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ボロボロ勇者とカッコつけおじさん  作者: たくあん
勇者と倒せない魔王

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第48話 教えてほしかった

「俺は、殺せなかった」


 やどかりが言った。

 玉座の肘掛けが、乾いた音を立てた。アルトの指が食い込み、石の欠片が床へ落ちた。


「剣を落として、ここから逃げた」


 エリナはやどかりの手を見た。その指は強張っていた。

 大切な人に殺してくれと言われて、できなかった。その痛みを想像しようとしただけで、胸が苦しくなった。


 それなのに、別のものも込み上げてきた。


「……知ってたんだ」


 やどかりがこちらを見た。


「私が、誰を殺しに行くのか」


 男は、頷いた。

 倉庫の床に敷かれた布が浮かんだ。何がしたいのか。答えられずにいると、男は問いを引っ込め、自分の言葉が出るまで待ってくれた。


「私には、選べって言ったのに」


 帰るか、戦うか。自分で決めていいと言われた。その言葉を頼りに、ここまで歩いてきた。けれど、その道の先に誰がいるかを、この人は知っていた。


「選ぶ前に、教えてほしかった」


 やどかりが口を開きかけた。

 その横を、盾を持った兵士が通った。指揮官の指した柱へ走り、まだ構えの整っていない仲間の前へ入った。

 エリナは剣の柄を握り直した。今、答えを待っている間にも、皆は戦う支度をしている。


「……あとで、聞かせて」


 男は口を閉じた。

 ミアがエリナの腕へ一度触れ、治療班のいる柱の後ろへ向かった。


 -----------------------------------------------------------------


「とどめを刺した人へ移るわけではないんですね」


 テオが、アルトを見たまま尋ねた。


「そうだ」

「大勢に分かれて宿ることは?」

「できない。この力を保つには、一つの身体が要る」


 アルトの指の間から、細い靄が漏れた。身体を離れると輪郭を失い、窓から入る光の中へ溶けた。


「次の器がなければ、私の身体を失ったときに消える」

「僕たちの中に、器になれる者は?」

「いない。君は強いけれど、この力を丸ごと収められるほどじゃない。ここにいる誰も、そうだ」


 テオは、やどかりへ顔を向けた。


「あなたも、知っていたんですか」

「ああ。あの日、俺にも移れねえと聞いた。お前たちも、言い方は悪いがアルトよりは弱い、器になるほどの強さじゃねえ」


 やどかりの目が、エリナへ向いた。


「お前が町の奴らに、助けてくれと頼んだときに考えたんだ」


 エリナは顔を上げた。


「一人じゃ勝てなくても、隣の奴が手を貸す。誰かが下がっても、戦いが続く。それなら、誰か1人に押し付けずに倒せる」

「……だから、この人数?」

「ああ。全員で戦う」


 エリナは細く息を吐いた。倒しても、仲間を次の魔王にするわけではない。それは、聞けてよかった。

 けれど、やどかりへ頷き返すことはできなかった。

 その望みを、自分に聞かせてくれなかったことが、頭を重くしていた。


「陛下」


 指揮官が低く呼んだ。

 前の盾が揃っていた。左右の柱の脇に弓兵が立ち、魔術師たちはその後ろから杖を向けている。入口へ続く道は、担架が通れる幅を空けてあった。

 国王が頷くと、指揮官は片手を上げた。


「合図で、左右から――」


 石を擦る音がした。

 アルトが立ち上がっていた。床の影が足へ集まり、裾を持ち上げるように渦を巻いた。右手は胸の前で固く閉じ、指を開きかけるたび、手首を這う黒い筋が濃くなった。


「戻ってきたんだな、君も」


 エリナは剣を構えた。

 やどかりの大切な人で勇者だった。その人に、自分は殺されかけた。

 まだ、どう受け止めればいいのか分からない。

 入口の向こうで、負傷者を中庭へ運ぶ声がした。


「……止めに来ました。外で起きていることを」


 アルトが、僅かに頷いた。


「なら、止めてくれ。もう、抑えきれない」


 黒いものが肩から噴き出した。

 窓から入っていた光が薄くなり、床に散った石の欠片が浮いた。


「構えろ!」


 指揮官が叫んだ。

 エリナはレオンの盾の隣へ入った。やどかりが、その横に立つ。

 男の顔は見られなかった。それでも、剣を握る手へ向かって言った。


「今度は、知ってることを教えて」

「……ああ」


 固く閉じていた右手が、アルトの身体より先に前へ出た。

 黒い魔力の中に、剣の形が現れた。大きくも、禍々しくもない。人が両手で握り、振るうための形をしていた。

 やどかりの呼吸が止まるのを、エリナは隣で聞いた。


 アルトの目が、その男へ向いた。

 口元から笑みが消えた。


「今度こそ」


 黒い風の中で、その声だけが届いた。


「私を殺してくれ」


 -----------------------------------------------------------------


 アルトが剣を下げた。

 切っ先が床へ近づく。構えを解いたように見えたその動きに、エリナの足が半歩、前へ出かけた。


「右へ跳べ!」


 やどかりの声に、身体が動いた。

 レオンの肩へぶつかりながら横へ跳ぶ。その直後、さっきまで立っていた場所を黒い線が走った。床石が割れ、背後の壁へ細長い傷が刻まれる。遅れて降ってきた石の粉が、エリナの髪を白くした。


 剣を振ったところが、見えなかった。

 アルトは既に次の一歩を踏み出していた。レオンが盾を向ける。その前へやどかりが入り、下から剣を合わせた。

 甲高い音がして、男の膝が折れた。


「正面で受けるな、流せ!」


 叫びながら、自分も身体を捻った。黒い刃が肩の横を抜け、上着が裂ける。エリナが剣を出すより早く、横の兵士が槍を突いた。

 アルトは槍の柄を斬り、その切れ端が落ちきる前に、後ろへ退いた。


「距離を取れ! 列を詰めるな!」


 指揮官の声が広間を走った。

 エリナは息を吸った。喉の奥に粉が貼りつき、咳が出た。目の前の床に、長く黒い溝がある。一人で来たときには、あの攻撃を身体で受けた。

 今日は、避けるように言ってくれる人がいた。


「今の、どうして……」

「刃を下げたあと、左足に体重を乗せる。踏み込んで、下から斬り上げる癖がある」


 やどかりは肩を押さえず、剣を構え直した。


「次は足を見ろ」


 エリナは頷いた。

 まだ、この人へ向ける気持ちはまとまっていなかった。けれど、倒すための方法を男は答えた。エリナはその声を聞き、アルト足へ目を向けた。


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