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「別に、噂にはならなかったみたいだなぁ。それとなく隣のクラスの奴に聞いてみたけど、不思議そうな顔された」
放課後、裏庭掃除に当たっていた俺は、同じく当番の石井がこっそり耳打ちしてきた言葉に内心安堵した。
「そう」
数日は安心できないだろうけど、まぁ大丈夫だろうと思う。
少なくとも、あの場所にいたのは十人未満。
顔は覚えたし、名前は……知らないけど確認すればいい事。
そのまま無言で箒を動かしていたら、なんかまだ話し続けていた石井がわざとらしく大きく頷いた。
「それ以上にさ、多分あの場にいた奴らなんだろうけど、教室入って行った時に俺の事窺ってる感じが面白かった」
「なんで?」
石井の行動を窺う意味が分かんないんだけど。
俺が行くならまだしも。
脅し気味の言葉を履いた自覚はあるから、そう考えれば。
「得体の知れない草間の親友である俺も、畏怖の対象になったって事だろう」
と、ふんぞり返る様に背を反らす石井。
俺は瞬時に目を伏せて、掃除を再開する。
「あれ、草間、黙ってるってことは肯定? 俺、認められちゃったって事?」
語尾に♪が付きそうなその口調に、ため息をついて顔を上げる。
「まず、俺の親友に石井という名前の人間がいない。以上」
そう言いきって視線を地面に戻せば、石井は全く懲りないのか脳味噌がホントに味噌なのか体をくねらせながら、いやん、と俺の肩をつついた。
「照れ屋さんなんだからぁ、全く」
「……あぁ、そうだ」
呟いて、掃き集めていたごみの入った塵取りから、ぱっと手を放した。
「あ」
石井の短い呟きと共に、塵取りに集められていたごみが見る間に広がる。
「ちょっと、何してるのよっ!」
少し離れた所で片づけを始めていた同じ当番の女子が、驚いたように声を上げた。
「私達もう終わりだから、先に戻るよ」
同じくごみを入れた袋を持った女子が周りを促すと、口々にこちらに声を掛けて校舎内へと戻って行った。
「で、何よこれ」
人気がいなくなった後、石井が訝し気に俺に尋ねてくる。
「シンユーノイシイクンガ、モットソウジヲシタイトイウカラ」
棒読みでそう返せば、どっと疲れた様に石井は肩を落として大きく息をついた。
「なんてサド。さすが、宇宙人草間」
「やめろ、それ」
「へいへい。んじゃー、かき集めてきますかね」
もちろん手伝う気のない俺は、すぐ傍にある水道場へ向かうべく歩き出そうとして……
「んあっ?」
腕をとられて、後ろ向きに引っ張られた。
驚いて声を上げたけれど、引っ張ってる奴の見当はついているから惰性で動いた足を止めて文句を言おうとしてなぜか視線でそれを止められた。
「ちょっと、来てみろって」
耳元で小声で言われて、顔を顰める。
理解不能な石井の態度に、それでも仕方なく頷いてその手から自分の腕を取り戻した。
石井は人差し指を口に当てて俺に見せると、こっそりと校舎の角に体を寄せた。
なんだ? 向こうって、何があったっけ?
石井の態度で覗き行為をしようとしているのは理解できたけれど、その対象が分からない。
確かこの先にあるのは、特別教室棟であえて見たいものなどないはずだけけど。
「……」
首を傾げながら石井の後ろに立つと、微かに声が聞こえてきた。
なんとなく、聞き覚えのある男の声。
はて。誰だっけか。
興味のないものはとことん覚えない性質だから、うろ覚えのその声に当てはまる人物を思い浮かべられない。
大体、こっちは特別教室棟の裏手であって渡り廊下と本校舎があるのは反対側。
何かしら意図がない限り、こっちに来る生徒はいないだろう。
何かしらの、意図……?
そこまで考えて、思い立った該当人物に石井の横から顔を覗かせた。
……深山さんと白井
なぜか、少し離れた場所に二人で立っていた。