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俺は、朝に弱い。

それは確実に夜型人間だからなのだが。



「何をやってるんだ、佳奈子」


朝HRぎりぎりのタイミングで教室に入ると、なぜか俺の席に妹の佳奈子が座っていた。

しかも横向きに座って、隣の深山さんと話している。

佳奈子は俺の声にびくともせず、顔だけこっちに向けて興味なさそうに再び前に戻した。

反対に深山さんの方が、苦笑している状態だ。


「おはよう、草間くん」

「……おはよ」


なんとなく面白くなくて、机に鞄を置いて佳奈子の頭に手をのせる。

ていうか、小さいその頭を掴みあげる。

「あいたたっ」

やっと口を開いた佳奈子は、口を尖らせた。

「毎日毎日お弁当持ってきてあげてる妹に、その態度ってば何? 無表情でぼけーっとしてさ。だからもてないんだよ」

「……佳奈子」

静かに言い放つと、はいはい、と溜息をつきながら椅子から腰を上げた。

「深山先輩、それじゃ」

「はい、またね」

佳奈子は深山さんに軽く会釈をすると、教室を出て行った。

俺は横でひらひらと手を振る深山さんに向き直る。



「妹が、迷惑掛けて……」

「妹がって」


俺の言葉を遮るように、深山さんが苦笑気味に口を開く。

「一番迷惑掛けてるの、草間くんじゃない」

うぐっ、と気圧されて半目で深山さんを見返す。

「……それ、言う?」


わかってるよ。充分、深山さんに迷惑掛けてる事くらい。

でも勉強みてあげてたりするじゃないか、そりゃこっちも半分は楽しんでるけど。

無表情かもしれないが、今、かなり文句が言いたいんだが。

なんとか押し止めて椅子に腰を下ろすと、意地悪そうな視線とかち合った。


「佳奈子ちゃんに一番迷惑掛けてるの、草間くんでしょう」

「……は?」

その主語、深山さんじゃなくて?

思わず絶句しそうになって、誤魔化すように鞄に手を掛ける。



「この席になってどれだけ草間くんが“噂の草間くん”か、ホント実感できたよ」

「噂?」

一時限目の教科書を出しながら、視線は向けずに問い返す。

すると既に準備は終えている深山さんは教科書でぱたぱたと風を自分に送りながら、右の人差し指を立てた。


「頭はいいけど、変わってる人」

「……変わっているとは、別に自分では思わないけど」

が、周りからそう言われているのは知っている。

頭はいいけど、変わってる人。遠くで見ていたい人。

一体どういうことかと、聞く度に思う。

要するに傍にはいたくない、そういうことなのだろうと。


現にクラスでは付き合いのある奴なんて一人か二人程度だし、どちらかといえば部活の仲間の方がよく話すかも知れない。


深山さんは俺の言葉を聞いて、けらけらと笑い出す。

「あれを自覚有りで意識的にしてたら、ホントにおかしな人だよ草間くんてば」

「あれ?」

深山さんの会話は主語を抜かしたり指示語だったりと、俺にしてみると何に対して話しているのかわからない事が多い。

まぁ、自分自身、あまり他に興味を持っていないから伝わらないだけなのかもしれないが。

「そ。体育の授業に上履きで出たり、美術に書道用具持っていったり。それに……」

ぴらり、と二つに折り畳まれた紙を指先で持ち上げた。

「教師から挑戦状貰ったりね」

はい、と差し出されたそれは見なくても分る。

数学教師からの、挑戦状という名の数式問題。



「机に入ってたみたい。さっき、佳奈子ちゃんが見つけて」

その紙を受け取りながら指先で広げると、見覚えのある癖の強い文字が並んでいた。

「……関数か。脇坂の授業って、今日あったかな」

じっとその問題を見ながら、話を聞いているだろう深山さんに問いかける。

「ん? 三限目にあるけど、解けるの?」

「解けるかじゃなくて、解く」

どうせ脇坂も、三限目までに解かせるつもりで朝に置いていったのだろうから。

解けていないと分かった時の得意げな顔を見るのは、不愉快だ。

一限目の現国の教科書を机の隅に追いやってシャーペンを手に取ると、詰め込んだ知識をフル回転させる。

少し前にやった院の入試問題に、似たような数式があったな……。

そんなことを考えながら、シャーペンを持ち直した。


「でも、噂だけじゃないって、それも分かったけどね」

思考にのめり込もうとしていた俺は、深山さんの声に思わず顔を上げる。

今もし擬音が目で見えるのであれば、いや現実にはそんな事はあるわけもないんだが、俺の頭の上に“がばっ”とか見えそうな感じの反応で。

俺のその態度に驚いたのか少し目を見開いて首を傾げた深山さんは、ゆっくりと眉尻を下げる。


……嫌な気分にさせてしまったか? 


ふと心配になって口を開こうとすると、彼女は片手を上げてごめんっと申し訳なさそうに謝った。

「え?」

何を謝られたのか分らず小さく聞き返すと、深山さんは下げていた頭を上げる。


「集中力削いじゃったよね。さー、頑張れ~」

「……あぁ」

どう答えればいいのか分からず、曖昧に答えてもう一度数式に目を落とた。


隣から全くわかんないや、と呟く声が聞こえる。

顔を上げず視線だけ向けると、自分の席から俺の手元を覗き込む深山さんの姿が目に映る。


再び数式を見ながら、まぁ分からないよな、と内心呟いた。


脇坂が置いていったのならば、大学入試か大学院の入試問題から抜粋してきたのだろう。

ふざけてやっているのもあるが、俺が地球惑星科学科のある大学に進路を決めたからというのも理由の一つだろう。

まぁ、部活で面白がって問題集を解いていた時、俺の方が点数が上だったのが悔しかったんだろうが。


シャーペンの先で数式の書かれた上を、コンコンと叩く。



自分の集中力は、高いものだと思っている。

いいにつけ悪いにつけ、俺は集中すると周りが見えなくなるくらい思考にどっぷり浸かる。

例えば耳元で声を掛けられても、ほぼ気付かない。

だから、さっきの深山さんの声に気付いたのは、珍しい部類だ。

そして……


申し訳なさそうに謝る彼女の目に、なぜか嬉しそうな色が垣間見えたのは……それが脳裏から離れないのは……。

机を叩いていたシャーペンを口元に持っていって、周りに聞こえないくらいの溜息を零す。





やっぱり俺は、深山さんに対して特別な感情を持っていると考えられる。


こうやって彼女の事が気になって、問題に集中できないほどに。



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