志賀早月〈2〉―翌朝:Sign or Omen―
北和町の夜の繁華街に『彼女』は現れた。青いフードに全身を包み、繁華街を闊歩していた。
だからこそ、
「おい、てめえ!」
男が『彼女』に絡んだ。顔は赤く、酒臭い。相当飲んでるようだった。
『彼女』はそんな男の顔に手を伸ばして輪郭を軽くなぞる。顔を近づけると男の口元がいやらしく歪んだ。
「なんだぁ? 誘ってんのか?」
『彼女』は嬉しそうに微笑み、男の手を引いて路地裏に向かう。
ニヤニヤと笑いながら男はついて行く。
路地裏まで来ると『彼女』はスルリとローブを脱ぎ捨てる。
「あ?」
男は目の前の光景に間抜け声を上げた。
『彼女』は微笑んだまま男に抱きつき、男を、貪り始めた。
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フィーネ・クロイツァーは喫茶『Workers』のカウンター席の片隅で頭を抱えていた。
(まずい、不味すぎです。この私がマンティコア程度に手こずったことだけでも不味いですのに、魔法を使ったところを一般人、それもクラスメイトに見られるなんて!)
どうしよう、と頭を抱えるフィーネに『Workers』店長のライラ・マクファーデンは苦笑しながらコーヒーを差し出した。
「アンタってあたしたちの中で最年長だっていうのにホント、抜けてるわよね」
「……うっ」
まったくもってぐうの音も出ないフィーネは突っ伏したままそっぽを向いた。見た目相応にしか見えないフィーネがますます可笑しく見えてくる。
でも、と少しばかり不安げな声を上げるフィーネ。
「見られたクラスメイト――志賀早月というのですけれど、一般人、としてもいいのか微妙なところなんです」
「どういうこと?」
「『見えてる』かもしれませんの――」
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「おはようございます。志賀早月さん」
「…………は?」
朝、学校へ行くために早月が家を出るとそこにはフィーネ・クロイツァーがいた。
銀の髪に白い肌、顔、体、どのパーツを見ても整っていてまるで西洋人形のよう。 そんな中で血のように赤い瞳が際立っている。
そんな彼女がクラスメイトであること以外に接点の無いはずの自分を家の前で待っていたという事態に早月は動揺を隠しきれない。
「え、あ、何……、はい?」
そんな早月の様子に苦笑いを浮かべるフィーネ。
「いきなり来たら、驚きますわよね。でも」
次の言葉で早月の動揺は消える。
「昨日のこと。それから、これからのあなたのことで話したいのですけれど、よろしいかしら?」
その言葉に早月は訝る。昨日のことは言葉通り、怪物等のことで良いだろう。しかし、なぜ、早月自身のこともなのだろうか?
(昨日の怪物はそんなにヤバいものだったのか?)
答えは自分一人では出ない。とにかく、話を聞くしかないだろうと結論付けた。
「いいよ」
こうして、志賀早月は深みへと一歩踏み出した。
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その一歩は大きく、深く。
ただ『見える』がために。
坂道を転がる石のように。
深みへと。
止まることなく。
フィーネの口調が安定しない……




