砂漠
「ふぅ……」
額を滴り落ちる汗を拭い、水筒の水で乾いた喉を潤そうと蓋を開けるが、筒の中から出てきたのは、数滴の僅かな水だけだった。
「……無くなった」
砂漠の中央、ポツリと呟いた俺の声は、誰にも聞かれずじりつく日光へと吸い込まれてしまった。
あれから数日、神殿を目指して南へと歩いていた俺がぶつかったのは、この世界で一番広大と言われている砂漠。砂漠に関しては、俺の前にいた灰色の世界にもかなりあった。いや、こちらの方が見慣れすぎてる位だ。
たまたま通った旅人に聞くと、ここを抜けるのには最低3日はかかるらしい。その人は、水は必需品になるから、多めに買っておいた方が良いよと親切心で教えてくれた。が、俺はこれ以上荷物が多くなるのは支障が出るし、砂漠など日常茶飯事のように駆けていたので大丈夫だと、たかを括るってしまったのだ。
今この瞬間、そんな安易な解釈をした自分を殴りたくて堪らない。
「こんなに、暑い、なんて、聞いて、ない」
朝から日が沈むまで容赦なく照りつける太陽は、俺から体力と水分を奪い、夜は夜で、想像以上の寒さに熱を奪われる。灰色の世界は、太陽というものは、常に雲の上にいたから、寒さと独蠍くらいしか砂漠の危険はなかったが、まさか、1度は浴びてみたいと思っていた太陽の光がここまで凶器とは思ってもみなかった。
「もう、無理」
バタンと砂の上に倒れる。灼熱に焼かれ、鉄板のようになった砂が露出した肌をこれでもかと焼き、ひりひりするが、それ以上に水分不足と体力の限界の方が強くて動くことが出来ない。
「うー」
もうすぐ日が沈むが、その後に待っているのは、身が凍りそうな極寒と夜行性の毒蠍の群れ。このまま倒れてれば、明日の朝日が上がるまで俺は生きていられないだろう。
「それは、困る」
助手と博士と約束したのだ。必ず帰ると、それを破る事はどんな事があっても絶対にあってはならない。
「うー」
だと言っても、動けないものは動けないもので。銀と黒に助けてもらう手もある。だが、2人は俺の精神に余裕がある時しか、擬人化出来ないらしいし。
「……」
本当にこのままじゃ死ぬ。分かっているのに、意識は霞む一方で。本当に意識が落ちる直前、俺に救いの手が舞い降りた。
「大丈夫ですか!?」
前にも聞いた台詞と共に、うつ伏せになっていた体をひっくり返させる。蜃気楼で空気が歪んで見える中、俺の視界に映ったのは、綺麗な青。その色で俺が一番欲しいものを連想してしまったのは、致し方ないだろう。
「み、みず……」
「もう少しでオアシスに着くので! シッコク急ぐよ」
「はいよ。……あんちゃん立てるか」
「うっ……」
力強いで体を引っ張り挙げられたと思ったら、日がいきなり陰り、固い木の板の上に下ろされた。暑さにやられたのか、まだ若干霞んでる目で見回すと、どうやら、日差し避け付きの馬車のようなものに乗せられたみたいだ。そういえば、あの親切な旅人が言ってた。お金に余裕があるなら、砂上専用の車を使うと楽に砂漠を横断できると。
それが、この車というわけか。
「ぜんそくぜんしーん! ファイヤー!」
「よっしゃ! 行くぜ!!」
この暑さに負けないくらいの掛け声と共に、動き出す馬車。どういう構造になっているのか、動いているにも関わらず、殆ど振動しない。
「……」
このまま、少し休んでしまおう。そう思い、目を閉じた瞬間、今まで気付かなかった疲れがどっと体に押し寄せてきて……俺はそのまま意識を手放したのであった。