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七月 02

「おこんにちは」


 朗々と親友たる私への信愛の情が込められた声が響いたのは、私が部屋を片付け終わり、手持無沙汰にぐるぐると六畳間一周の旅を二十数回ほど繰り返していた時であった。

 私は座布団に座り込み「開いている。勝手に入れ」と、面倒くさそうな声と顔を取り繕って返事をした。「貴君は面倒くさい奴だな」とちんこがため息と共にふるふると揺れているが気にするものか。私にも立場というものがあるのだ。ガラにもなく浮かれているなど恥ずかしい。


「お邪魔しますよ」


 我が物顔に私の部屋へと上がり込む高槻に続いて、いい加減な美女と変態娘が顔を見せた。茨木先輩と水無瀬嬢である。皆が皆、手に買い物袋や紙袋を持っている。どうやら例年と違いまともな誕生日祝いとなりそうだ、と私の期待はさらに膨れ上がった。


「さて。大した物も用意できずに申し訳ありませんが」


 茨木先輩が畳の上に手をついてちんこへと頭を下げた。「討性黒子男神キサノクロコマラオ様、おめでとうございます」と。

 高槻が私を押しのけて机の前に座り込み「今日は男神マラオ様の誕生日ですからね」と続ける。


「そしてこれは男神様の誕生日ケーキです。本当はプレゼントもお渡ししたかったのですが、生憎と男神様に似合うような物はラバースーツ(ゴム製避妊具)くらいしか見つかりませんでしたので買っていません」

「待て。ちんこが生まれたのは忘れもしない二月の十日だ」

「それは男神マラオ様が神になられた日でしょう? 男神様がその肉体を得られたのは七月七日なわけです」

「私の誕生日はどうなった!!」

「僕たちの論理だとあなたがその体を得た二月十日になりますね」


 にやりと笑って、その憎たらしい声を憎たらしい顔と共に私へとかけてくる高槻。彼は人の不幸で飯が三杯食えるというイカれたジャンキーであり、特に私の不幸が大好物な私の天敵である。

 私は再び手のひらをかえした。悪魔のような男に一撃を加えてやろうとしたが、逃げ足だけは天下一品の高槻には届かない。届くのは精々が悪態だけだ。


「貴様、私をおちょくるためだけにこんなことを考えやがったな!?」

「ふふん。どうですかね」

「乙女の純情と童貞の矜持を踏みにじりやがって。許せん」

「何です? あなた祝って欲しかったんですか? じゃあプレゼントにそこいらで野菜でも買って来るんで、齧るなりなんなり好きにしちゃってください」

「嫌だ。それでは去年のニシンと同じではないか」

「ご安心なさってください。私はお姉さまのお祝いをしに参上いたしました」


 私の部屋に上がって以来、鼻をすんすんさせていた水無瀬嬢が口を開いた。なぜ鼻を動かしていたのかも、この乙女の体を性的な目で品定めし続けているところも気にかかるが、それを除けば、先輩である私を立てるいい後輩である。私は変態娘と呼んだことを心の中で詫びた。すまぬ水無瀬さん。


「このようにお姉さまと夜の布団の中でも楽しめるジョークグッズを――」


 変態娘はやはり変態娘であった。

 汝報いを受けるべし。私は今日幾度目かの手のひら反しを発動させた。今日一日で反し続けた手首はさながらドリルのように回転している。そのドリルをかの変態娘の鳩尾に突き入れると、ぐうと愉快な声を立てて水無瀬嬢は崩れ落ちた。


「ああひどい。女性に何ということを」


 高槻が私をきいきいと非難してくる。だがしかし。


「ひどいのはこの娘だ。乙女に何ということを」

「冗談と本気の区別を付けることができればこんな無体なことをしなくても済むというのに」

「区別はついている。この娘は本気だ」

「まあそれはそうなんですけど」


「やっぱり暴力をふるってはいけない」とちんこと声を揃えて糾弾してくる。

 だがか弱い乙女をどのようにして毒牙から守ればいいというのか。殴られても幸せそうな顔をしている変態娘をどのように扱えばいいというのか。私はそれ以上傍若無人の魑魅魍魎どもに付き合う気にもなれず、出来合いの料理を並べる皿やコップを並べる作業に没頭することにした。


       ○


 しばらくして、ちんこへの誕生日祝いとおまけの私に対する乾杯をしていくらかの時が経った頃、ビールを飲んでいた茨城先輩がふと思い出したように言った。


「さて大宮君。そういえば君も精神的には誕生日だったな。私から君へと贈り物がある。君を『仙術研究会』の会長に推薦してあげよう」

「では野菜に代わる僕からの贈り物としてあなたに清き一票を」

「それならば私も贈り物としてお姉さまに清き一票を」


「そんなものいらんわい」と即答した私に、先輩は烏龍茶を勧めながら


「大丈夫、君には仙人の才能があるよ。そんな美少女の姿になった後でもとくに大騒ぎもせず、ふらふらと遊んでいて地に足をつけていない様子は一級品だ」


 と言った。これほど持っていて嬉しくない才能があっただろうか。煩悶している私にちんこがぼそりと続ける。「そういえば私を神の座へと押し上げるほどの性欲も才能といえるのではないだろうか」と。

 持っていても嬉しくない才能がさらに発見された。


「貴君、落ち込むことはない。子孫繁栄を司る私としてはむしろ褒めてやりたいほどの才能なのだが」

「初耳だぞ。そんなこと」

「君は討性黒子男神キサノクロコマラオ様をどう思っていたのだ」


 私の氏神であり――おかん気質のちんこだろうか。そう答えると茨城先輩は大げさにため息をついた後、説明を始めた。


「討性黒子男神様は本来ならば産土神として祀られていてもおかしくないほどに立派なお方だ。器物が百年以上を経てやっと付喪神つくもがみと呼ばれる存在になるのに対し、討性黒子男神様はおよそ二十年――君の性の目覚めを勘案すれば十年とたたないうちに――子孫繁栄五穀豊穣家内安全精力回春その他諸々(もろもろ)を司る金精神こんせいしんとなられたのだ」


 よくわからないがとにかく私のちんこはエリートちんこであるらしい。「では私とお姉さまの子孫を残すことも可能なのですか」とどこかから聞こえる理解できない異次元語を聞き流しながら、曖昧に返事をする私に先輩は「だが」と続ける。


「本来ならば土地にまつわる神として崇められるべき討性黒子男神様だが、大宮君個人の氏神として活動なさっているため、神通力の源となる信仰心を集められずにいる」


「つまりいつもガス欠ということですか」と高槻がちんこのコップにビールを注ぎながら口を出してきた。その言葉に少し考え込む。

 ちんこが土地に根差す神となり、多くの人から信仰心を集めればこの問題は解決するのだろう。

 思えばちんこに迷惑ばかりかけてきたものだ。

 

 私が男であった頃には桃色体験をこなせないばかりに惨めな思いをちんこに強いてきた。だがちんこはふてくされもせず、私の視床下部のやんちゃぶりに、いつでもその頭をもたげて応えてくれた。辛いこともあっただろうに何も言わずにいてくれた。私のちんこは耐え忍ぶちんこなのだ。

 三つ子の魂百までと言う。二十年間耐え忍ぶ性格でいたちんこが、その性格を変えるためにはおよそ七百年の時が必要である。そしてちんこが私と分離してからまだ半年もたっていない。ならば私のちんこは未だ耐え忍ぶちんこであろう。

 耐え忍んでいるからこそ、ちんこは神通力の使えない神として惨めな立場に甘んじているのではないだろうか。ちんこのことを思うのならば、私の守り神としてではなく土地神として過ごさせてやるべきなのではないか。

 

 だが、私はうまく言えないのではあるが――ちんこと共に居たかった。ちょっとした独占欲なのかもしれない。自分でもわがままでみっともない考えだとは思うのだが、二十一年間苦楽を共にしてきた私のちんこは私のモノなのだ。

 一体ちんこはどう思っているのだろう。私がちんこの方を盗み見ていると、


「茨木殿。だが私は我が巫女を私の下で修行させ、神通力を身につけさせてやると約束したのだ。その約束が果たされるまで我が巫女から離れる気はない」


 私と先輩のやり取りを黙って聞いていたちんこが不意に口を挟んできた。どういう意図なのであろうかと、表情から読み取ろうとするが、ちんこには顔がないため読み取れない。


「ええ。そしてきっと大宮君も討性黒子男神キサノクロコマラオ様から離れるつもりはないでしょうから、この状態を何とかするために、大宮君自身の討性黒子男神様に対する信仰心の質を上げるべきだと考えるわけです」

「信仰心の質? どのようにすれば上がるのですか」


 私の質問に、先輩は残っていたビールを一息にあおって「だから大宮君は仙人になるのだ」と言った。仙人になることと信仰心の関係がつかめない私に、先輩は手酌で自分のコップにビールを注ぎ足しながら説明を続ける。


「仙人とはいい加減な力を持つ存在だ。そのいい加減な力がいい加減に作用して君の信仰心の質を押し上げてくれる――むにゃむにゃむにゃ」

「ちょっと待ってください。『かもしれない』と小さく付け足しましたね」

「討性黒子男神様が上質な信仰心を得て神としての位階を上げれば、それに仕える君の神通力も若干ながら底上げされ、男に戻る時期を早めることができる――むにゃむにゃむにゃ」

「ちょっと待ってください。『かもしれない』と小さく付け足しましたね」


 だが男に戻れる時期を早めることができるというのならば、仙人となることも悪くはないかもしれない。どうせ戸籍と乖離している乙女の姿では就職活動もままならないのだ。

 ――地に足をつけない生活を求められる仙人として活動するにあたって、落第する危険性もあるが――就職浪人よりも落第生のほうが若干、就職活動に有利であるとも聞く。

 ならば――。


「では――やりましょう」

「君の引き受けた理由、まさに仙人の才能あふれる考え方だ。そんな君を後継者にできてうれしいよ」


 茨城先輩はビールをぐいぐい飲みながら嬉しそうに大笑した。

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