二月 01
二月のある朝、目覚めると高校時代から愛用している机の上にちんこが鎮座ましましていた。こちらに裏筋を向けているため印象は異なるが、カリ首の少し下にチャームポイントとでもいうべき小さな黒子があるそれは、およそ二十年間苦楽を共にしてきた私のちんこであった。
一方、私の部屋の北側に置かれている姿見には黒髪の美少女が写っている。
それはまさに私が夢にまで見ていた理想の乙女であった。
――これは何が起きたのか。あまりにも変化のない日常を送りすぎたせいで、私の脳が刺激を求め、ありもせぬ幻覚を見せているのか。
そのとりとめもない休むに似たりの考えは思いもよらぬ一言によって中断された。
「おはよう。突然だが私は神になった」
他でもない私のちんこの一言によってである。
「昨夜、私は三万回の苦行を済ませ、その功によって神の座へと祀り上げられた。神と人は一線を分けるべきものである。よって大変申し訳ないが、私は貴君の肉体から離れさせてもらうことにした」
ちんこが話をした。常々なぜ私の学業成績が恐るべき低空飛行をしているのか疑問に思っていたが、まさか私の頭脳に行くべき栄養がちんこの方へと流れてしまっていたのではないか。
「わからぬか。やはり貴君は阿呆だな。阿呆でもなければその歳で三万回もの生産性皆無の自分を慰めるだけの行為をするわけがない」
私のちんこはふるふると揺れながら、全身でため息をついた。
ちんこにナメられては困る。ナメられるはちんこであるべきなのだ。
私はありったけの脳細胞を総動員してちんこへと答えた。
「いや、理解した。つまり私の言葉に表し尽くせぬ求道行為の果てに、私のちんこは神となったわけか」
「その通りだ。ある時は唐辛子の激痛に耐え、またある時は毒虫の汁にも耐えた。幾多の汗と精を流し、時には血まで流した功が認められたのだ」
「ならばなぜ私は神になっていないのだ。同じ経験をしてきたのではないのか」
「貴君は快楽を求めていたからだ。一方私は純粋に与えられた試練に耐えるだけだった」
なんという不公平。なんという格差。
今まで神など信じていなかったが、私は神を呪った。つまり私のちんこを呪った。呪っても呪っても涼しい顔をしているので、さらに呪いの言葉を吐きながら、私は私のちんこの表情の豊かさに感心した。
顔がないのに涼しい顔とはこれいかに。
その小さな体を微妙な加減で動かすだけで、感情を豊かに表す私のちんこの表現力は、テレビに出る大根役者どもとは雲泥の差である。
一通り知る限りの呪いの言葉を吐いた後、もう一つ気になることをちんこに訊ねてみた。
姿見の中で、私と同様に私のちんこに呪いの言葉を吐き続けていた黒髪の乙女のことについてである。
彼女はどうやら私と全く同じ動きをしているらしかった。
「ちんこよちんこ。なぜか私の肉体がどうやら黒髪の乙女に変化してしまっているようなのだが、これはどういうことなのだろうか」
「簡単なことだ。私が貴君の肉体から離れる以上、貴君は男である象徴を失ってしまう。だが貴君が元の冴えない姿のまま、男でなくなってしまうのはあまりにも忍びなかったので、常々貴君が抱いていた理想の女性の姿へと私の神通力で変えて進ぜたのだ」
「私は黒髪の乙女と嬉し恥ずかしイヤらしいことをしたかっただけで、黒髪の乙女になりたかったわけではない!」
「先ほども言ったように私はもはや神だ。神がそうそう簡単に人と共にいるわけにはいかぬ。ギリシアの例を見よ。悲劇ばかり起こしている」
「それでも私は、私の私自身による私と私自身のためのロマンチックなことをしたいのだ!」
「ふむ」とちんこは威厳たっぷりに一つ頷いた。その行動に私は後光を幻視する。
彼の言葉を信じるならば、神となってからまだ一晩しかたっていないのに恐るべき神々しさである。さすがは生れ落ちてから今まで大器晩成であると太鼓判を押され続けてきた私のちんこだ。
「つまりは貴君は私とまた一つになりたい、というわけか」
「なぜか主体性がそちらにあることが気にかかるが、つまりはそういうことだ」
「妙案がある。貴君、私のもとで修業を積むといい。修行によって神通力を得、いずれ貴君も神となれば再び我らが一つとなるに問題はあるまい」
修行。まだ尻の蒙古斑も消えぬ幼少の頃に見たアニメのようなことをせねばならぬのか。
脳裏に亀の甲羅を背負って走る少年や、滝の上から落ちてくる岩を砕く半裸の少年の映像が浮かぶ。
「何やら大げさなことを考えているな。だがそう身構えることはない。まずはこの部屋の片隅にでも神棚を置いて、そこに私を祀るのだ」
「なんと。そのようなことでいいのか」
「私も偉そうなことを言ってはいるがまだまだヒヨッ子だ。これより貴君の氏神として精進していく所存ゆえ、どうかよろしく頼む」
そう言うとちんこは私に握手を求めてきた。実際には手ではなく亀頭を差し出してきたのだが――とにかく握手だ。
彼の古今、類を見ない演技力によって表現された動きは、そう納得させるに十分な説得力を持っていた。
私と私のちんこは固い握手を交わした。姿見に映る少女とちんこが触れ合う姿はどこか宗教画のような静謐で荘厳な雰囲気であった。
ところで。
「ちんこよちんこ。私はお前のことをどう呼べばいいのであろう」
「私は祀り上げられたとき、討性黒子男神という名を得た。だが私と貴君の間柄だ。今まで通りちんこで良い」