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目が覚めると最近見た天井だった。ああ、ここは宿屋だというのがわかった。安心して気を失ってしまったんだ。この気を失うのは記憶喪失と関係があるのかなと思った。
頭を抑えながら、ベッドから起き上がる。口の中がイガイガし、自分の体臭がひどいことに気が尽き、瞬時に武具の機能を使う。黒いインナーが身体を囲い、元となる異臭などを除去したが…口の中のイガイガはさすがに無理だった。あの時、吐いた状態のままだった為、口臭は最悪だった…
画面のマップを見て、自分の場所をあらためて把握する。逃げ延びた人はいたのだろうか…恵那や乃陰に聞けば、もしかしたらわかるかもしれない。
窓から差し込む光、そして画面橋に表示されている時計から次の日の朝だと気づいた。身体に異常がないか軽く自分を動かしてみて、どこにも違和感がないことを確かめる。
画面にバイタルチェックのポップアップが表示されていたので、意識をそこに向けると先日の戦闘行為からの体調状態などのログが出てきた。またあの時、私は状態異常になっていたのがログから確認が出来た。戦闘意欲上昇、過剰反応、血気向上、代謝向上、などなど…抗体を作成しますか?というポップアップも表示され推奨とも書かれていたのでとりあえず抗体を作成した。
なんらかの薬品の影響により、自分自身冷静な判断が出来てなかったという状態なのだろう。ふと、自分は人を殺した事を思い出した。クローン兵と言っていたが、それでも殺しは殺しだった。そして目の前で人が爆散していた事を思い出し、腹の底から胃液が逆流してきた。
私は近くにそれを処理する場所がないのをわかっていたため、我慢しドアをあけトイレに向かった。トイレにつくとバシャバシャと音を立てて、胃液を吐き出す。黄色い吐瀉物が口から吐出される。
乃陰「血は出てないとか…お前の身体どうなってんだよ」
大きく何度か深呼吸しながら、頭だけ振り向くとそこには乃陰がいた。
眠兎「た、助けてくれてありがとう…うぷ…オエエエ」
私はすかさずトイレに吐く、もう何も出すものが無いが昨日のことに身体ついてきてなかったのだ。なんらかの薬品であって、人を殺すという行為をなんとも思わない感覚になっていたこと感じた。
乃陰「落ち着いたら、食堂に来いよ。今回の事で話がある。」
そう言って、乃陰は去っていった。
私は呼吸を整え、洗面所に向かい、口をゆすいで顔を洗った。目を閉じるとあの時の惨状や自分がしたことが思い出しその時、自分が何を思っていたのかも思い出してきた。違和感を感じ、両手を開いたり閉じたりし、手の震えがないことを確かめていた。
本来の自分は、ああいった行為は薬品の影響だろうとなかろうと自分がしたことに対して何も感じないのだろうか、さっき感じたこみ上げてきた気持ち悪いさも慣れてきていた。不思議だなという感覚があり、生きていくために乗り越えないといけない事なのかと思ったりした。
でも、もし同じように殺さないといけない場面になった時に自分ははたして同じように殺し、殺した後は何も思わないのだろうか、という疑問が頭によぎっていた。気がつけば両手は拳をつくって、震えていた。
眠兎「ふぅー…」
ため息をし、頭を軽くふる。そういえば、髪の毛は何もしてない状態だったので、耳を形成させツインテールのような髪型にした。特に頭部にはげている部分があるかどうかも確認した。あの時、髪の毛が抜けたのが気になったからだ。もちろん、どこもはげてる部分はなかったので安心した。そして、私は食堂へ向かった。
食堂には大勢の人がいた、屈強な男たちだけではなく、女もいた。どの人も武器を身につけていた。数十人がご飯を食べていたのだった。恵那と乃陰はその中で、ご飯を食べながらハゲヅラの男と話していた。
周りの人たちが私が食堂に入ったのを気づくと、食堂は鎮まりかえり、私に視線が集中した。かすかに私のことを鮮血の…とか憤怒の…とか何かが聞こえる。いや、正確に言うと噂を探知するウィンドウが反応し、表示しているのだが、聞こえない、見えてないことにした。あれは薬品のせいだ、自分の意思じゃないし…
私が不機嫌そうな表情をしていたのか、見ていた人たちもすぐに顔を逸らした。正直、さっき吐いたばかりで顔色が悪いだけだったなんてわからないだろうなと思った。
恵那「眠兎ー!こっちこっちー!」
空気をあえて読まずに私を呼ぶ、恵那と乃陰がいるテーブルまでの道が出来る。さっきまでのワイワイしていた雰囲気はなくなり、ハゲヅラ、恵那と乃陰を中心に輪が出来上がっていた。そこに私が椅子に座るように乃陰に誘導される。
乃陰「さて、眠兎も来たことだし…といっても世界の敵の尖兵のほとんどは眠兎が殺し、リーダー各の糞野郎はオレと恵那が捕縛したまでは話したよな」
ハゲヅラ、いやもうスキンヘッドの人にしておこう。
「んで、嬢ちゃんが記憶喪失っていうのも話を聞いてるが、どうにも腑に落ちないことが多い」
スキンヘッドは警戒してるのが感じ取れた。自分の行動を振り返ってもかなり無謀だったし、頭おかしいと思われても仕方ない。
「クローン兵といえど、やつらドーピングしていた状態だった。それに対して倒してしまうっていうのははっきり言って強い。かといってさっきまでの話を聞くと素人に近い。あんた、本当にいったい何者なんだ?」
眠兎「私も知りたい、ほんとによくわからないの」
本当に自分って何者なんだろう…気がついたら絡まれて、倒して、遺跡に行ったら武具が拡張したり手に入れたり、そして、世界の敵を倒したり…
記憶を取り戻したら、私が何のためにここに来たのか、この武具が私が持っている意味もわかってくるのだろうか
周りの視線が自分に突き刺さり、居心地の悪さを一層に胸へ更に突き刺さる。息苦しさの中、自問自答をしていく私は本当に何者なのだろうかと、でもその答えは出てこなかった。画面に表示されているものに意識を向けたり、武具そのものに問いかけるように意識してみても出なかった。
スキンヘッドのこの人は正直、怖い…さっきからじっとこちらを見ている。答えを出そうにも、他に何か言えることもなく、ただ自分のことなのに答えることができなかった。それでも絞り出して言える言葉があった。
眠兎「わからないけれど、助けたいと思った。見ていられないと思った…ほんとにただそれだけ…」
言葉に出していく内にスキンヘッドからの睨みから段々に小声になっていった。この周りから見られている中は疲れる。
「ふむ、まあ…その責めるような感じになってすまなかった。正直、信じられない…そこまで強力な武具は聞いたことなくてな。だが、今回の件いろんな疑問が腑に落ちないことがあるにせよ、ありがとう。世界の敵を倒してくれたおかげで、被害の拡大を防ぐことができた。本当にありがとう。」
さっきまでの緊張した雰囲気から一転して、自分への視線が和らぎ雰囲気が変わったのを感じ取った。そしてスキンヘッドはどういう状況になっているのか説明しはじめた。
逃げ延びた人はわずかだけだったという、町から離れていた人、異常を感じ取り逃げれた人、隠れていた人…時間を稼ぐために応戦した冒険者は全員死亡していた。
捕えた敵は、どうやらリーダー各だったらしい…他の瞬殺した敵は全てクローン兵だということが判明した。リーダー各は派遣され偵察兵だったという、だがクローン兵が何人か消失したことから調査に町を襲ったが何も収穫がなかったので遊ぶことにしたということだった。
町のギルドは破壊されていたこと、通信機器も壊されていたということだった。彼ら、世界の敵はそこになんらかの情報がないかどうか、盗もうとしたところと無駄に終わり八つ当たりしたということだった。町のエネルギー施設でもあるギルドは本来の機能を失ってしまい、町も町として機能しなくなるとのことだった。
そして本来、討伐隊として派遣された自分たちの報酬は私達が受け取ることになるという事だった。戦いが終わり、リーダー各を捕らえて数時間後に自分たち、討伐隊が到着したとのことだった。遠くから火の手が見えて、急いできたが事が終わっていた。
「もっと早く出発していれば…いや、遅くなってすまなかった。改めて、ありがとう」
町は爆散した人たちの腐臭と、それ以前に弄ばれ殺された死体たちの腐臭で立ち込めていた。この場所を一帯はまだマシな方であったため、討伐隊などもここにいるのだという。遺体などはほぼすべてグチャグチャの状態であるため、まともな遺体がない状態だという。
その話を聞き、自分は胸が締め付けられていた。その話をしてるスキンヘッドも苦い顔をしていた。
「この町もこんな事があった後じゃあ誰も近寄らなくなるしな…壁にそこまで近くないのに関わらず奴らにやられたとなると安全とはいえないしな」
生き残った人たちは、安全とはいえなくなったここに戻ってくるとは思えない。
「それでお前らはどうするんだ?傭兵だったら雇いたかったが、冒険者だしな…ここらへんはもう安全とは言えないし、ギルドもなくなってしまってる」
これからどうすると聞かれて、私達はお互い顔を見合わせた。
恵那「まだ決めてないから、これから話し合って決めようと思ってるんだ。昨日の今日というのもあるから」
恵那は壁に近い位置の町や遺跡をまわりながらお姉さんを探している。とはいえ、今回の出来事と私がいることで話し合いが必要だと感じたのだろう。乃陰は私の武具に興味があるから、遺跡を回りながら私の武具がどういうものか解明できればいいのだろうなと思ったりした。
私は…彼らと一緒に行きたいし、自分が何者なのかはその中で見つけていければいいと思っていた。一人で戦うにしても、ピンチになった時に感じた怖さは正直辛い。
乃陰「俺はお前についていくよ、まあ、眠兎も嫌じゃなければ一緒だったらいいんだけどな」
あれだけ無茶やらかした自分を一緒だったらいいとかホッとするというか嬉しい。
恵那「そうだね、この三人で一緒がいいね。眠兎はどうする?」
どうするも何も一緒に行きたいと思っているので速攻で返事をした。
眠兎「一緒に行く!」
身を乗り出し、大きめな声で言ったことで周りが鎮まり返る。私は恥ずかしくなり、座り直し赤面する。
こうして私たちは本当のパーティとなった、そんな気がした。
この後、スキンヘッドから討伐の成功報酬をとなり町で貰えるようにすると言われた。ギルドが破壊されていなければそこからすぐに渡せるが、それが出来ないのでとなり町のギルドに行ければ貰えるようにするとのことだった。
害獣や脅威対象を討伐することで支払われる事があるが、基本は依頼を受けてからじゃないと報酬が貰えないことがあるが、今回は事が事であるので貰えるように彼らが計らってくれるらしい。その際に、捕らえた敵も一緒に輸送し引き渡すとのことだ。捕らえた事で報酬も上がるとのことだった。
とりあえずは私達はとなり町へ移動することになり、討伐隊の何人かも一緒に行くことになり、その際に、彼らが移動に使っていた輸送車両に乗って行くことになった。さすがに徒歩での移動になると2日ちょっとかかるためだ。
出発は明日になり、それまで準備などを行う事になった。スキンヘッドと残りの討伐隊は、遺体を埋葬するため数日はこの町に滞在するらしい。




