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ボロボロ勇者とカッコつけおじさん  作者: たくあん
勇者と門の向こうの王様

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第35話 来ない人の帰り道

 城を出てから、エリナはしばらく喋らなかった。

 門の閉じる音を聞いても、振り返らなかった。隣を歩くミアが歩幅を合わせてくれていることには、気づいていた。


「……うまく、言えなかった」


 人通りの少ない道へ入ったところで、ようやく口にした。


「途中から、兵の話じゃなくなっちゃった」

「聞きたかったんでしょう」


 テオが答えた。

 エリナは頷いたが、それでよかったのかは分からなかった。助けを求めに行ったのに、胸に溜まっていたものをぶつけて帰ってきただけのような気もした。


「千人を危険に晒していい理由にはならないって、それは、そうだよね」


 やどかりが足を止めた。


「お前は、どう頼みたかったんだ」

「……一緒に、来てほしかった」

「誰に」


 エリナは答えかけて、口を閉じた。

 玉座の後ろに立っていた兵士の顔が浮かんだ。名前も知らなかった。あの人が来たいのか、来られるのか、何も聞いていなかった。


「王様がいいって言えば、来ると思ってた」


 口にすると、自分でも嫌な感じがした。三人には、一緒に来てほしいと頼んだ。その先にいた千人にも、一人ずつの返事がある。分かっていたはずのことが、軍を借りるという言葉にすると抜け落ちていた。

 ミアが、少し考えてから言った。


「私のときは、私に聞いてくれましたよ」

「僕は断りましたけどね」


 テオが続けた。


「うん。……知ってる」

「断ったあとも、工房に来たでしょう。修理する物を持ってきたり、ご飯を食べたり」


 エリナは、彼の顔を見た。


「最後に決めたのは、僕です」


 それを言うテオは、少し不機嫌そうだった。自分の決めたことを、国王の許可と一緒にされるのが気に入らないのかもしれなかった。

 エリナは、道の先へ目を向けた。


「……もう一回、頼んでみたい」


 やどかりが片眉を上げる。


「同じことをか」

「ううん。まず、話をさせてもらえないかって」


 断られたことは、まだ痛かった。

 それでも、あの部屋にいた兵士たちには、まだ何も聞いていなかった。


 -----------------------------------------------------------------


 二日後、国王は玉座ではなく、地図を広げた卓の前でエリナたちと向かい合った。

 改めて届いた申し出には、出兵を命じてほしいとは書かれていなかった。討伐の計画を説明し、参加する意思のある者がいるか、尋ねる機会を与えてほしいとあった。


「命令でなければ、断れると思うか」


 国王の問いに、エリナはすぐには答えなかった。


「勇者に求められ、同僚の前で断れる者ばかりではない。お前が強いなと言えば、弱いとは言えなくなる者もいる」


 娘は地図へ目を落とした。


「……そうだと思います」

「ならば、どうする」

「この場で、返事をもらわないようにします。断るときも、皆の前で言わなくていいように」


 少し考え、彼女は続けた。


「それでも断りにくいことは、あると思います。だから、国王様からも、参加しなくても不利益はないって、伝えてもらいたいです」


 国王は頷かなかった。

 正面の娘に悪意がないことと、この申し出がうまくいくことは別だった。


「今日は、遠征のための話を聞くだけだ。部隊を動かす許可ではない」

「はい」

「希望する者がいたとしても、そのまま全員を出せるとは限らぬ」

「それも、相談させてください」


 国王は、脇に立つ兵士へ合図をした。

 扉が開き、遠征の経験を持つ者たちが入ってきた。出兵に必要なものを確かめるために呼んだのであって、参加を命じたわけではない。そのことを、国王は全員が着席する前に告げた。

 兵士たちの目が、少女と、その後ろの三人へ向けられた。


 -----------------------------------------------------------------


 話は、エリナが思っていたよりも難しかった。

 何日分の食料を運ぶのか。荷車の通れない道ではどうするのか。負傷者を連れて引き返す者は、前へ進む者と別に必要になる。

 答えられることもあったが、仲間と顔を見合わせることの方が多かった。


「この橋は、今も使えるのか」


 白髪交じりの兵士が、地図の一点を指した。

 エリナは首を振った。


「橋が落ちていました。私が通ったときは、上流へ回って」

「何日かかった」

「一日半くらいです。でも、大勢で通れるかは……」


 兵士は、その箇所へ小さな印をつけた。


「先に確かめる必要があるな。荷を積んでから通れぬと分かれば、その間も食料は減る」


 エリナは、慌てて書き留めた。

 男は彼女の手元を見て、少しゆっくり話すようになった。責めるために尋ねているのではないと分かると、エリナも、自信のないところを隠さず聞けるようになった。


 話が一区切りついたとき、彼女は男へ顔を向けた。


「あの、一緒に来ていただくことは、難しいでしょうか」


 言ってから、ほかの者がいることに気づいた。


「あ、今、答えなくてもいいです。後からでも」


 兵士は、地図に置いていた手を引いた。

 すぐには答えず、やがて顔を上げた。


「申し訳ありません。私は、行けません」


 エリナの鉛筆が止まった。

 彼がいれば、どれほど助かるか、話を聞くほど分かっていた。出かけるまでに教わるだけでは、その場で起こることに対応できない。

 残念だった。表情に出たのも、自分で分かった。


「……そうですか」


 兵士が頭を下げかける。

 エリナは小さく首を振った。


「教えていただいたこと、書いておきます。分からなくなったら、また聞いてもいいですか」

「出立まで、私が城におれば」


 その言い方に、エリナが顔を上げた。

 兵士は一瞬、国王を見たあと、静かに説明した。


「すでに休暇をいただいております。遠い地に嫁いだ妹が大病を患いまして、そちらへ向かいます。」


 国王は、その願いを覚えていた。期限を定め、代わりに務める者を確認したうえで許可している。

 だから、今日この兵士を呼ぶことが参加の強要にならぬよう、最初に断っていた。


「ただ、先ほど橋の話が出ましたので……」


 兵士は地図へ視線を戻した。


「妹の嫁ぎ先へは、その先で街道を外れます。迂回する道を、もう少し詳しく教えていただけますか」


 控えていた男が、卓の端から口を挟んだ。


「その話は、後にしてはどうだ。今は遠征の検討を――」

「私、その道なら分かります」


 エリナは地図を引き寄せていた。

 男の声に気づくと、手を止め、国王を見た。


「……少しだけ、いいですか」


 国王は、卓の上を見た。

 遠征の話は、すでに予定していた時間を使っていた。新たな論点を始めるには、確認しなければならないことも多い。


「続きは、今日の内容を整理してからとする。その道だけ、確かめておけ」


 エリナは礼を言うと、兵士の側へ地図を回した。


 -----------------------------------------------------------------


「こっちは、雨のあとだと通れないです。私は一度戻りました。」


 エリナの指が、川沿いの細い線を辿った。

 その先を、やどかりが横から示す。


「荷があるなら、こっちだな。遠回りだが、足場はましだ」

「どれくらい違いますか」

「朝に分かれ道を出りゃ、日が暮れるまでには街道に戻れる」


 兵士は頷き、手元の紙へ道を書き写した。

 テオが、左右が逆です、と紙を回す。ミアは男が一人で帰るのか確かめ、途中で休める場所について尋ねた。

 国王は、席を立ちかけたまま、その様子を見ていた。


 エリナは、もう兵士の同行を求めなかった。

 道を教えることと引き換えに、別の者を紹介してほしいとも言わなかった。写された線を覗き込み、崩れた道へ入らないよう、目印になる岩の形を説明していた。


「これなら、迷わずに済みそうです」


 兵士が紙を畳みかけたところで、国王は口を開いた。


「……道の相談ならば、係の者に任せてもよいぞ。お前たちにも、明日の支度があろう」


 エリナが顔を上げた。つい先ほどまで、同行を断られて肩を落としていた。その落胆が消えたわけではないだろうに、今は、男の帰る道を確かめるために紙を回していた。


「でも、私が通ったところなので。知っていることは、話せます」


 国王は、地図に引かれた線を見た。魔王城へ向かう道から外れ、兵士の故郷へ続いていた。


「同行を断られて、残念だったのではないか」


 エリナは兵士を見てから、国王へ視線を戻した。


「残念です。でも、一緒に来られないことと、この人が困っていることは、別ですから」


 国王は答えなかった。

 娘は、何か間違っただろうかという顔をしたが、兵士が礼を言うと、そちらへ向き直った。


「地図、少し見てもいいですか。最後のところ、曲がる道がもう一つあるので」


 鉛筆の擦れる音が戻った。

 国王は、卓の端に置いた自分の手を見た。指先に力が入っていた。誰も、そのことには気づいていなかった。


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