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九月 01

 私と長年付き合ってきた人物たちは口を揃えて、私を石橋を叩いて壊す間抜けでありヘタレである、と称す。

 私はその評に真っ向から反論したい。

 私に石橋を叩いて壊すことのできるほどの根気と膂力があるならば、汚い汁に首まで浸かったような虚しき青春を送ることはなかっただろう。つまり私は中途半端な男だったのである。ある時は思い切りよく阿呆に身を任せて自身の無意義な生活を加速させ、またある時は泰然と栄光ある無行動に身を任せて自身の有意義な生活を得る機会を逃した。

 時に石橋を叩いて渡らず、時に腐った丸太橋の上でタップダンスを踊る、間抜けにもヘタレにもなり切れない男だったというわけだ。そして今は乙女である。

 今では乙女になったが――。

 三つ子の魂百までとの言葉がある。そして私は二十一。

 二十年以上にわたってすくすくと育てられた私の中途半端っぷりを変貌させるには、およそ七百年近い時が必要である。いくら黒髪の乙女とはいえ、約半年で成し遂げることができるわけはないのだ。つまり現在進行形で私の中途半端な性質は存続している。

 そして中途半端な性質の私は、男でもあり乙女でもある中途半端な私のとるべき道について考えて――。

 一日目は眠れぬ夜を悶々と過ごした。

 二日目は思い悩んで鬱々と過ごした。

 三日目は睡眠不足からぐっすり眠れた。

 四日目からは遊んで過ごした。

 結果として私は九月になっても、いまだ乙女と男の間でぐずぐずとしていたのである。

 情けない。


 そんな乙女未満の私に母親からの声がかけられたのは、九月最初の土曜日の午後であった。

 寝転びながらお笑い番組をちんこと共に眺めていた私に、寄合から帰ってきた母が「あんた神楽舞を踊れたね」と訊ねてきた。

 正式な作法であるかどうかはわからないが、ちんこに対して毎朝舞っているためその程度のことは造作もない。初めのうちこそラジオ体操かと見紛うほどの拙さではあったが、今では三条大宮界隈一を自負しているのだ。

 私はテレビに視線を向けたまま頷いた。ちんこが私の答えを補足する。


「うむ、巫女神楽だけではあるが。他人に見せても恥をかかない程度には踊れるな」


 そのちんこの言葉に「よかった」と微笑むと、母は寝転ぶ私とテレビの間に腰を下ろして「あと二週間後に八幡はちまん様の秋祭りがあるんだけど、そこで踊ってくれ、だとさ」と続ける。


「待ておかんよ。私が踊れるのはちんこに対する神楽舞だ」

「あら、そうなの? でも大体同じでしょ」

「我が巫女が私に対して舞っているのは、およそ一般的な巫女舞だ。細かな作法の違いはあるだろうが――」

「八幡様に対して踊るのでも対して差はないのね? よかった、やっぱりだめでしたって自治会の人に言わなくて済んで本当によかったわ」


 と言いながら年齢不相応にころころ笑う。

 が私はその聞き捨てならない言葉に身を起こした。


「待ておかんよ。もしかして私が踊ることは決定しているのか? 私は引き受けると一言も言っていないのに? そもそも相談すらなかったのに?」

「いいからいいから。あんたずっと家で食っちゃ寝してるだけじゃない」

「よくないよくない。おかんの眼は節穴か。私は脳内で、繰り広げられるべき未来を何通りもシミュレートするため、時に泰然自若として構え、時に必要なカロリーを摂取し、時にオーバーヒートした頭脳を休ませるために――」

「そういうのはお父さん相手にやりなさい」


 ぴしゃりと抗弁を止められた。

 私の母親はフィーリングの人である。いくら理のある論を並べようと「でもそれはそれ」で流されてしまう。そして母はこれと決めたら決して意見を変えないのだ。父も私もそんな母を苦手としていた。


「とにかくあなたが秋祭りに参加するのは決定しているから。自治会でそう言っちゃったから」


 おかんはひどい。


       ○


 秋祭りと言っても何ら特別なことはない。

 近くの小山にある八幡宮から神輿を出し、田んぼの中を練り歩いてから再び境内に戻ってくるだけのものである。

 巫女としての役割はその間、神輿を先導し、最後に境内で神楽舞を奉納するだけだという。

 これまでは近所のおばちゃん共が毎年持ち回りで、その巫女のお役目を担っていたらしいのだが。


「まあ神様も若くて美人な女の子の方がいいだろうし」


 との声で乙女となった私に白羽の矢が立ったらしい。

 その理由についてはわからないでもない。

 未熟、熟れ頃、姥桜。下手物、平凡、別嬪さん。美人の定義は十人十色で分かれるだろうが、少なくとも乙女となった私は一般社会において絶世の美女である、と言っても過言はないのだ。

 だが――


「なぜ私が乙女となっていることを自治会の人が知っているのだ」

「不思議ねえ。お隣さんに話しただけだったんだけど」


 そういえば私がまだ純粋無垢なお子様であった頃の些細な失敗が、翌日には町全体に広まっていたことを思い出した。十年たっても、よく知りもしないおっさんおばはんから「寝小便した布団を隠してはいけないよ」などと言われるのだ。情報の伝達速度、正確性、保存期間、どれをとっても一級品の、恐るべき田舎ネットワーク及びおばはんネットワーク。

 そんなインターネットに代わる次世代の通信システムで私の個人情報が暴露されてしまったとは。「変態女装野郎としてあらぬ誤解を受けるのではないか」との懸念を抱かずにはいられない。

 そう慄く私に対し、母はのほほんと答えた。


「みんな驚いてはいたけど、変態なんかとは言っていなかったねえ」


 万歳。乙女の誇りは守られた。まあ有体に正直に憚ることなく包み隠さず言って、私が変態である、などとは根も葉もない大嘘なのではあるが――繰り返す。大嘘なのではあるが――変な噂が立っては困る。

 乙女が乙女らしくあり続けることができたことに対して感謝の念を捧げていると


「それに割と好意的だったわよ? 『うちの息子と見合いしませんか』って話まで持ってきた人もいたし」

「おかんよ。秋祭りという地域の問題に関しては喜んで協力しよう。だから嫁取りという家庭の問題に関しては慎んでお断りをさせてくれ」


       ○


「貴君、秋祭りの件、本当に受けるのか」


 母親が去り、居間に二人だけとなった途端ちんこが訊ねてきた。


「まあ仕方がないだろう。うちのおかんは自分の意見を絶対に曲げないのだ。うまく折り合いをつけないと乙女が夫人になってしまう」

「それはそうかもしれないが……」

「ちんこだって、どこの馬の骨とも知らないちんこと私が合体するのは嫌だろう」

「そういう問題ではないのだがな。まあ貴君の阿呆っぷりは身に染みてわかっているつもりだ」

「思わせぶりなことを。何が言いたいのだ」


 私がそう訊ねてもちんこはふるふると呆れたように身を震わせるだけであった。

ちょっと諸事情でゴタゴタしてるんで二週間ほど更新が不安定になりそうです

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