18 最終話
「……白井くん」
深山さんが少し立ち直ったのか、ぽつりと呟いた。
「深山先輩の声だ!」
耳聡く、そんな小さな声でさえ拾ったらしい。
再びドアを二・三回叩いてから、俺の名前を呼んだ。
「草間先輩! 何、部室に連れ込んで……!」
「うるさい、白井アホ!!」
乱入してきたその声に、思わず俺の口端が引きつった。
「――佳奈子」
何で白井がここに来るのかと思ったら、お前か。
俺の声に焦ったのか、一瞬静まり返った後、さっきより大きな音でドアが叩かれた。
「違うよ、深山先輩、おにーちゃん! 私、止めたからね? けしかけてないし!!」
はぁぁぁ、と大きく息を吐き出して、ちらりと深山さんを見る。
深山さんは苦笑気味に目を細めると、立ち上がって頬をさすった。
「今開けるから、あまり騒がない」
そう声をかけると、ドアの向こうが再び一瞬静まり返った。
けれどそれは本当に、一瞬で。
電気をつけた後、開錠してドアを開けば、ものすごい勢いで二人がなだれ込んできた。
目指すは、一直線に深山さん。
「何もされてませんか!?」
「深山先輩、私止めたんですよ! なのにこの白井のアホがぁぁっ!」
「え、えっ?」
突然まくし立てられれば、深山さんじゃなくてもパニックに陥るだろうな。
ドアを閉めて、大股で三人に近づく。
「落ち着け。そして、落ち着いたら出て行け」
「くーさーまーせーんーぱーいー」
「……白井、これでもおにーちゃんは、先輩だから」
これでも、は、余計だ。
ていうか、大体。
「お前、諦めたんじゃなかったのか?」
特別棟で話したっきり姿を現さなかったから、てっきり邪魔すること自体諦めたかと思ってたけど。
白井はずいっと俺に近づくと、にやりと口端を上げた。
「弟から昇格できるように、これでも頑張ってたんですよ。草間先輩の見えない所で」
「深山さんにも見えてないんじゃないの?」
……あ、地雷踏んだ感じ。
頬をピクリと引きつらせた白井は、真っ黒笑顔を押し込めて深山さんの傍に大股で近づいた。
「大丈夫ですか、深山先輩。体調悪い先輩を部室に連れて来るとか、こんなまったく何にも興味ありませんみたいな顔して、部室に連れ込むとか。ぜったいむっつりです、ぜったいエロです」
……エロですって、口にしているお前の方がだいぶ恥ずかしい奴だと思うぞ。普通に。
しかも、同じ言葉を二回も……。
「だまされてるんですって、この無表情に」
余計なお世話だ。
こいつ、弟とか言われた立場利用して、俺の悪評を刷り込む気か。
「えと……?」
でもとりあえず、深山さんがドン引きしてるのにさっさと気が付いて、その口閉じろ。
あ、いや、そのまま引かれて嫌われてしまえば処理できるか。
よし、引かれて嫌われろ。
深山さんは困ったように、白井を見上げる。
「え、と。じゃあ、……私もそうなのかなぁ」
……は?
思ってもみない言葉が深山さんの口から出て、説得という名の計略を張りまくっていた白井どころか佳奈子も俺も口をぽかんとあけたまま、深山さんに目を向けた。
「だって、夜までここにいたいって、私も思ったし」
「夜まで!!?」
大げさに叫んだ白井が、ふらりとよろけて傍の壁に片手を着いた。
「え、深山先輩が、深山先輩らしからぬ言葉を……」
ぶつぶつ呟く言葉で、白井が深山さんの言葉をどう受け取ったのかよく分かった。
ていうか、お前の方が脳内エロだろう。
「そうだよね、俺が誘ったら頷いてくれたし」
よし、とりあえず追い討ちをかけておこう。
誤解は解かず。
「うん、だって見たいと思ったから」
「見たい!!?」
一々深山さんの言葉にだけ反応する白井が、いい塩梅に面白いのは俺だけ……じゃないな。
佳奈子が楽しそうに見てるし。
俺ら兄妹って、性格悪いかも? あ、今更?
深山さんは呆然として固まっている白井を見上げて、目を細めた。
「ありがとう、心配してくれて。ホント、弟がいたらこんな感じなのかもしれないわね」
「お、とうと……」
……おぉ、再びの親愛アタック。
白井のHPは確実に0に近い。
がっくりと肩を落とす白井を、内心観察していたら。
「でも草間くんはそんな人じゃないから、大丈夫だよ」
え、そんな人じゃない? え、それってえろ方向でってこと?
えろってか、いやまてまて。
確かに今んとこ、白井的脳内思考の所まではいくつもりはなかったけど、ちょっと待って。
そのそんな人じゃないの中に、キスって言葉は含まれないよな……?
あと、この先ずっと、とか……
「星を、見たかっただけなんだよ。ね?」
そう言って恥ずかしそうにに笑う深山さん。
「……あぁ」
ぎこちなく頷く俺。
状況を察してニヤニヤ笑う佳奈子、まだ呆然としている白井。
深山さん……俺はこの先ずっと、君に勝てないような気がします。