7
佳奈子のクラスは、同じ校舎の一階の一番奥、渡り廊下横の教室。
はっきり言って、ここに来た事は一度もない。
何が悲しくて、妹の教室に来なくてはならないんだ。
「佳奈子ちゃん、連れてきたわよ。私も一緒でごめんね?」
廊下の外に佳奈子を呼び出せばいいだろうと思っていた俺は、何の躊躇もなく教室に入っていく深山さんの背中を立ち止まったまま見送った。
いや、呆然と。
なんでわざわざ、一年のクラスに入っていかなきゃならない。
呆気に取られたままドアのところにいたら、佳奈子の席に到った深山さんが怪訝そうに振り返る。
「草間くん、何してるの?」
「……」
何って、入るつもりないけど。
そう無言のまま彼女を見返せば、座ったままの佳奈子が隣の席の椅子を引き寄せた。
「あぁ、扱い辛い兄ですみません」
「え? そんなことはないけど……」
深山さんは困ったように笑いながら、進められた椅子に腰を下ろした。
「絶対深山さんが一緒だって思いましたもん。行きたくないとか、駄々こねてませんでしたか? それで、一緒に来る羽目になったんでしょ」
その言葉に、俺は早足で佳奈子の横に行くとがしりと頭を掴み上げた。
「佳奈子。お前、それを見越して深山さんに言ったな? 俺じゃなく、深山さんが目当てか」
おかしいと思ったんだ。
わざわざ学校で、俺をここに来させるなんて。
佳奈子は斜め後ろの席の奴に声をかけて椅子を借りると、そこに座るよう俺に目線で促した。
言うことを聞くのもなんだが、とりあえず立っていると目立つので腰を下ろす。
「深山先輩だけ呼んだら、おにーちゃんに怒られそうだから」
「? なんで?」
深山さんの問いかけに笑みでごまかしたけれど、今俺に見える場所でニヤリと笑ったよな?
口端だけ持ち上げて笑う癖は、母親以外、全員の悪い癖。
よく指摘される。
悪者みたいだって。
佳奈子は机の脇にかけてあった、大きめのトートバッグを机にのせた。
それはもし仮に弁当だとしたら、何人前だっていう感じの大きさの弁当箱が中から現れた。
「母から、深山先輩にって」
「は? 母さんから?」
思いがけない名前、というか今考えていた人物の名前に驚いてつい口調が強くなってしまった。
深山さんが少し不安げに視線を向けてきて、それに気付く。
しまった、彼女を怖がらせたいわけでは……
内心慌てて口を開こうとした矢先、深山さんの後ろから伸びてきた腕に遮られてしまった。
「深山先輩? 何でこんなところに」
心底驚いたような声を上げて、とん、と深山さんの横に手をついたそれを辿れば、一人の男子生徒の姿。
深山さんも驚いたようで、視線だけ上げてからほっと息を吐いた。
「白井くん」
ほわっと雰囲気が和らいだのを見計らったように、佳奈子がずい、と弁当箱を深山さんの方に向けた。
「これ、うちの母から、いつもおにーちゃんがお世話になってますって」
「え?」
白井を見上げていた深山さんが一瞬の間の後、弁当箱を見るなり困ったように頬に右手をそえた。
「そんな、私もたくさん面倒見てもらってるから」
「いえいえ、深山先輩に掛かってる迷惑の方が大きいですよ。せっかくなんで一緒に食べたいなって思って、ここまで来て頂いたんです。かえってすみません」
申し訳なさそうに頭を下げる佳奈子に、戸惑うようにその手を寄せた。
「そんなそんな、こっちこそありがとう! じゃ、遠慮なく頂いちゃおうかなっ」
ね? と笑うと、持っていたランチバッグから箸を取り出した。
「今日は私の方が、草間くんを巻き込んじゃったんだね」
さくさくと箸を取り出して弁当を食べようとしていた俺に短く謝罪すると、深山さんは両手を合わせてから弁当に箸をつけた。
「わ、おいしい」
小さなロールキャベツを口にしてにっこりと笑う深山さんは、……可愛い。
もぐもぐと口を動かす様は、なにやら小動物のように思える。
「そう言ってもらえると、母も喜びます。これからも、おにーちゃんの面倒をよろしくお願いします!」
お願いしている割には笑っている佳奈子の言葉を、深山さんは大きく頷いて了承する。
「私こそ、勉強面ではお世話かけてますので気になさらないで下さいって、お母さんに伝えてね」
ふふふ、とよく分からないが女同士で通じ合ったのか、とりあえず笑っているならいい。
俺は元々持っていた弁当をあけて食べながら、二人の会話を聞いていた。
そこに――
「なら、深山先輩のお弁当はどうするんですか?」
既にいたことさえ忘れていた、さっき話しかけてきた男の声が響いた。