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「ん?」
次の時間が選択科目の美術ということもあってクラスメイトと渡り廊下を歩いていた時、ふと聞こえてきた歌声に足を止めた。
女性にしては少し低い、アルトの歌声。
綺麗なその声は、耳慣れた合唱曲を一人で歌っている。
「どうした、草間」
一緒に歩いていたはずの俺がついてきていないのに気がついて、顔だけこっちに向けたクラスメイト……石井 和馬……が不思議そうな声を上げた。
けれど俺の視線は、歌声のするほうに向けたままで。
「いや……、この声って……」
その歌を聴いていたくて、最小限の言葉を伝える。
すると石井は少し首を傾げて俺と同じほうに顔を向けたかと思うと、あぁ、と何か納得したように頷いた。
「深山が歌ってるんだろ? あいつ、綺麗な声してるからなぁ」
「え?」
その言葉に一度石井を見て、すぐに元に戻した。
よく聞けば、確かにクラスメイトである深山さんの声。
けれどあの小さな身体からでる声量とは思えないほど、深く声が広がっている。
「深山、中学の時合唱部にいたし。結構有名だったよ、コンクールでソロとかまかされてさ」
歩き出さない俺に焦れたのか、いつの間にか横に立っていた石井が両腕を組んでふむと息を吐いた。
「そういえば手芸部だよなぁ、あいつ。なんで合唱に入らなかったんだろう?」
「……なんでお前、そんな詳しいんだ?」
「そりゃ、深山と同じ中学だから。つーか遅刻するぞ、早くいかないと」
予鈴が鳴り始めたのを受けて、石井が俺の肩を押した。
丁度歌声もやんだから、固まったように動かなかった俺の足も美術室へと向けて歩き始める。
「深山、選択授業音楽取ってんだな。じゃあ、たまには聴けるなぁ。あいつの歌」
嬉しそうに目を細める石井に、俺はひとつ間を置いて話しかけた。
「深山さんのこと、好きなのか?」
「好きだよ?」
即答されて、思わず目を見張る。
石井はそんな俺に少しも気がつかず、美術バッグを持ったままの手を振り回した。
「明るいし、世話好きだし、おおらかだし。たまに脳内トリップしてんのが、可愛いんだよなぁ」
「本気で?」
好きという感情をさらりと言われて、反射的に聞き返した。
恥ずかしげもなくそう言える、石井の性格って凄い……。
石井は俺の顔を見ると、ニヤリと口端をあげた。
「妹的な感じで」
「……そういうこと」
「なんだ、あんまりあせらねぇな。つまんねぇ」
期待はずれのように言われても、こっちは困る。
「焦る理由が、一つもないからね」
そう伝えると石井は、つまんねぇなぁともう一度呟いてから美術室のドアを開けた。
深山 沙奈は、二年で初めて同じクラスになった同級生。
華奢な身体からは考えられないほど、勢いのある人だと思う。
バレーで物凄いアタックを連発していたのを、一学期の初め体育で見せられた時、隣のコートでバスケをやっていた男子連中は唖然とした。
よもや、身長そこそこな細い彼女が、そんな事が出来るとは思っていなかったのだ。
あれはびっくりした。
うん、思わず目を見張るほど。
本当は――
それから、少し、気になっている。