありながらお前の心の闇をわかってやれなかった」
「紳士的判断の賜物だと言っているだろう、阿呆親父!!」
しかし相手の気を惹こうと心にもないような行動をとる心理はわからないでもない。
紳士たる私は暴力的行動に訴えることはなかったが、気になる女性の前でクールを気取り、無気力を演じ、そっけない態度をとったものだ。
そう。例えば――ここ最近のちんこのように。
ちんこだ。ちんこのことに思い当たった。
最近、妙にそっけない態度をとるちんこ。思えばそれは私が神楽舞を八幡様に奉納する、と決めた時からではなかったか。
いつもピンと背筋を張って大人ぶっているくせに、存外かわいらしいところもあるではないか。
やきもちんこの意外な一面に私はくすりとした。
そして。
――そっけない態度をとりながらも好感度を上げるちんこ。
――そっけない態度をとって童貞をこじらせた私。
なんという格差。なんという不公平。ただしイケメンに限る、という格言に私は憮然ともした。
「隙あり!!」
「なんとぉっ!!」
ところで、ひっつき虫を投げる悪ガキに関してはあきらめたので、このカンチョー坊主をそろそろなんとかしてはくれまいか。おちおち前を向いて歩けやしない。
こっそり今までのちんこへの神楽舞の設定を変更。
奉納するためのモノではなくしました。




