5
更新お待たせいたしました!
遅くなってしまって、本当にすみません。
「ねー、おにーちゃん。深山先輩って彼氏いるの?」
とある日の夕食時、暗黙の了解で決まっている席について箸を手に取った俺に、真向かいに座る佳奈子が問いかけてきた。
ちなみに大き目の正方形テーブルを使っているうちは、真横に並んで座るようにはなっていない。
一辺につき一人。
ど真ん中にメインの大皿料理が置かれて、後は各々好きに取る。
大雑把な母親が、結婚してからずっと続けていることらしい。
どちらかといえば父親似の俺だが、別に文句はない。
効率的といえば効率的だ。
佳奈子が好きなものが並んだ時は、多く取っていくから構えねばならないが。
運動からかけ離れている俺とて、成長期の男子。
好き嫌いではなく、量は重要。
「聞いてる? おにーちゃんてば」
不機嫌そうな声に、白米を咀嚼したまま顔を上げる。
流そうとしているというのに、空気を読まない奴だな。
佳奈子に聞こえていれば、そっくりそのまま糾弾されそうなので口の中のものを嚥下した後小さく息を吐いた。
「何」
聞きたくもないが、もう一度内容を確認してみる。
俺の聞き間違いじゃなければ……
「だから、深山先輩って彼氏いないのって聞いてんの」
呆れたような声音に、いささかむっとして眉を顰めた。
「深山さんの恋愛事情など、お前に何の関係がある」
「恋愛事情って、おにーちゃんホント高校生? 硬いよ、硬すぎるよ」
硬派とか言ってる場合じゃないよ、と余計な言葉をつらつらとぶつけてきた。
硬い……硬い?
俺が?
首をひねると、佳奈子は盛大に溜息をついて口に銜えていた箸を手に取った。
「うちのクラスの子がさ、深山先輩の事好きらしいんだよね。委員会が一緒なんだって」
委員会……、深山さんは確か図書委員……。
風紀委員の自分とは何の接点もない委員会だな……。
じゃあ、佳奈子と同じクラスだという男を見に行くには、不本意だが妹であるこいつを口実に……
「は?」
自分が考えていた思考に、思わず自分で停止をかける。
今、自然に何を考えた?
なぜ、その男を俺が見に行かねばならない。
いや、え?
今まで感じたことのない思考の流れに、思わず動きを止める。
そんな俺の態度をどう解釈したのか分からないが、佳奈子はにやりと口端をあげて食べかけだった食事を一気に口に放り込んだ。
少し苦しそうに胸を叩きながらお茶を飲むと、ごちそうさまと母親に声を掛けて椅子から腰を上げる。
「深山先輩って、人気あるんだよねー。特におにーちゃんの隣の席になってから」
「え?」
まったくいつものように冷静になりきれていない頭のまま佳奈子を見遣れば、にんまりと笑う憎たらしい表情。
「それまでも小さいのにパワフルとか言われて人気あったのに、おにーちゃんのせいで母性まで発揮してるじゃん? 特に年下男子からの憧れが集中~」
「なっ……」
俺が原因?
そんなに、俺、面倒見てもらってるのか?
呆けたように見ているのが面白かったのか、佳奈子は笑いを堪えながらリビングダイニングから自分の部屋へと階段を上がっていった。
「ぼーっとしてると、他人に盗られちゃうよ~」
と、一言俺に言い残して。
「……」
夕食を取って風呂に入った後。
俺は自分の部屋で、机を目の前に椅子に座っていた。
父親がずっと昔に買い与えてくれたデスクセットと本棚は、趣味を同じくする俺にはとても使いやすいものだ。
心底思う、買ったのが母親の趣味じゃなくてよかったと。
花柄・レースびらびらが大好きな母親は、嬉々として佳奈子にそういった服や小物を与えるが、当の本人は嫌がっていてほぼ使われていない。
それを把握しているのだから買わなければいいのにと思うが、母親は負けずに買ってはたんすの肥やしへと化す。
母親曰く、趣味らしいが。
佳奈子に買い与えるのが。
俺には一生判りそうにもない。
いや、今はそんなことはどうでもいい。
「……」
――ぼーっとしてると、他人に盗られちゃうよ~
佳奈子の言葉が、脳内から離れない。
深山さんが他の人の面倒を見る。
深山さんが他の人に笑いかける。
深山さんが……
「嫌だ」
ぽつり、と呟く。
二年に上がって深山さんを意識した時から、ずっと心に引っ掛かってきた感情。
きっと、そう。多分、そう。
そうやって他人事のように考えてきたけれど。
はっきりと、自覚した。
俺の今の立ち位置に、他の誰かが存在すると思ったら。
まったく見も知らないその人間に嫉妬心を向けてしまうくらい、俺の心は制御不能になってしまった。
そんな事を聞いてきた……聞かれる立場の佳奈子にまで、八つ当たりをしたくなるほどに。
「深山さんは、俺の隣にいてくれればいい」
他の男じゃなくて。
「俺だけの傍に、いてくれればいいんだ」
深山さんを無視した、独占欲と言う感情。
俺は、深山さんが、好きだ。