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我機が不審航空機なり

作者: 山花 清清
掲載日:2010/10/14

太平洋戦争敗戦後に「潜行3千里」の言葉を日本人に残して南アジアに去ったある旧将軍の末裔が、戦時中南方戦線で管理した金塊を秘密裏に国内に持ち帰り、一部を換金した3億円が手もろにある。この資金を南西諸島のある島に運んでくれとの要請が休日パイロットの海野に、ある政治学者を介してhなし話があった。新橋の洋風バーで5,6人の同郷同級生会の席上で、招待した先輩の政治学者・私大教授が突然海野に耳打ちしてきた。なるべく秘密裏に実行して欲しいとのこと、ならば夜間飛行だ。

 岩国と青森の距離は、新潟県村上市と北朝鮮ソンドンとの距離700キロとほぼ等しい。セスナ185では2時間半から4時間で行ける距離である、ここで時間差が大きいのは風向と風速の条件に大きく左右するからである。

 快晴が続く7月初旬の夕方、村上市郊外の草原の滑走路をセスナ185は、長々と重そうに滑走してやっと飛び上がった。先ほどまで近くの原っぱで、夕焼けの中を模型飛行機ガブーンバリバリブーンと飛んでいたが、何時の間にか静かになった、もう皆さん片づけして帰宅したようだ。

 上空はまだ明るさが残るが地表では辺りが暗くなり100メート先は見えない、セスナ185は磁石方位287度真西よりやや北の日本海ど真ん中を目指している。搭載燃料は満タンクの200リッターで、裕にドラム缶1本の5時間分である、飛行規定通り離陸後は800フィートまで上昇したが日本海上に出ると高度を意図的に500Fに下げた。黒い海面が見えている、これ以下には下げられない海面が恐い、慣れるまで、この高度でしばらく飛ぶことにした。

 離陸時には翼端左右の夜間照明灯と尾翼上の航法灯を点灯したが陸地を離れ、海上を5分間も沖合いの西方へ飛び、後方遠くに新潟市の明かりが小さくなると、これらの夜間照明を全て消した。コクピットの室内灯台だけはまだ付いている。

 搭乗者は海野一人、隣の副操縦士席コーパイシートには大き目のジュラルミンケースが1個大切そうに載せている。ケースには鍵が掛かっている。後方の座席中央付近にはお結び4個とサンドウィッチとペプシコーラ缶が2本置いてあり、前左方の機長席から斜め後ろを振り返り、右手を伸ばせば直ぐ取り出せる位置である。

 風は殆どないこの調子ならマニュアル通り2時間半で目的地上空に到着できる、海面上で500Fから300Fまで降下した、暗い海面に時々白波が星明かりで見える。エンジンの調子は良い、規則正しい回転音が響いている。

 エンジン計器類と航法機器を目で追って点検し、エンジンの出力と噴射燃料の濃度を適正値に調整・設定する。航空無線は受信位置にし、間違っても送信ボタンを押さないように細心の注意を払う。

 ただひたすら西へ西へと飛んでいる、終に室内灯さえも消した、黒い海面を下方に見て、上空には広い星空が広がり、前面の空間が唯一本の理想的な水平線により下方の黒い海と、上方のやや明るい空とに2分されている。この理想的な水平線を前方窓枠の所定高さに保つことで、ほぼ完全な水平飛行が維持できる。夜間飛ぶ渡り鳥がいたら、きっと同じようにして飛べば、海面に衝突しなくてすむのだろう。

 4サイクルガソリンエンジンは、去る第2次世界大戦以来殆ど変更が無く1990年代まで生産が続くコンチネンタル社製である。この航空エンジンの音がなければ、夢心地になり、我を忘れそうで、揺れもなく気だるく心地よい眠りを誘うほどである。


 計器類と航法機器をチェックしながら、ふと頭の片隅で、利根川河川敷の守谷飛行場で墜落死した笹谷と森口の両氏を思い出す。そこでは狭く短い滑走路を計算に入れて入念に助走し手際よく離陸しなければならない所である。

 この二人は一息入れる時間と前方に見える距離に余裕を与えた上で、セスナ152型機(2座席機)を離陸すべき時に、焦って無理に離陸した。目前の土手を避けるために、操縦幹を引き過ぎて失速し、理想的なまでに垂直に頭・機首から機首を田圃に突っ込んだのである。


 水平線により2分された下方黒い海とやや明るい上方の空とを見据えて今現実に飛んでいるのだ気を付けろと自分を戒める。1時間が過ぎたが海上にも天空にも人工の光は見えない、船や航空機には遭遇していない、無灯火の我機の飛行は順調だ。

 我機のエンジン音でも日本海の夜釣りの漁船に気付かれる事は少ないだろう、船上では漁師は自船のエンジンで騒音と振動が大きく暗闇の上空の飛行機音が聞き取れないのである。

 では同じ航空機同士ではどうか、飛行中の航空機は窓を密閉しているので、相手機のエンジン音など全く聞こえないのである、勿論自機の騒音と振動も漁船よりも大きい。海の遭難漂流者や山間部の歩行者や遭難者だけが上空のエンジン音に敏感に反応できる、海上保安庁がこの海野機をエンジン音により探すためには、巡視船のエンジンと止めて船を漂流させるか、暗夜の空を風防を開けたグライダーを飛ばすかしかないのだ。


 1ヶ月前の6月初旬夜10時ごろ、極東アジア大学国際政治学の井上教授から、千葉県我孫子市にある海野の自宅に電話が掛かってきた。「海野君そっちの飛行機である物を海の向うまで、運んでくれ、詳しいことは会って説明する」とのことであった。

 この井上教授は海野が若い頃に学んだ同じ大学の先輩である、しかし学部が別で年も離れているので、同時代に在学したわけではなく、社会人になって後同級生の宝君が紹介してくれた方である。何故か海野がインテリでパイロットだということで、何となく贔屓目に見て、お付き合いしてくれる一風変わった学者先生である。

 「海の向う」が気に掛かった、「海の上だと燃料切れになった場合私も死ぬし、預かったものも紛失することがあります。無事目的地の島や陸に接近できたら問題は有りません、島の上空や陸上に入り込めば、万が一の際は砂浜か何処かの平地に不時着できます。物も失いません」と答えた。


 洋上飛行は独身時代半年ほど滞在したハワイ諸島で経験済みであり、郷里の琉球諸島でも楽しく飛んだことがあり、特別のことではない。洋上飛行では高度にもよるが、地球が丸いために、島間距離が長いと30分から1時間全く陸地が見えなくなる。

 天候が曇りがちだと余計島や陸地が見えなくなり、地文航法が成り立たないので、コロンブスよろしく、地磁気による推測航法となる。風向風速を計算に入れて、予定時間内に目標の島が見えてくると、正直なところ飛行経験年数が立っていてもうれしい。単純な計算で命が助かるかと思うと、古代ユークリット幾何学の有りがたさが今更ながら身に染みてくる。

 

 さて、宵やみ迫る後方の村上市の草原では、我が相棒の大田君が車でキャンプの準備をして時計を時々見ながら黙々と何かをしている。明朝は日曜日である、早朝から近くの河原には模型飛行機の愛好家が集まっていつものようにブーンバリバリブーンと五月蝿くなるだろう。

 

 最初の1時間は離陸と低空飛行への操作や夜間照明の消灯確認、各種計器のチェックであっという間に過ぎて、黒々とした海面にそれほど気を引き込まれることが無かった。しかし安定飛行に入ると逆に下方に無限に広がる暗黒の海は、恐ろしさより、何とも言えない安心感を与えてくれる、ついつい引き込まれて高度が下がって行く。これこそ魔の誘いなのだ、スピード感が無く、緊張感が融解していく、危険地域を飛んでいることを自分に強く言い聞かせる。


 井上教授は極東アジア大に来る前に、かって琉球国際大学の法学部で教鞭を取っていた、例の宝君とは同業者で先輩後輩の関係にある。宝氏と海野は長い付き合いの同窓生である、海野が飛行機に熱中していることを何かの時に、宝氏が井上教授に話したらしい。

 後年井上教授が東京郊外にある極東アジア大に転勤した前後に、宝氏は自らの政治理論の結論として北朝鮮の千里馬チョンリマ思想や自主独立チェチェ思想に共鳴し、国内の政治学会や専門誌などで、千里馬思想などを高く評価する論文を数多く発表した。

 この影響もあり、宝氏は中国の社会主義科学学会から正式な招待をしばしば受けていた。日本人政治学者による千里馬思想などの評価は当然、北朝鮮にも伝わり、その社会主義科学学会からも正式な招待をうけた。やがて宝氏は北京経由で年に数回北朝鮮を訪れて、そこの学者達とともに社会主義理論の構築に貢献した。

 驚くべきことに、宝氏はそこで、かっての関神大の学友たちと再会していたのである。関神大には阪神の在日韓国、北朝鮮系の二世が少なからず在学していた、彼らはむしろ一般学生より優秀で、真面目であった。しかし彼らの親達は帰化か帰国かで迷っている事も有って、卒業時には就職のことで、彼らは大いに悩んでいた。

 

 時あたかも映画「キューポラのある町」の時代で、「金日正」将軍率いる輝く人民の国家朝鮮人民共和国に多くのインテリ一、二世が帰国して行った時代である。

 帰化か帰国かで迷っている学生達に、当時の日本大企業は就職の道を開けてくれることはまれであった。そのような学生の中に「金利陽」君がいた、彼は文学部の学生であったが、いつも離れた法学部がある六甲台の中庭で、親しい小泉君とキャッチボールをしていた。

 「金利陽」氏は「キューポラのある町」の登場人物のように、その後祖国朝鮮人民共和国に帰国していたのである。訪朝中の宝氏と「金利陽」氏とが再会したことが容易に想像できる。

 知識と教養のある「金利陽」氏が祖国の国際戦略上要となる地位で働いているとのことである。国際舞台で「金利陽」氏やその仲間が活動するために国際貨幣のが必要であり、かくして資金調達は日本でやり、その現金3百万ドルを運ぶ役割が海野に回ってきていたのである。


 やがて2時間が過ぎた、日本海のまっただ中である、そろそろ日本と北朝鮮との航空識別圏を通過している、黒々とした海面上はるか水平線に陸地が盛り上がって見えるまであと半時間だろう、陸地が見えたら上昇しよう。燃料ゲージな半分以下を示している、もう引き返しは出来ない、引き返すと村上市の陸地に着く前に佐渡より遙か西方の日本海に着水するしかない。

 万一着水の場合はまずこのアルミケースを早めに海にお落として沈めることが先決となる。ケースの底には鉛板が敷かれその上に紙(ドル紙幣)のようなものが束ねて入れられているらしい。

 アルミケースは鉛の重みで、海水中では浮くことなく沈むように仕組まれている。新月で月の明かりはない、しかし、宇宙の星は明るく何万光年、何億光年の彼方からの光が海面を照らし闇夜に慣れると星明は眩い、しかい前方に未確認飛行物体があればきっと明かりが無くても見えそうな夜である。

 大陸の山々が見えることを期待して30分が経った、期待するとその対象物は現れるのが心理的に遅くなる。磁石方位を地磁気と真北極との相異からくる偏差を出発時正確に設定した、殆ど無風に近いし北朝鮮のソンドンが見えてくる予想時間である。

 

 まだかまだかと我慢していると、やっと見えた、海野は気を引き締めて消灯していた翼端左の静止赤と右の静止青の夜間照明灯と、尾翼上の回転する赤い航法灯を点灯した。エンジンを吹かして、出力を上げ次第に上昇しながら10分間陸地に向かって真っ直ぐ飛びつづけた。

 高度800Fに達した頃、黒い陸地を見ると斜め下方に平地らしいところがある、機首方向をそちらに向け、更に機首をやや下方に下げ、着陸灯を点灯した。飛行機の着陸灯は車のヘッドライトより直線性があり、小型機とはいえかなり明るく、数キロ先からでも正対するとはっきりと見える。

 そのまま軽い降下直進飛行を続けていると、平地のほうではこちらを向けて低い角度で上空に向けた光線が見えた、15秒ぐらい点灯し消えて、また15秒ぐらい点灯し消灯した、こちらは着陸灯を同じように点灯・消灯して応えた。目的地上空に着いたのである。

 平地上空では800Fの高度でさっきの明かりの上を横切った、山や森は平地より遠くの方にその輪郭が黒く見え、数台の車が並び留まって滑走路方向をヘッドライトで示している。最初の車のヘッドライト左側に着地して、ヘッドライトの並んだ方向に滑走すれば無事着陸できる予定である。4台の車がほぼ100Mおきに並んでいるらしい、車と車との間は真っ暗で何も見えないしかし、草原の平らな地面であることを期待して降りるしかないのだ。


 エンジンを思い切り絞って速度を落とし、視界真っ暗の中に失速スレスレの遅い速度で無事着地した、柔らかい車輪の転がりを響かせて機体は滑走し、ブレーキを踏むと直ぐに止まった。

 地上の車から人影が降りて横から近づいてきた、ご苦労といって一礼し、早速アルミケースを重そうに引きずり降ろし、機体翼の下で番号鍵を解き蓋を開けた、何やら内部を確かめて、納得したらしく、最後に内部の上の方から紙包みを取り出して海野に渡した。片手から溢れるほどの厚みがあり、約束の500万円、日本円のようである。「有り難う」と言葉少なくお礼を言った。アルミケースを別の人物の2人で意気揚々と持ち去ると入れ違いに若い男が現れて、ガソリンを入れたいと身振りで示している。


 注入前にそのガソリンを少しこの検査用管に入れろという素振りを海野がすると、分かったと言って、海野から検査用管を受け取って、草むらに立ててあるドラム缶の側に行き、ポンプで汲み取った幾ばくかのサンプル液を検査用管に入れた。飛行機の側に戻ってきて、海野に返した。海野は懐中電灯で検査用管内のガソリンの色を調べた、薄い緑色であり、村上市で補給した燃料の色と同じである。

 色は合格した、しかし比重はどうか、真白い真珠のようなボールをサンプル液に入れてみた、ボールは最初管の底に沈みかけたが浮かんできてまた沈んでゆっくり上下に動いていたが、検査用管の外周に海野が付けた2本の水平線・横傷の間で、やや上の傷に近い位置で安定した、合格である。

 怪訝な顔で見ていた若者は納得したらしく、背後にいた他の若者を指図して、翼に梯子を近づけて翼上に手を伸ばし、燃料タンクのキャップを外して、先程のドラム缶からホースを伸ばして給油を始めた。

 海野は受け取った500万円を鞄に入れて、座席下に隠してから、操縦席を降りて機外に出た、ここが疑惑と恐怖と魅惑と未知に満ちた北東・極東アジア人同士ながらう、疎まれ恐れられている北朝鮮の一瞬の平和の地なのかと感慨に耽った。しかし、足元の柔らかい草草は、村上市の草原と何ら変わらないものである。

 

 手こぎポンプでの給油には時間が20分ほど掛かるので、その間エンジンカバーを開けて、機内から取り出した懐中電灯で照らしてエンジンを確かめた。元気なヤンキーエンジンはけっろとして悠然としている、まだ熱いので手で触れると火傷をするので、ただ外観を静かに見回す(観察する)だけで充分だ。

 オイルゲージを抜いて油量を調べた、3時間20分の飛行で、800CC消費している、正常である。低空飛行では消費量が多いのが普通であり、問題ない。空冷の航空エンジンは潤滑油を毎回補給するほど、通常でも消費する。補給なしでこのまま飛び続けることもできるが、念の為後部道具室のドアを、機体外側から開けてオイル缶を取り出し、補給した。

 ここでは日本との時差が無い、日本時間とも24時である。村上市には夜明け前の暗い時に到着したい、村上市での日の出は5時10分、逆算すると、午前1時50分に離陸すればいい。

 後2時間近く休憩できる、しかし、疲れがなければ早々に離陸し、暗闇に村上滑走路に降りてもよい、大田君が寝ずにまっている。

 

 仮眠しようか思ったが、お結び一つ食べてコーラを飲んで、暗闇に草原で小便を済まし、数回深呼吸をして、機上に乗り込んだ。やはり一気に帰ろう後は新潟近くまで飛べば不時着しようとも、真夏だし救命胴衣もあるし、南の海でないのいでサメもいやしまい。但し不時着なら500万円はパーになる、これは捨てないといけない、海上保安庁の連中に見せられない500万円なのだ。

 無事大田君のいる新潟の村上市に着けば幸いだ、2人でこの500万円を楽しく山分けして使おう。


 北朝鮮が洪水とその後の飢饉で一番苦しい時機の話であった。アルミケースの中身は米ドルの3百万ドルだったようだ、北朝鮮は何に使ったのだろうか、3百万ドルとは大金だが国家にとっては、小さな金だ、北朝鮮の外交官が西側を訪問する際の数回の外国訪問で消えてしまう額に過ぎない。偉大な金日成将軍は僅かな3百万ドルを必要とすまい、当時カーター元大統領が平城の金主席を訪ねていた、原爆製造の中止要請と人道援助提案の会談だったとの新聞記事であった。

 その後暫らくしてシンガポールでは日航機乗っ取り犯の一人、永井光男が多量の偽米ドルを所持しているとの理由で拘束された。しかし米ドルは本物で、3千ドル所持していたことが所持制限範囲を超えていただけであり、単に申告額が少なかったとの理由が、後で発表された。逮捕時のテレビと新聞ニュースに比べて、この理由発表の記事は極めて小さな新聞記事であった。


 海野の3百万ドル空輸は無事に終了した、夜明けとともに800Fの高度で村上市近くの上空に海から到着した、日曜日の朝早く近くの河原では模型飛行機がブンブンエンジンの吹かし試験をしていた。多くのマニアが夜明けから車で乗り付けて風の凪いだ河原で今日の飛行のために腕を磨いていた。

 草原の滑走路では早朝から海野のセスナ185が離着陸の練習をしている。場外着陸場を中心に20キロ以内の範囲で飛行する場合には、航空機は新潟空港に届ける義務はなく、当事者が安全に注意すればいいのである。

 近くの野菜畑では89歳になる安原幹男老人が、「若い人はいいのう、休みの日が2日あって、前の日は日没遅くまで自家用機を飛ばし、翌日はもう夜明け前から遊びで飛んでいる」と独り言を言いながら早朝の野菜手入をしていた。


 この成功飛行には、7月の梅雨明け直後晴天で、無風状態が12時間以上続いたこと、新月で月が出ていなかったこと、その日の夕方から翌朝にかけて海上保安庁の巡視船が臨時掃海をしていなかったこと、海上自衛隊の航空管制レーダーにセスナ機が映らなかったことが幸いした。

 もしどちらかに発見されて、無線により、または哨戒機により追いて来るように命令されたら、それに従うつもりだった。その時、例のアルミケースは飛行中に窓から、海に落としてもよいと依頼者は了承していた。

 右座席にアルミケースは置いてあるので、傾き60度の右旋回をしながら右ドアを開ければいい。この右急旋回中に飛行力学バランスを横滑りで少し崩すことで、重いアルミケースは飛行機から海中に容易に滑り落とす事が出来る。ドアの内側を擦って落ちて行くので、少々掠り傷ができるが。役所には練習中に方向を誤って日本海側に飛び出してしまったと詫びを入れればすむことである。何も怪しまれることもない。

 しかし日本海のど真中(ADIZ:航空識別圏当たり)で彼らに発見されたら、弁明に窮する、その場合は一目散に航空識別圏を北朝鮮に向かって飛んで行くしかない、モスクワの赤い広場に降りたマイク君のような言い逃れが出来るだろう。他人に危害を加えることは皆無であり、むしろ訳なしの人助けだと自分では思い込んでいたのである。

              終


北海道上方サハリン沖で、アメリカ大陸からアジアに向けて飛来した、大型旅客ジェットが遭難した。多くの人命が失われた、単なる事故や航法計器ミスではない、本小説の小型機のように、しかし大がかりに巨大国家間で仕組まれた計画飛行の予感がする。今後資料を調べて小説にする意味がありそうだ。

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