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八月 03

 阿呆な問題に阿呆家族、そして誇るに誇れぬ我が阿呆頭脳といった阿呆三昧にも辟易としてきたので、私はちんこと家族に席を外すことを伝え、シャワーを浴びることとした。戦術的撤退ともいう。事あるごとにシャワーなど青狸物語におけるヒロインのごとき謎行動ではあるが、気分転換にちょうどいいのだ。さらには乙女にふさわしき石鹸の香りも漂わせることができる。一石二鳥。

 だが気分転換のため、冷水に体を打たせているはずなのに気分は一向に晴れず、さらには暗い乙女未来が脳裏にちらつく。

 戸籍と容姿との乖離による就職失敗、貧乏、桃色業界堕落、都落ち、過激桃色業界堕落、大貧乏。そして多分、最後にこのシャワーのような冷たい雨が背中に沛然はいぜんと降り注ぐ中、死ぬ。

 シャワーを浴びて気分をマイナス方面に転換させてしまった私であるが、普段着に着替えるとその鬱々とした気分も不思議と晴れた。

 私の普段着。それは神となった私のちんこに仕えるための巫女装束である。

 私の心を一瞬で落ち着かせるとは。ちんこの神通力ここに極まれり。そう感心していると


『――大宮君個人の氏神として活動なさっているため、神通力の源となる信仰心を集められずにいる――』


 ふと茨城先輩の言葉が思い起こされた。

 今私が感じた心の安らぎは、ちんこの神通力によってもたらされたものではないのか。ならば私の神通力によるものか。だが、ちんこが言うには私には神通力の才能がないらしい。

 ならば一体何によって――。

 私が思いにふけりながら居間へと戻ると、先ほどまでの堅苦しい雰囲気はどこへやら。父とちんこが昼間だというのにビールを飲んで談笑していた。母親もニコニコとしながら会話に参加している。なぜこのような事態になったのか父に問いただすと

 

「実は私は息子と酒を酌み交わすことが夢だったのだ。だがうちの阿呆息子は酒も飲まず甘いものに目がない不調法者。夢は夢で終わるところだった――」

「だが私はちんこであるとはいえ、父殿と母殿の血を分けた身だ。肉体的には息子と言える」

「ならば多重の意味でムスコである男神マラオさんと酒を酌み交わすことで私の夢を叶えることができる。阿呆息子よ、よくやった。今までで最高の親孝行だ」


 との答えが返ってきた。やはり阿呆家族である。阿呆親父の答えに悪態をつきながらもちんこの隣へと座る。半分ほど空いたちんこのグラスにビールを注ぎ直していると、阿呆が自分のグラスを差し出してきた。嫌々ながらも私がそれに応えてやると、にんまりと笑い「親孝行ギネスの更新だ」とほざく。母親にもついでに注いでやると、困ったような顔をしながらも嬉しそうに飲んでいた。

 乙女としての私は積極的にではないにせよ家族に受け入れられたようではある。ぎこちないながらも笑顔がある。そんな和やかな雰囲気をロクに答えも出ない乙女未来予想図で濁してしまうのも忍びなかったので、私の有意義かつ無意義な大学生活について語った。ちんこは自身の交遊録を語った。ちんこの話において、私も知らぬ人物や出来事が語られ、興味深い反面、受動的かつ孤高人的――いやゆるぼっち――心理によって少し嫉妬もした。

 

 やがて日も暮れたので、私が乙女としてふさわしき夕食の下準備や後片付けを披露すると、母親は微妙な顔をして少し涙ぐんだ。それが私の内面成長に起因するものなのか、はたまた私の衝撃的な外見変化による、息子を失った喪失感からなのかはわからない。

 父親は夕食の席で、再び私に酌を求めた。私が罵倒しながらそれに応えると、父親は阿呆面を晒してにやにやした。それは私の内面成長に起因しない、衝撃的な外見変化を楽しむ阿呆の所業である。息子を失った喪失感など、はなから無さそうだ。


       ○


 夕食も終わり、ちんこと共に大学へ入るまで使っていた自分の部屋に戻る。窓を大きく開け放つと、家の裏山から吹き降ろす冷たい風が吹き込んできて非常に心地よい。緋袴と白衣を脱ぎ捨て襦袢姿となり、寝るために布団を敷いたが、ふと思い出し、猥褻図書館を探す。天袋の奥に安置されている段ボール箱。封印が解かれた様子はない。

 一つ息をつく。

 よかった。いまだここは家人にとって未踏の大地であるらしい。

 猥褻図書館から取り出した一冊を眺め、久方ぶりの桃色脳内遊戯に耽ろうとしたが、やはりというかなんというか、第二の脳たるちんこがない乙女ではうまくいかない。ならば黒髪の乙女との薔薇色未来予想図を思い描こうとしたがこれもうまくいかない。

 私は桃色雑誌を放り捨て布団に倒れ込んだ。

 寝転んだ視線の先、ふと高校時代に高槻から借りっぱなしだった小説が目に留まった。寝そべりながら書棚に手を伸ばしパラパラとページをめくる。

 それは自分の魅力に気づいていない、頭の中が桃色遊戯など関係ない夢見がちなモノでいっぱいの恋に恋する乙女が、頭脳明晰容姿端麗運動神経家柄全てにおいて抜群の青年と仲を深めていく愚にもつかない恋愛小説であった。

 ひとしきりその阿呆らしさに笑った後、似たようなことを望んでいた救いようのない阿呆がどこかにいたことを思い出し「ぎゃあああ」と叫びだしたくなったが、乙女にふさわしい所業ではないので、紳士かつ淑女としてぐっと耐えた。

 情けなくなったので私はちんこに『先に寝る。電気は消しておいてくれ』と伝え、布団に潜り込む。ちんこの「ゆっくり休め」という言葉に曖昧に返して目を閉じた。


 目を閉じるとそれだけでこれから起こりうる出来事への不安に押しつぶされそうになる。

 だが家族の理解というものは微妙な後味を残しながらも手に入れた。

 周囲の理解もよくはわからんがとにかくある。それがいい加減な相手からのいい加減なモノだったり、変態からの性欲マシマシのモノだったり、極悪人による私への嫌がらせ目的によるモノだったり、そもそも人間ではない存在からのモノだったりと散々だが――無いよりはマシな程度にはある。

 そして今の私にとって最も大切な存在――ちんこからの理解は言うまでもない。

 ならば私は――彼らの私に対する理解を無駄にしないためにも、そろそろ進退を決めねばならないのだ。

 およそ二十年間、理想の乙女を求めてきた男の道を選ぶか。

 およそ半年間、理想の乙女を目指してきた女の道を選ぶか。

 正解など存在しない難問ではあるが、脚本演出出演観客全て私、という優雅な現実逃避の世界に舞い遊び続けるわけにもいかないだろう。

 その晩私は疲れているというのに一睡もできなかった。

夏も終わりと言ったが、スマン。ありゃ嘘だった。

六月の展開と同じように感じたので改稿しました。

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