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五月 03

麻雀……四人で点数を取り合う絵合わせゲーム。

半荘……ゲームの区切りの単位。

満貫……いっぱい点数をもらえる。

 麻雀マージャン。各種四牌ずつの、東西南北白發中の『自牌』と萬子マンズ索子ソーズ筒子ピンズの一~九からなる『数牌』を組み合わせて行う高等知的かつ堕落卓上遊戯であり、大学生の必修科目でもある。「麻雀を制する者は単位を失う」と茨木先輩が残した通り、麻雀を覚えた学生はコミュニケーション能力と引き換えに、学力を失い薔薇色のキャンパスライフまで失うとまで言われている。


 私も大学生の嗜みとして麻雀を覚えていたが、学力も薔薇色のキャンパスライフも失ったにも関わらず、コミュニーケーション能力を得ることはできなかった。いったいなぜであろう。誰かに問いただしたかったがコミュニケーション能力に問題のある私には問いただす相手もおらず、また問いただしたとしても理解できる学力も修正すべき学生生活ももはやない。


 そんな不憫な私は、麻雀とはおそらく店主が言ったように神聖な遊戯なのであろう、と思考停止気味に受け入れた。

 店主は「さて」と場に集まった一同を見渡して口を開く。その様子はどことなく厳粛な神官を思わせた。


「麻雀とは天と地をそのシステムに内包し、山のように積み上げられた壁を各々(おのおの)方自身で崩し、真に必要なものを見極め、いずれ栄光を掴み取る神聖なゲームです。古来より人も神も妖怪も何かしらの問題が起こった時にはこれを用いて、争いに発展することを防いだといいます。古くは天照大神アマテラスオオカミが――」


 猫も達磨だるまも目を閉じうんうんと頷いている。

 精々百年前に日本に渡って来て、ギャンブルやら脱衣遊戯に使われているだけかと思っていたが、どうやら麻雀とは奥も歴史も深いものであったらしい。また一つ賢くなってしまった。


「――というわけで故事にのっとり春画の争奪をかけた麻雀大会を始めさせていただきます」


 とそう締めくくった店主の言葉と同時に、化け猫と達磨と爺と巫女による世にも奇妙な麻雀の火ぶたが今宵切って落とされた。

 私の上家かみちゃに位置するのは起家キーチャでもある淡路猫、下家しもちゃに達磨――上牧かんまきというらしい――が座り、対面トイメンに神経質そうな爺がいる。


 泣いても笑っても半荘ハンチャン一回こっきりであるこの戦い、皆が皆、妙に力強い闘志をみなぎらせている。私も久しぶりの麻雀に少し胸が高鳴った。

 なぜか三十万点持ちからの奇妙なゲームであったが、滑り出しは静かであった。猫はその巨体に似合わず爪の先で器用に牌を操ってゲームをこなしているし、上牧達磨も同様だ。手がないにも関わらず念動力らしきものを使って牌をツモりホーへと捨てている。一方、爺は一人ぷりぷりと怒っているがそれだけだ。静かに大きな点数の動きもなくゲームは進行していく。


 しかし南二局二本場、私が親の満貫マンガンをツモアガリし、逃げ切りを図ろうとした時にそれは起こった。何気なく私が捨てた字牌の『中』に「ロン」と淡路猫からの声がかかったのである。「チュンのみ」と。

 たかだか一翻イーファン役、千点ちょっとを支払おうとした私は目を疑った。猫が嬉しそうに倒した手牌の十三牌全てが『中』であったからである。同じ牌は四枚しか存在しないはずなのに!

 呆気にとられている私に向けて意地悪く笑いながら、淡路猫は「にゃにゃにゃ。これも神通力さ」と十万点を要求してきた。この瞬間、いみじくもみみっちい言ったもん勝ちやったもん勝ちの超時空麻雀が開幕したのである。


 相変わらず『白のみ』『中のみ』などの大物手を狙う猫。『タイムスリップ』なる訳のわからない技を駆使して山から好きな牌を取ってくる達磨。それに対して『天地無用ちゃぶ台返し』で爺は全てを無に帰す。漢方薬屋の奥の座敷は物理的に麻雀牌と点数棒が乱れ飛ぶ戦場となった。


「貴君、これは私の知っている麻雀と違うような気がするのだが……」


 私が何度目かに床に散らばった麻雀牌を拾い集めていると、ちんこが呆れたように訊ねてきた。


「奇遇だな。私もちょうどそう思い始めていたところだ」

「もっと早く気付いてくれ……」

「済まない、ちんこよ。だが続けよう」


 確かにこれは尋常の麻雀勝負ではない。普通ならばこんな勝負などに参加すべきではないだろう。

 だが半日を費やして春画のありかを突き止め、今ここにその一端を掴もうとしているのである。まだ見ぬ芸術作品を前に引くわけにはいかなかった。さらに言えば、ここで引くと借金を体で支払うというお題目のもと、この黒髪の乙女の肉体を思うさま蹂躙されてしまう危険性があった。主として変態娘水無瀬嬢に。

 それは避けねばならない。黒髪の乙女は何にもけがされてはならぬのだ。

 それが借金苦からくる堕落売春生活など以ての外だ!!


「しかし貴君、硝酸などあるのか? 貴君は他の者たちに対抗できるような神通力などないだろう」


 続ける意思で息巻く私の顔を心配そうに覗き込んでくるちんこ。私は彼に「任せろ」と無言で頷き返す。

 これがただの麻雀勝負であれば勝利はこの場にいる全員の間を揺蕩たゆたっていたであろう。だが何の因果か、超時空麻雀と化してしまった今ならば必勝法は見えている!!

 ちゃぶ台返しによって散らばった牌を積み直して再開された南三局十六本場。開始直後に私は宣言した。


「リーチ!! そしてリーチ棒を生贄にルールを脱衣麻雀に変更する!!」


 その時一同に電撃(はし)る。


「これによってこれ以上脱ぎ去るものを持っていない上牧さんと淡路さんは脱落!!」

「なんと!?」

「くそっ! こんにゃ時に夏毛に生え変わってしまっているにゃんて!!」

「ふふふ。金が入らなければ好みを売らねばならないかもしれないのだ。悪く思うな」

「おお、我が巫女よ。言ったもの勝ちの超時空麻雀をこう使うとは……。だがまだおきなが残っているぞ?」


 ちんこよちんこ。心配はいらない。我が超時空麻雀奥義は隙を生ぜぬ二段構え。そうほくそ笑む私に爺のヒステリックな声がかけられる。


「おい、お前! 金が要ると言ったな? いくらいるんだ? 百か二百か!?」

「ふざけるな! この黒髪の乙女を金で買おうなどと言語道断!! そこいらの花売りと同じと思わないでいただきたい」

「阿呆かこの娘は?」

「うむ。我が巫女は少しばかり阿呆なのだ」

「少しじゃあないだろうが!」


 ひどい言われようである。黒髪の乙女に向かって正面から罵倒するとは。それにもし。もしもである。いつもは阿呆であるとしても、今この瞬間において、私は阿呆ではない。むしろ確実に拾える勝ちを拾わない方が阿呆であろう。そう。勝利は確実なのだ。信じよ、ちんこ。

 この場に集まった私と猫と達磨と爺。一見同じように写楽の春画を求める者たちではあるが、その実、明確な違いがある。爺は春画の入手が最終目的なのに対して、私と猫と達磨は春画を手に入れた先の報酬が目当てな点である。


「そういうわけで私が勝った暁には、桂さんから頂く報酬を手伝ってくれた者と山分けにしてもいい」

「その話乗った!」

言質げんち取ったからね、ちゃんと分けにゃいとひどいよ?」


 二体の妖怪が私の話に飛びついた。

 そこから先はあっけないほどに簡単だった。爺の『天地無用ちゃぶ台返し』を乙女と猫と達磨で協力してのしかかって抑え込み、淡路猫によって『中のみ』と変えられた私の手を上牧達磨の『タイムスリップ』で一発でツモりあがる。それを何度か繰り返すだけであっという間に爺の点はマイナスとなった。敗北の決定した爺は泡を吹き、目をひん剥いて倒れている。それが敗北のショックによるものか、何度も私たちにのしかかられた結果かはわからないが、兎にも角にも私の勝利だ。


 その状況を確認して「さてと、決着もついたようですね」と店主が言い、超時空麻雀会場のさらに奥に引っ込んで小さな桐の箱を持ってきた。店主がフタを開けてくれた箱の中を覗くと、中には古びた一枚の紙。


「ではお嬢さん。これが東洲斎写楽の春画です」


 その声と共に見せられた版画に息を呑む。

 えらくビビッドな色使いである。穴が開くほど鑑賞したいが、あまりにもあからさまな描写なので黒髪の乙女が直接見るにははばかられた。よって顔を覆った指の間からこっそりと確認する。内容は――克明に描写したいがあまりにもあからさまな性行為なので、やはり理想の乙女の口から語るには憚られた。よってむにゃむにゃと感想を述べる。しかし素晴らしいものだ。


 描かれている人物の指で表す感情表現の技法から察するに写楽そのものか、たとえ偽物であったとしてもかなりの値打ちものであろう。

 覆面平安貴族もどきの神、桂もきっと満足してくれるに違いない。

 吐く息すらかからないように注意して春画を桐の箱に戻す。しっかりとフタが閉じたのを確認するとやっと一息つくことができた。改めて店主に向かい合う。


「後で『桂』という覆面をした神がいらっしゃるので、その方に渡していただけますか? 代金もその方から受け取ってください」

「かしこまりました」


 私がそういったやり取りを店主としていると「早く桂ちゃんに知らせて酒をもらおう」と猫と達磨が催促をしてくる。「たぶん今日は木屋町のあたりで呑んでいるんじゃないかにゃ」と。

 酒を呑む前から酔っぱらったかのように、うきうきと千鳥足のステップを踏んでいる二人を苦笑交じりに見ていると、ちんこが私に問いかけてきた。


「しかし貴君。高槻殿への借金を返すだけならば、あの翁から金を受け取ればそれで済んだのではないか? 少なくとも桂殿から受け取る報酬よりも多額であったろうに」

「ちんこよちんこ。なぜそれを早く言ってくれないのだ」

「我が巫女よ。それくらい自分で気づいてくれないものか」

「……何にせよ、早くこの春画のことを桂さんに報告しに行こう」


 私はちんこから顔を背けて漢方薬屋から出ると蛸薬師たこやくし通を抜けて、桂がいるという木屋町の店へ化け猫と達磨と連れ立って歩き始める。

 今だけは阿呆のふりをしていたい。客観的に見て阿呆のふりをする必要がないという野暮は黙っていろ。

 私は報酬の違いに気づかなかったわけではない。気づかないふりをしていたのだ。


 ちんこよ。お前が神酒を飲めばさらなる神通力を得、神としての位階を上げることができるだろう。

 私は私のためにいつも頑張ってくれているお前に何か恩返しをしたくなったのだ。

 そんな言葉は恥ずかしくて口にすることなどできないし、するつもりもない。胸の前に抱えているちんこに、私の顔色を読み取られないように注意しながらずんずんと足を早めた。

 ちんこよ、いつもありがとう。

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