水と正義の神シズク
「うっ……」
「おっ、起きたか。ほら水、飲めるか?」
透明なグラスに入った水をなんとか受け取り、飲み干す。思考までカラカラに乾いていたのか、水が体に入った瞬間、停止していたものが動き出した気がした。
正直、あのまま死ぬかと思っていた。いや、俺のいた世界だったら死んでただろう。この世界は、本当にお人好しな人が多いみたいだ。いや、それだけ心に余裕があるということか。
「ありがと」
「礼を言うならシズクに言いな」
「シズク?」
「おう、あいつがいなかったら、今頃あんちゃんは干物になってたぜ」
彼のいうシズクとは、きっと最初に声を掛けてくれた子のことだろう。やけに水色が印象的だった気がする。
「そう言えば、ここは?」
さっきの車の中だと思ったら、どうやらいつの間にか下ろされベッドに寝かされていたらしい。気絶に近い状態で意識を手放したから、その間に運ばれたのだろう。
「オアシスの宿所だ」
「そっか、えっと……」
「俺はシッコク。あんちゃんは?」
「……コウ」
「コウか、よろしくな」
改めて、隣にいる男を見た。年齢は、俺と同じくらいだろう。紫雲の短髪。浅黒いの肌。黒目に赤い瞳。人のようだが、目の色からしてやはり神かなにかなのだろう。
「シズクはもう少ししたら帰ってくるだろうから、もう少し休んでな。医者の話だと熱中症? とかいうやつに掛かってたらしいからな」
「ねっちゅう?」
「熱中症。迷い人があの暑さで水無しでいるとなるんだとよ」
そうなのか。知らなかった。
「シズクは、水の神だからな。あんちゃんの症状が早く回復したのも、あいつのお陰だからな」
「そっか」
どうやら、あの砂漠から脱して貰っただけではなく、色々な事をしてもらったらしい。見も知らずの者なのに、ありがたいのやら、もう少し危機感を持てと言った方がいいのやら。
取り敢えず、最初にお礼を言わなくては。
「ただいま!」
「おうシズク早かったな」
「思ったよりもオアシスの水枯れてなかったからね~。あっ! 迷い人さん目が覚めた?」
「あぁ。今さっきな」
「良かった~」
ほっと胸をなで下ろしているのは、あの水色の子だった。
年齢は、10代前半か。長い水色のおさげ髪。サファイアのような瞳。水々しい綺麗な肌。幼いながらも整った顔立ち。
噛み付いたら、助手以上に綺麗な血が出てきそうと思うのは、前の世界の感覚が抜け切れてない証拠だろう。
ちなみに、こちらに来てからは、王族が食べているような豪勢なもの(助手に言わせると、現世の一般市民と同じくらいの食べものらしい)を戴いていた。
最初、あまりにも素晴らしいものが、机からはみ出るのでは置かれ、召し上がれと言われた時は、俺を肥太らせて食べる気なのかと、悲鳴を上げてしまった。やっぱり、殺す気だったのか、それなら自分から死んでやると半狂乱になって、小刀で首筋を切ろうとしたら、助手も悲鳴を上げた後、必死こいて俺に説明してくれたのを今でも覚えている。
そんな、贅沢過ぎる生活を数週間といえさせてもらったせいか、人を食料と考えなくはなかったが、ふとした瞬間に美味しそうと思ってしまうのは、この世界の人間が健康的な肌をして、芳醇そうな血液をその下に蓄えているせいだ。うん。
……たまに我慢出来なくて、徹夜の後、爆睡している助手の首をこっそり甘噛みしていた事実は地獄まで持ってこうと思う。
「あっ! シッコクが言ったかもしれませんけど、私はシズク! 水を司る正義の神様です!」
「……コウ」
「コウさんかー! よろしくお願いします!」
「うん。色々と、ありがと」
「いやいや、困ってる人がいたら助けるのが、正義の所業ですから!」
「……うん」
どうやら、このなんとも言えない正義感に俺は助けられたらしい。
「コウさんはなんであの砂漠に?」
「神殿に、行きたく、て」
「神殿か、珍しいな迷い人が神殿行くなんて」
「そうなの?」
「あそかは、この世界の創造主が住んでいる場所で、あの中に入れるのはごく一部の御子神くらいですから」
そこまで凄いところだとは思ってもみなかった。しかも、創造主となるなら、この世界の王と言っても過言ではないのだろう。そんな人物がこんな汚れた俺をどうして招き入れたのか……。
「コウさんは、なんで神殿に?」
「この世界、に、来た理由、知る為」
「え?」
俺は軽くだが、別世界の人間であることと、その理由を知る為に神殿に向かってる事を二人に話した。これだけ助けられてるのだし、隠す必要もないと思ったからだ。
シッコクは、ぽかんとしていたが、シズクの方は目をキラキラさせ始めていた。なんだろう。嫌な予感がする。
「コウさん! 是非ともその旅ご同行させて下さい!」
「え?」
「私達とは違う世界。とっても興味ありますし、コウさんの世界はまさに正義を轟かすのには最適な場所! 私、是非とも父様にお願いしてその世界行きたいです!!」
「父様?」
「シズクは、創造主の子供の1人なんだ」
「へぇ」
俺には、ただのお転婆娘にしか見えなくなってきたけど。
「丁度、私達も神殿に行かなくてはいけなかったので」
「けど」
「旅は道連れ世は情けと現世の言葉でいうと言います! 是非とも」
「……」
「あんちゃん諦めろ。シズクはこうなったら梃子でも動かねぇ」
確かに、この2人には世話になったし、貸しを作ったまま進むのは気が引ける。かと言って、この2人と行ったら、なんだか普通で終わりそうな旅が波乱万丈になりそうな気がするのはきっと気のせいではないだろう。
だが、このままだとストーカーのように付いて回られそうだ。そうなるなら、一緒の方が些か楽だし、借り貸しゼロになる。
「分かった。一緒に、行こう」
「わーい!」
「ごめんなあんちゃん」
「しょうがない」
こうして、俺の神殿への旅は同行者が増えたのだった。
この瞬間、平穏という文字が消え去っていたのに気が付いたのは、もう少し先の話。