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「文字」


自宅、部屋の中。

いつも通り趣味の勉強を終えた俺は、そのままの体勢で椅子に座っていた。

デスクの上には、シンプルなレターセットの片方、便箋が一枚置かれている。

そしてその隣には、何の変哲もないボールペン。

以前、目指す大学の教授に当てて手紙を書いた時の片割れ。


「文字」


さっきから同じ事を繰り返して呟いている俺は、間違いなくおかしな人間に違いない。


お守りを見せてくれた深山さんが文字は素敵だといった言葉が、ぐるぐると頭の中を巡っている。

ここ最近悩んでいた、どう行動を起こせばいいかの答えがそこにあると思った。



深山さんを好きだと自覚したのは、二学期初めの席替えの後だった。

夏の終わりだった季節は、すでにもう秋口に差し掛かる。


自分の傍にだけいて欲しいと願った。

けれどそれは、何も行動を起さなければ伝わるわけもなく。

でももう少し距離を縮めてからの方がいいんじゃないかと、弱気になってみたり。

計画通りに行かない、計算通りに行かない。

彼女の存在に、振り回されている。

それを面倒だと思わない自分が、本当に新鮮だ。



で。



「文字」



今の思いを、言葉にするなら。

文字にするなら。


そんなことを考えて、ボールペンを手に取る。

簡単に言っているが、ペンを取るまでこの体勢のまま三十分。

自分でも思うが、まったく効率的じゃない。

けれど、感情は効率とは無縁なものだろう事は、流石に理解している。


「……はぁ」


つらつらとそんな事を考えて、現実逃避しようとしている自分が情けなくもあるが……。





深山 沙奈さま




         好きです





               草間 和仁




「……」


何も言わず、二つ折りにする。

書いてから思ったけど、すげぇ恥ずかしい。

俺じゃない。

変わったかもしれないけど、流石に俺がやることじゃない。

許容できん、こんな恥辱。

文字は残るから素敵とか深山さん言ってたけど、文字にも種類があることを知った。

感情を吐露した文字は、残すべきじゃない。


そのまま机の引き出しにしまって、思わず溜息をついた。

見えない場所に入れたことで、少し落ち着いた自分が少しだけ情けないとは思うが結構だ。

絶対、封印。


「何それ、なんでしまっちゃうの?」


「……!!」


いきなり真後ろから掛けられた声に、文字通り飛び上がった。

がばっと振り向けば、したり顔の佳奈子の姿。

「お前、いつの間に入った!」

あまりの驚きに、動揺が隠せない。

佳奈子は面白そうに口端を緩めると、手紙をしまった引き出しを開けようと手を伸ばしてきた。

慌ててそれを遮って、立ち上がる。

「だっておにーちゃん、ノックしても気付かないんだもん。何、深山先輩にラブレター?? またレトロにロマンチストだねぇ」

人のことをおちょくる気満々の表情に、つい声を荒げる。

「関係ないだろう、佳奈子には。なんだ、なんか用事か?」

わざわざ人の部屋にまで入ってきて、何の用事もないとか言ったら怒るぞ。


見られたくないものを見られたというこの羞恥心は、八つ当たりというものを生む。


「えー、もういいやー。それ渡さないのぉ?」

「煩いな、用がないなら自分の部屋に戻れ」

これ以上余計な事を言われたくなくて、佳奈子の背中を押すと部屋の外に追い出す。

「おにーちゃんがこんな感情的になるなんて~。深山先輩に感謝だよねぇ」

ニマニマと笑い続けるその頬を、思いっきり指先で摘みあげる。

「いたいたいたっ!!」

痛みに声を上げるけれど、そこまで痛いはずがない。

現に、声を上げながらも楽しそうに目元が緩んでる。


「和仁! 何やってんの?」

案の定、声につられて二階に上がってきた母親に見咎められて、怒られるのは俺の方だ。

「なんでもない」

佳奈子から手を離して、自分の部屋に戻る。

ついドアを閉める手に力が入って、思いの外大きな音を立てた。


廊下では、こそこそと会話する母親と佳奈子の声が聞こえてきて。

一瞬静まり返った後、微かに笑い声が聞こえてきて、俺の感情は最悪に沈んだ。

何が悲しくて、佳奈子に見られなきゃならない。

手紙を入れた引き出しからそれを取り出すと、百科事典に挟んで本棚に入れる。

佳奈子の事だから、何するか分からないからな。

隠しておいた方が無難だろう。

本当は捨てればいいんだろうけど、あいつ、ゴミ箱も漁りそうだしな。

燃やしてしまうか。


……なんか……、それは、やめておこう。


まぁ、百科事典とか辞書とか、佳奈子にはまったく微塵も欠片も興味がないものだろうから大丈夫だろう。




そう思って対処したはずなのに、まったく意味を成していなかったことに気がつくのはこの日から三日後の朝だった。




勝手に持ち出されたその手紙を学校の俺の机に入れた佳奈子のせいで、その日一日、本当に天国と地獄をいったりきたりさせられた。


その上、本人に見られ、その上体調を崩されるという、俺の感情のキャパをあっさり超えた日だった。

まぁ、体調不良は深山さんの勘違いからきていて、当たって砕けたつもりが砕けてなかったりとか、せっかくキスできるチャンスを佳奈子に邪魔されたりとか。


まぁ、手紙の相手先をなぜか佳奈子だと勘違いしたことには、心底驚いて心底げんなりしたけど。

ここ数日、俺と佳奈子に向けていたどこか引っかかる視線。

あれ、佳奈子が俺の事を好きなんじゃないかって、仲いいよねって、そんな事を考えていたと白状された。

……白状してくれたのはいいけど、嬉しくない。

何が悲しくて、佳奈子を……


うぇぇぇ←想像は途中でやめた模様


……まぁそれだけ、俺の事を意識してくれていたと思えば、いい。

と、思い込む。




終わりよければ全て良しって、言うし。

まぁ、ただ。たださ。

ちょっとだけ消化不良なのは、なんだか深山さんに振り回され気味な感じがするのと、やっぱり……、お預け食らわされたからだと思う。


一応、俺も男なもんで。

そういう欲求、ないとは言わない。



それでも彼女と直ぐに離れがたくて、何もしないからと言って部室に引き留めた。

脳内では、逆の事を考えていたけど。

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