13
さすがに声は聞き取れないけれど、二人の横顔はよく見える。
緊張した表情の白井と、手元にある本を見て何か説明している深山さん。
その表情は、笑みを浮かべて落ち着いているもので。
それだけを確認すると、俺は石井の腕を掴んでごみをばら撒いた場所へと戻った。
「おっおっ、ちょっ何すんだよ草間っ」
叫びながらも小声に抑えているのは、二人に聞こえないためだろう。
箒の落ちている場所で石井の腕を離すと、二人の見える場所へとまた行こうとする。
「いい加減にしろ、石井」
箒を拾ってその手に押し付ければ、石井は眉根を寄せて見るからに残念そうに肩を落とした。
「なんだよ、覗くぐらいいいじゃねーか。草間、気になんないの?」
「ならない」
それだけ言い放つと、手伝う気もなかった掃除を始める。
石井は幾度か深山さん達がいるだろう校舎の方に視線を向けたけれど、呆れ目た様に塵取りを手に取った。
「わかったよ。ったく、面白くなりそうだったのに」
ぶつぶつと文句を言う石井を箒で小突いて、口を噤んだ。
“草間、気になんないの?”
石井の言葉に。
気になるに決まってるだろう。
と、悋気を押さえられない自分に、冷静になる様に内心気を落ち着かせながら。
「草間先輩」
掃除を終えた後。
部活に行こうと特別教室棟へと向かっていた俺は、棟に入ってすぐ後ろから声を掛けられて振り向いた。
そこには、息を弾ませて駆け寄って来る白井の姿。
目の前にくると、少し乱れた呼吸を整えてから大きく息を吐き出した。
「あの。昼はすみませんでした」
がばっと頭を下げる白井に、思わず目を見張った。
強気な面ばかりを見せられていたから、あまりにも素直だと少し引いてしまいそうになる自分がいる。
「……ホントに白井?」
白井の皮を被った、別人じゃなくて?
悪気なく聞いた俺は、多分正しい。
昼のあれの後で、いきなり素直になられても。
白井は少し居心地悪そうに眉を顰めたけれど、すぐにまっすぐ見下ろしてきた。
「深山先輩に、好きだって伝えたんです。見てましたよね?」
「は?」
いきなり告白? しかも見てましたよねって。
「さっき俺と深山先輩がいる所、見てましたよね? 遠目だけど、校舎の影から顔だしたの視界に入ったんで」
……随分視力のいい。
顔だけを向けていたけれど、体も白井に向きなおしてポケットに親指を突っ込む。
「確かに見たけれどすぐに離れたから。その後の事は知らない」
でばがめみたく言われたくない。
白井は分かってますと続けると、目じりを下げた。
「弟みたいで、私も好きよって言われました」
「……」
苦笑するようなその表情に、さすがに同性として同情心が生まれた。
好きだと言っているのに、恋愛を親愛に履き違えられることほど情けない事はないだろう。
「でもまぁいいんです。そういわれるだろうなって思ってたから」
「そう」
「そうです。だからついつい、草間先輩を攻撃したというか」
「迷惑」
ですね、と笑う白井の姿はとてもじゃないが告白して砕けた人間のものじゃない。
「白井?」
思わず名前を呼べば、白井はにやっと口端を上げて目を細めた。
だから、それで見下ろしてくるんじゃない。
「弟でも、好きの分類に入ってますから。精一杯、邪魔させてもらいます!」
「はぁ?」
なんつー、ポジティブシンキング。
「いつまでも、深山先輩にかまってもらえると思ったら、大間違いですから」
そう宣言すると、白井は踵を返して校舎へと戻って行った。
取り残されるように立っていた俺は、小さく息を吐き出して部室へと足を向ける。
弟でも好きの分類。
なんかそれ聞いた時。
隣人で好きの分類に、自分が当てはまると脳裏を掠めた。
いつか、恋愛感情の好きに分類される奴に、深山さんは笑い掛けるのか?
今、俺に対して向けている笑顔を。
向こう見ずで面倒な後輩だと思っていたけれど。
実際そうだと思うけど。
それでも俺より先に進んだように思えて、心の中の小さなもやもやが膨れ上がる気がした。
最後まで書き終えたので、今日から毎日更新開始します。
更新がゆっくりに……とか書いたばかりなんですが、書き終えたら早く完結したい病にかかりまして^^;
予約更新になります、どうぞよろしくお願いしますm--m