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「綺麗だねぇ」

地学部の部室でソファに二人で座りながら、夕日が落ちた空を眺めていた。

濃いオレンジが段々と紺色に変わり、そして夜が来る。


部活棟の最終時下校間は、八時。

七時を過ぎれば真っ暗になるから、間に合うだろう。



深山さんは最初こそぎこちなく会話をしていたけれど、色々と話したお陰かいつも俺の世話をしている強みか、今はだいぶ落ち着いて隣に座っている。

ていうか、さっき「好き」とか言われて真っ赤になった俺を見て、優位に立っている感じがする……のは俺の勘違いだろうか。



焦ったんだって。

突然言われた言葉に、真っ白になって表情を隠し忘れたというか。

あー、なんか「先に好きになったほうが負け」とか佳奈子が前に言ってたけど、こういう事なのか?

あの時は馬鹿な事言っているなと思っていたが、いざ自分が当事者になってみると頷かざるを得ない気がする。



夜に変わっていく風景から、明かりがまったく消えた。

あるのは、学校の近くにある街灯か家々の明かり。



そうだ、と思いついて俺は立ち上がった。

「草間くん?」

不思議そうな深山さんの声に、歩きながら答える。

「卒業制作を作った先輩が、これの観賞用にって電気スタンド置いていったんだ」

意味があるのかないのかまったく分からないくらい、暗い明かり。

壁際の荷物入れの上に置きっぱなしのそれのコンセントを、暗がりの中探して出して明かりをつけた。

ぼぅっと部室の中が浮かび上がって見える。


「わ、綺麗……」


その声に振り向くと、深山さんが天井を見上げたまま手を振って俺を呼び寄せていた。

「綺麗だよ、星。光ってる」

深山さんが嬉しそうに目を細めて、天井に貼られた宙の写真を魅入る。

よほど感動したのか、何かを抑えるように右手の指先を口元に当てて。


そういえば、光量を落とした場所で異性を見ると、普段より綺麗に見えるって研究結果があったような気がしたけれど……



「綺麗だね」



深山さんは、じっと見上げたまま口元だけ綻ばす。


「綺麗、だな」


君、が。


「本当に、綺麗だ」


……普段より綺麗に見えるのではなくて、普段とは違う雰囲気に見えるのだろう。

なぜなら君は、いつも俺の前でとても綺麗に笑ってくれるから。



「……」



引き寄せられるように、彼女の前に立つ。

天井を見上げていた深山さんが、不思議そうに俺に視線を移した。


「どうしたの? 草間くん」


ソファに座る、君。

目の前に立つ、俺。


頼む、少しは意識して。




さっき言った「何もしないから」の言葉を深山さんが鵜呑みにしている事なんて、その時の俺はまったく気づかなかった。

寸前でのお預けで織り火のように燻ぶっている欲が、無防備に首を傾げて俺を見上げる彼女の表情に煽られる。


触れたい。

ずっと、触れたいと、思っていた。

我慢、してた。

俺にこんな感情があるなんて、君に会うまで本当に知らなかったんだ。



ゆっくりと頬に指先を伸ばす。

滑らせるように動かせば、流石に深山さんも今の状況に気が付いたようだ。

ほんのりとした明かりでも分かるくらい、頬に朱がさしている。

恥ずかしそうに、何処か困惑したように色々な場所へ走らされる視線が面白い。


追い詰めているこの感覚が、楽しい。

俺、優位に立たれた意趣返しをしてるのか?


おかしいな、好きな子苛めるタイプだったっけ。


「あ、あれ。えっと、何もしない……んじゃなかったっけ……っ?」


上擦ったような深山さんの声に、やっとさっきの無防備さの要因に気づいた。

俺の言葉を、鵜呑みにしていた、わけか。

それはそれで、信じてくれた彼女に申し訳ない気もするけれど。


「駄目、かな」


ふにふにと唇を親指で押せば、柔らかい感触に感情が高揚していく。

それとは反対に、頭が冴えて行くのはなぜだろう。

どうしたら深山さんに触れられるか、計算している自分がいる。



……自分でも、怖いな



駄目か? といわれて、駄目と返す恋人がいるだろうか。

今日、想いが通じたばかりなのに。

まぁ、その当日に唇に触れたいと思う俺も、またおかしいのかもしれないけれど。



案の定、深山さんは真っ赤な顔を隠すこともできないまま、目を伏せた。

「駄目、ていうか……」

「て、いうか?」

言葉尻を拾って、先を促す。

「その、恥ずかしいというか……」

「俺も恥ずかしいけどね」

そう言いながら、彼女の前に膝を着いた。

「けど、触れたい」

そう囁いて、深山さんを覗き込むように唇を寄せ……



ドンドンドンッ!!



「「!」」

突如叩かれたドアの音に、文字通り俺も深山さんも驚きに飛び上がった。

心臓が、あり得ないほど早鐘を打っている。

勢いのまま立ち上がった俺は、瞬きを幾度か繰り返して落ち着く努力をしてからドアに視線を向けた。

「深山先輩、いるんですか! いて欲しいんですけど、いるんですよね!? ていうか、草間先輩出て来い!」


その声に、床に項垂れたくなった。


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