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夏神兄弟【ブラッディーバースデー編】

夏神兄弟、初期のエピソード。

弟、ヨルユキのリアル17才の時の惨事。

 

 なあ、アキラ。オレ、死んじゃってんだよ?

 だからさぁ。

 もう、追ってくるんじゃねぇっての。

 おまえも死んじゃうよ、アキラ。


 ◇◆◇◆


 ヨルユキとアキラ。

 共に迎える、十七歳の誕生日。

 真夏の太陽が傾き、人通りの少ない道に影が長く伸びている。

「ちょっと、おそくなっちまったな。先に始められてなきゃ、良いんだけど」

 家族そろって誕生日を祝うなんて、おそらく小学生ぶりだろう。

 ヨルユキは柄にもなく浮かれてるのを自覚して、知らず持ち上がっていた唇を慌てて引き結んだ。

 両親はともに忙しく、双子の兄であるアキラとは、高校に入ってからろくに会話もしていなかった。「おはよう」と挨拶するのすら、希だ。

 こっぱずかしいが、思春期というやつだろう。

 とにかく、年の近い同姓に対して訳のわからない敵意がわいてくる年代だった。

 昔はもう少し仲が良かったのに、と。うっかり思い出に浸ってしまったヨルユキは、らしくないなと頭を搔いた。

 肩から落ちかけた鞄を背負い直すと、いつもよりも若干違う重みに顔がにやけてしまう。部活を早めに切り上げて、わざわざ買いに走ったプレゼントの重みだった。

(帰りがアキラと一緒にならなくて、良かったよ。にやついてばかりじゃ、格好つかないぜ)

 今日は自分と弟の誕生日を祝うためにバイトには行かず、家の台所に立っているはずだ。

 アキラが飲食店の厨房に入っているのは知っているが、からかわれたくないのか、どの店にいるのかさっぱりわからない。

(いかがわしい店だったら、土下座してでも、紹介してもらうんだけどな)

 ヨルユキは肩をすくめ、「あの堅物にかぎって、そりゃないか」と笑う。

 部活が忙しくなければ、町中の店を片っ端から探していってもいいのだが、陸上部のホープとあっては、なかなか暇を作るのも難しかった。

 とはいえ――

「まあ、アキラの手料理が食えるんだからいいか。しっかし、わかりやすいぐらい嫌な顔をしていたよな、アキラのやつ」

 ヨルユキは笑いが止められず、口元を片手で覆って肩をゆらした。

 自宅はもう、すぐそこだ。誰にも見られないうちに出し尽くしておかないと、ちょっとした拍子で思い出し笑いをしてしまいかねない。

「まあ、お袋から頼まれちゃあ、アキラも断れないよなぁ」

 久々の家族団らんのチャンスと踏んだ母親は、泣きつく勢いで渋るアキラの首を、強引に縦に振らせたのが、今朝のことだ。

「あんまりにも可笑しいんで、牛乳をオヤジにぶっかけるとこだったぞ!」

 ヨルユキはひとしきり笑ってから、玄関のドアを開けた。

「ただい――」

 生臭い、しめった空気に喉が詰まる。

 ばたん、と閉まるドアに押し出されるようにして、ヨルユキは靴を脱ぐのも忘れて家に上がった。

 異様な雰囲気が、照明のつけられていない暗い廊下の中でよどんでいた。

 緊張に、干上がる喉。

 無理矢理唾を嚥下すれば、喉を流れてゆくのは鉄の味だった。

 ……血だ。

 十七年、生まれ育った家の中に満ちているのは、濃厚な血の臭いだった。

「アキラ、お袋!」

 ヨルユキは不安を払うように声を上げ、走った。

「おや、もう一人いたのか」

 広いリビングの中央に、黒い影が鎮座している。

「なんなんだよ、アンタ?」

 低い、やけに聞き心地の良い声は「おまえも、ずいぶんと肝が据わってるな」と、身構えるヨルユキを笑った。

「私は、ノスフェラトゥ。ヴァンパイヤでも吸血鬼とも呼ばれている存在だ」 

 ゆっくりと、もったいつけるように言った男が、ゆっくりと振り返る。

 整ってはいるが、青白い顔。

 とても人の物とは思えない鋭利な牙が、弧を描く唇からわずかに覗いていた。

「お、お袋!」

 男……ノスフェラトゥの腕の中には、ぐったりと弛緩した母親が抱かれていた。ぴくりとも身動きせず、半開きの唇は青紫色に変わってしまっていた。

 死んでいる。

 ヨルユキは震えそうになる唇を強くかみしめて、漏れそうになる悲鳴を、口腔の中に広がる熱い血の味と一緒に飲み込んだ。

 恐ろしくて仕方がないが、みっともなく泣き叫ぶのはしゃくに障る。ぐっと拳を握って、ノスフェラトゥを睨み付ける。

「なるほど、兄弟そろって良い匂いを放つ。そんなに私を誘惑して……本当に、罪な人間だ」

 血が染みこんだカーペットに、母親の遺体が放り投げられる。

 いくら強がっていても、まだ十七を迎えたばかりの……子供だ。

 くずおれる母親を思わず目で追ってしまったヨルユキは、回転する視界に悲鳴を上げることさえできなかった。

 気づけば、しめったカーペットに押し倒されていた。

「よかったな、少年。私は今、甘美なる血によって充たされている。おまえは殺さずに、かわいい眷属として、大切に飼ってやろう」

 微笑むノスフェラトゥの顔は、状況も忘れて見ほれるほどに美しかった。

 だからか、骨張った両手で首を絞められても、悲鳴一つあげられない。なすがまま、次第に苦しくなってくる息に、ヨルユキは口を大きく開けて喘いだ。

(アキラ、死んだのか? 本当に?)

 必死に見開いていた視界を奪うように、ノスフェラトゥの長い髪がヨルユキの顔を覆い尽くした。

 肩口に、鋭い痛みが走る。

「やめろ、やめろ! 殺してやる、絶対、オマエを!」

 残った息で必死に叫ぶヨルユキを、ノスフェラトゥは無駄な抵抗だと笑う。事実、ヨルユキにできたことは、視界を覆う髪を掻き分けることくらいだった。

 助けを求める声すら、もう絞りだせない。

「さあ、一緒にくるんだ――夏神ヨルユキ」

 甘い声が、視界を滲ませる。

 芯をくすぶるような熱に中てられた体が、ノスフェラトゥの外套にくるまれる。ひんやりとした感触が、どこか気持ちが良い。

(だめだ、このままじゃ……アキラ……) 

 緩慢な体を、たやすく持ち上げられる。

 駄目だと、これは明らかにおかしいとわかっていても、体を支配する熱を振り払えない。

 ヨルユキは母に抱かれて眠る赤子のように、安堵にも似た息を吐き、重い瞼を落とした。

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