夏神兄弟【カレーを食べる編】
こじ開けられて、壊れたシャッターの向こう側。
きゃあきゃあと聞こえてくる、女子高校生の黄色い声に、とりあえず俺は「若いってのは、良いもんだな」なんて独りごちてみる。
なんに対しても盲目なのは、まあ、時として良いもんだ。若者の特権……そういうことに、しておこう。
箸が転んでもおかしい年頃は、さぞ、毎日がバラ色なんだろうな。
硝子が破壊され、枠だけになったドア。
丈夫な金属製の枠も、ひしゃげてる。閉めることもできないんで、開きっぱなしだ。
あきらかに不穏な自体が起こった俺の店よりも、朝っぱらからカレーをかき込んでいる美形の方が気になってしかたがないなんて、良識人の俺からしちゃあ、とても信じられないが。
「じろじろ、見てんじゃねぇよ!」
なんて、スプーンをくわえたままコイツが怒鳴るたび、女子高生達は甲高い歓声を上げる。
夜更けに叩き起こされた、寝不足の俺にはどうにも辛い超音波だ。正直、勘弁して欲しい。
桜華学園の指定のプリーツスカートから覗く若い太股がいくら眩しくとも、今日ばかりは鼻の下も伸びそうにはなかった。
「さっさと食って、帰れ。あぁ、金だけはちゃんと置いてゆけよ、ヨルユキ」
俺はあくびを噛み殺しつつ、レジの側に置いてある伝票にカレーの代金とドアの修繕費と、そして俺への慰謝料分を加算した金額をかき込んで、突き出す。
「やっぱ、アキラのカレーはうまいね。一日一回、食わなきゃ落ち着かないよ」
突きだした伝票を、空になったグラスで押し返される。
「代金は、賛辞の言葉ってことで」
「ふざけんなよ、ヨルユキ。金を払わない奴は、客じゃない。蹴り飛ばすぞ」
だいたい、兄を呼び捨てにするんじゃない。
伝票をカウンターに叩きつけて、渋々、グラスに水を注いでやる。
まったくもって気にくわないが、日頃、まじめに接客をしているが故に、空のグラスには水を注がずにはいられない、損な性分なんだ。
「しかし、アキラさぁ、あんた随分老けたよね。いま、いくつ?」
「いくつもなにも、俺たちは双子だろ? わざわざ聞かなくたって、わかるだろうが」
光の加減で金色に輝く両目を細め、にやにや笑うヨルユキは、スプーンの先で女子高生達を指す。
「あの子達は、オレ達が双子だなんて、わかんないんだろうなぁ」
「そうだな、お前が三十路を越えたおっさんだなんて思いやしないだろうよ」
ヨルユキの注意が向いたと、黄色い歓声がさらに高くなる。
「まったく」と、呟いて。
椅子の脚を鳴らして立ち上がったヨルユキは、ぱっと見だけだったら天使と見まごうほどの愛想笑いを、女子高校生へと向けた。
「うるせぇんだよ、じろじろ見てんじゃねえっての!」
長い犬歯を剥き出しにして、ヨルユキは女子高校生へとスプーンを投げつけた。
甲高い音を立てて、転がるスプーン。
投げられたのが皿じゃなくて良かったと内心ほっとしていると、「とおおおおおっったぞおおおおおっ!」と勇ましい雄叫びが鼓膜に響く。
「……まったく、良い根性しているね。最近の若い子ってのは、わかんないなぁ」
コイツと意見が合うってのも気にくわないが、ステンレスのスプーンを巡って争い会う女子高校生の若さは、逆立ちしたって理解できそうにない。
「あの子ら、オマエが吸血鬼だって知ったら、どう思うんだろうな」
「案外、今と同じなんじゃないの? おかしな連中が、あっちこっちでうろついている町だしね」
十七才の、華奢な肩をすくめてみせたヨルユキは、「おかわり」と、二杯目のカレーを要求してきた。