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はっきりと相手への好意と独占欲を自覚した俺は、今まで知らなかった自分の感情の変化を苦笑気味に受け入れていた。
彼女の一挙手一動足、全てに感情が左右される。
いつもの自分なら、それを不快に思ったかもしれない。
知識欲、それが俺の至上の命題だったから。
それを邪魔する感情は、邪魔以外の何者でもなかった。
けれど、今はそれも楽しい。
知らない自分を知るという、欲。
そう思ってしまえば、今までの自分も納得させられる。
しかも白井の存在に、言われた言葉に動揺を隠せていない。
少しでも深山さんに近づきたい。
ならば好きだと告げるべきだとは分かったいるけれど、“隣人”と言われて微笑まれてしまいそうで行動に出ることに躊躇してしまう
。
そんな事で頭を悩ませて、日々を過ごしていた。
元々会おうとしなければ白井を見かけることもなかったし、深山さんの口から名前が出ることもほとんどない。
たまに、慕ってくれる可愛い後輩として名前が上がるくらい。
深山さんは本当に彼の告白を、親愛からの感情として受け取ったらしい。
ほっとする反面、少なからず白井への同情心を刺激される。
自分も同じ轍を踏まないかという、不安も多々あって。
どう行動を起こしたらいいのか、答えが出ないままでいた。
「おはよう、草間くん」
朝。一番に挨拶を交わす。
「おはよう」
それだけで、気持ちが浮かれる。
「おはよー、おにーちゃんー」
佳奈子がそこにいなければ、最高に浮かれられるが。
「ていうか、佳奈子。お前自分のクラスに早く戻れ。いつまで、深山さんの邪魔をしてる」
俺の席に腰を下ろしたまま深山さんと喋る妹の頭を、軽く小突く。
すると、少し大げさな声を上げて深山さんに助けを求めた。
……末っ子の強かさ。
そうやって深山さんに縋るお前を見て反応する俺を観察したいんだろうけど、そうはいくか。
無表情は基本設定に入ってんだよ、こっちは。
「いい加減にしないと、どうなるかわかってるんだろうな」
どうするつもりもないけどな。
佳奈子は仕方ないなぁと言いつつ、俺の耳に口を寄せてこそっと呟いた。
「……何妹にまで目くじら立ててんのー、顔怖~い」
「佳奈子」
低い声で名前を呼べば、深山さんに挨拶をして教室を出て行った。
タイミングよく、予鈴が鳴り響く。
俺はその背中を見送ってから自分の席にやっと腰を下ろして、筆記具をカバンから取り出した。
そういえば深山さん、静かだな……。
いつもなら俺が無言でも何か話しかけて来るのに、と顔をそっちに向ければ呆然とした表情の深山さんと目があった。
「……深山さん?」
少し様子がおかしいように見えるけれど。
窺う様にしたから顔を覗き込めば、ぴくりと肩を震わせた後貼りつけたような笑みを浮かべた。
「佳奈子ちゃんと、仲いいよね。最近、朝はここに入り浸りだもん」
「はぁ?」
仲がいい?
その言葉は許容できない。
あれはただ単に、深山さん相手に何もできない俺をからかっているか、深山さんに会いたいだけだ。
「深山さんが好きなんだろ」
俺も好きだけど。そう言えたら、なんて楽だろう。
実際、口にできなくて悩んでいたりするのに。
こう考えると、白井はちゃんと伝えたんだから見習うべき点なのだろうな。
深山さんは少し顔を歪ませて、ふんわりと笑った。
「……?」
その意味を知るのは、もう少し後だったりする。