志賀早月〈6〉―困惑:Teasing―
放課後、喫茶『Workers』に向かいながらフィーネは再び早月について考える。
昼休みの喧嘩の時、早月は京の方ばかり見ていた。それも京自身ではなく、京の背後。
(やっぱり、『見鬼』? でも、『霊視』であってもある程度の力があれば見えますからまだまだ、何とも言えませんわね……)
フィーネはふと、気が付く。
なぜ、ここまで早月のことを気にかけているのか。
(別に、これといって詮索されないなら放っておけば良いはずですのに……)
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
疑問が解けないままにフィーネは喫茶『Workers』へと入った。
「いらっしゃい……ってフィーネか」
カウンターの向こうでライラは洗い物の手を止めずに顔上げた。
「ライラ……」
困惑した表情のフィーネにライラは苦笑する。
「あんた、まだ昨日のこと引きずってるの?」
その声はどこか呆れていた。
「わからないんですの。そのまま放っておけば良いはずなのに、マンティコアのことや、魔法のことまで……。それに、彼の能力の程度を確認しようと……」
「……あんた、喋ったの?」
フィーネは気まずそうに頷く。
「自分でも、信じられませんわ。確かに昨日、あなたに放っておけば良いと言われて、それを承知したはずなのに、朝になったら会わなきゃ……って。まるで、彼に恋慕を抱いてるみたい……」
フィーネは自分を抱き締めて小さくなり、その顔には頬に朱が差していた。
(可愛い過ぎだよフィーネ。えっらい、おいしそうじゃないか……)
まるで乙女な表情を浮かべるフィーネにライラは自重しろと自分を言い聞かせる。
「と、ともあれ、あまり一般人をこっちに入れるべきではないね」
わかってますわ、とフィーネはカウンターに突っ伏した。
「そんなことくらい。……なんでこんなに早月さんが……早月が、気になりますの?」
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「よっす」
「こんにちわ〜」
けたたましく扉が開き、火吹と京が入ってくる。
ライラは溜め息を吐いて火吹をたしなめる。
「火吹、お前はもうちょっと静かに入って来なさいよ」
「わりぃわりぃ、それよりコーヒーくれ」
火吹は悪びれもせずにカウンターに着き、コーヒーを頼む。ライラが呆れ顔でコーヒーカップに練乳を入れていると、火吹の隣に座った京から声が挙がった。
「フィーネさん?」
「ああ?」
火吹が京の見てる方を向いた。
カウンター席の端、入口に一番近い席。そこに、うんうん唸りながら突っ伏しているフィーネがいた。
普段の優美さを欠片も感じることが出来ない。
「……何してんだ、アイツは」
呆れ果てている火吹に対して京は心底心配そうにしていた。
「お腹痛いのかな?」
「まさか、フィーネは病とは無縁の奴だぞ?」
火吹の言葉にライラは悪戯を思いついた子供のように笑った。
「ンッフフフ」
「ライラ……」
「ライラさん?」
その笑いに火吹は苦笑し、京はキョトンとする。
火吹に練乳たっぷりのベトナムコーヒー、京にはソーダフロートを差し出しながら、この上なく楽しそうな声で二人にフィーネが突っ伏している原因を喋った。
「フィーネはね、今、『恋』という誰しもが患ってしまう病に冒されてる。それも、クラスメイトによ!」
「――っ、ライラッ!」
ライラの言葉にフィーネは飛び起き、
「ぶはっ!」
火吹は吹き出し、カウンターに突っ伏して、肩を震わせ、京は、
「フィーネさん、やっぱり病気なんだ……。大丈夫?」
本気で見当違いの心配をし、フィーネの元に駆け寄る。
そんな京にフィーネはどう答えるべきか困っていると、扉が再びけたたましく開く。
「こんちわっす!」
入って来たのは魅咲だった。魅咲はキョロキョロと見回し、フィーネを見つけると勢い良く詰め寄った。
「フィーネさん、フィーネさん、フィーネさんっ!」
「な、何ですのっ」
魅咲の勢いに気圧されるフィーネ。
次の瞬間、フィーネの顔が引きつった。
「朝のあのイケメンは誰っすか!?」
「な、なな……なんで魅咲が知ってますのっ!」
「なんでもクソもないっす。そんなことより早く教えてくださいっす。あのイケメンは誰っすか!!」
魅咲は目をギラつかせ、火吹とライラは腹を抱えて笑い、京は状況についていけずにオロオロするばかり。
「ああ、もう、何なんですのよっ!」
フィーネは叫び、ガックリと肩を落としてカウンターに突っ伏した。




