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四月 02

 水無瀬嬢。彼女は今年大学に入学したばかり。ふわりと波打つ茶色の髪と大きな乳が特徴的な女性である。

 そして黒髪の乙女たる私の肉体を虎視眈々と狙う変態娘であるらしい。

 彼女は茨木先輩が珍しく主催してくれた新歓コンパの場で、正式に私の所属するサークル『仙術研究会』に受け入れられた。


 新歓コンパとは一般的に、無垢な新入りをアルコールという合法的麻薬物質により前後不覚の状態へと陥らせて正常な判断力を奪い、文武両道を為すための精進ではなく、益体もない無意義な活動をすることこそが正義であり、唯一薔薇色のキャンパスライフへと至る道である、と洗脳する儀式のことを指す。


 だが水無瀬嬢は洗脳されるまでもなく黒髪の乙女たる私を全力で駄目にし、これから四年間一緒に過ごすという無意義な活動目的を宣言したのである。類稀たぐいまれなる阿呆の逸材であった。


 私は黒髪の乙女となってさえも、未だ掴みえぬ薔薇色の未来を思って涙した。涙していると茨木先輩が「こういう時は酒を飲んで忘れるものだ」と言うので、私は先輩の杯を受けた。だが下戸である私はアルコールを一口飲めば頭に血が上り、二口飲めば胃液がこみ上げた。三口で胃液と共に誇りを失い、四口で意識を失った。そこから先の記憶はない。


       ○


「貴君、体の調子はもういいのか」


 私ががんがんと頭を振り回されるような浮遊感に耐えながらも身を起こすと、私の腹のあたりに乗っていたちんこが心配そうに顔を覗き込んできた。


「心配をかけてすまなかった」


 そうちんこに返しながら現状を確認するために周囲を見渡す。

 ここが私の部屋でないことは確かである。私の部屋は少しカビ臭い万年床の六畳間だ。このようなやたらと大きなベッドは据え付けられていないし、ガラス張りになって部屋から丸見えのシャワールームも据え付けられてはいない。私が目覚めた場所は噂に聞く、桃色遊戯推奨ホテルのような内装だ。というかそのものだ。


「貴君、水無瀬嬢に感謝するのだぞ? 彼女が倒れた貴君をこの宿所まで運び、休ませてくれたのだ」


 ちんこの声に「まさか」と思い、自らの格好を確認したが少々皺が寄っているだけで私の巫女服は健在である。緋袴がめくりあげられていることもなければ、白衣びゃくえがあられもなくはだけられているようなこともない。どうやら変態娘にこの黒髪の乙女の肉体を思うさま蹂躙される悲劇は起こらなかったらしい。

 ふと部屋の隅に目を向けると、吸血鬼が日光を避けるかのように壁にへばりつく水無瀬嬢の姿があった。私と目が合ったことに気づくと彼女は口を開いた。


「お姉さま。その汚らわしい男性淫猥物は何ですか?」


 そう私に今更問いかけてくる。淫猥物――私のちんこのことだろうか。

 淫猥などと呼ばれ、しゅんとしているちんこを慰めながら「なぜ今更そんなことを?」と訊ねると、水無瀬嬢は恥ずかしそうに頬を染めて答えた。


「今までお姉さま以外には目に入らなかったものですから」」


 外見においては魅力的な美人といってもいい彼女が、はにかみながらも私に視線を絡ませるようにする様子は恋する乙女を連想させ、美しい。

 だが私は戦慄した。女性に対し慎重に接し、石橋を叩きに叩いて結局渡らぬ紳士たる男――今は黒髪の乙女だが――にとってそれは理解できない言葉であった。


 なぜよくも知りもしない相手にそこまで夢中になれるのだ。なぜそんなに簡単に一時の激情、劣情に身を委ね、最後の一線を気軽に踏み越えようとするのだ。

 お互いを少しずつ知り、確かめ合い、そうして思いを育んだ後に桃色合体遊戯を執り行うものではないのか。

 何より精神的にはともかく、今の私は乙女である。女性同士など非生産的ではないか! もっとも相手が男性であっても御免(こうむ)るが。


 女性に対して奥手であることを自認する、そして不本意ではあるがヘタレ童貞と他者から称される私ではあるが、珍しくどもることもなく彼女にすらすらと訊ねることができた。これは彼女が女性である前に変態という存在であることを認識できたからであろう。そして身の危険も認識したからでもあろう。人間、追い込まれると思わぬ底力を発揮するものだ。

 変態娘に一通り思いのたけをぶつけた後、「これは私のちんこだ」と紹介する。


「京都の大学では淫猥物をペットとして飼うのが流行はやりなのですか?」

「そうそこかしこに動くちんこがあってたまるか。そうではない。言葉の通りこれは私のちんこ。この春まで私は男だったのだが、語るに語れぬ事情の末、私のちんこは神となったのだ」

「その通り。私は討性黒子男神キサノクロコマラオと申す。この者――我が巫女を守る氏神である」


 ちんこはそう言うと、こちらに近づいて来ようと足を踏み出した水無瀬嬢に対し、ぴょんと一歩飛び出して彼女を牽制する。変態娘は再び壁にヤモリのように張り付いた。どうやら私が意識を失っている間、こうやってちんこは私を守っていてくれたらしい。

 ああちんこよちんこ。必ずやお前にいい思いをさせてやろう。

 そう私がちんこに感謝の意を示していると、壁に張り付くヤモリ女が「なぜ淫猥物なんかと共に過ごしているのですか」と訊ねてきた。


「それは我が巫女が神となった私の下で修業を積むためだ」

「うむ。そうして修業を積み神通力を得て、私はちんことの再合体を果たして男の姿を取り戻し、今度こそ私とちんこのための桃色合体遊戯の世界へと舞い遊ぶのだ」

「男なんて、いやあああああ!! お姉さまが男だったなんて! そして男に戻るなんて!!」


 水無瀬嬢が泣き叫んだ。だがいくら泣き叫んでもここはいわゆるラブホテル。密室の上、防音もしっかりしているので彼女を助けるものは何もない。存分に泣くがいい。喚くがいい。


 待て――。ふと私はあることに思い当り、口をつぐんだ。

 密室。二人きり――プラスちんこ。何も起きないはずもなく――。

 もし水無瀬嬢が背水の陣を敷いて私に襲い掛かってくれば、いくら神――ちんこの加護を受けているとはいえ、かつての大日本帝国のように私の処女性は崩れ去ってしまうだろう。それは避けねばならない。


 私は直ちに戦略的撤退を発令した。わが大脳大本営は「乙女に撤退の二文字など似合わぬ」と喚きたてたが、これは転進であると納得させ、出口へと向かう。

 だがそこに死兵となった変態娘が作戦行動を阻害しようと体ごと飛び込んできた。「お姉さま、行かないで!」と。

 十二分に魅力的な容姿の女性だというのに、鬼気迫る表情で突撃してくる彼女はとても怖い。一瞬、その気に呑まれて固まった私と彼女は揉みあう形となった。


 どうやら彼女は見た目以上に膂力りょりょくに優れているようだ。そういえばちんこが言うには三条木屋町の居酒屋で倒れた私をここまで運んできたのは彼女だという。

 対する私はスポーツとは縁のない青春を送ってきた。貧弱といってもいい。肉体が劇的に変化し、乙女となったとはいえ、その膂力が劇的に改善されたわけではない。

 ならば。

 溺れる者は藁をも掴むという。しかしこのホテルの一室には藁などない。

 頼りになりそうなものといえば――。私は信頼する相棒をその手に掴んだ。


「控えおろう。このちんこをなんと心得る!!」


 ちんこを水無瀬嬢に突きつけると、彼女は「ひぃっ」と声を上げ、どたばたと離れた。

 黒髪の乙女の肉体によからぬ思いを抱く邪悪存在を一瞬で調伏するとは。さすが二十年の苦行に耐えてきた霊験あらたかなる私のちんこだ。邪悪存在が壁に張り付いて、ヤモリのようにちいちいと切なげに鳴いているが気にするものか。


 さりげなく乙女の細腰に抱きつきおって! さりげなく臀部を撫でまわしおって!

 黒髪の乙女には誰も触れさせはしない!!

 黒髪の乙女を穢すものは何人たりとも許しはしない!!

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