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ボロボロ勇者とカッコつけおじさん  作者: たくあん
勇者と戦わない魔法使い

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第32話 四人分

 エリナたちは、朝の西門で荷物を確かめていた。

 宿の女将から預かった包みをミアの鞄へ入れ、旅用の台は、やどかりの荷物へ括りつける。前より少し重くなった荷を見て、エリナは留め具を確かめた。


「ここ、引っ張りすぎないでね」

「もう分かったって」

「テオ、何回も直してたんだから」


 男が頷く。

 エリナは工房のある方へ目を向けた。

 昨日、挨拶は済ませた。朝は仕事があるかもしれないし、また寄って待たせるのも悪い。そう思って、宿からそのまま門へ来ていた。

 それでも、もう一度くらい手を振りたかった気がした。


「……行こうか」


 エリナが言ったとき、門の向こうで、何かがぶつかる音がした。


「待ってください」


 聞き覚えのある声だった。

 振り返ると、テオが立っていた。

 大きな鞄を背負い、肩からもう一つ袋を掛け、両手には、さらに別の包みを持っている。背後には、紐で括った箱が一つ浮いていた。

 その箱が、門柱に引っかかっていた。


「……何してるの?」


 エリナが尋ねると、テオは振り返って箱を横へずらした。


「旅の準備です」

「準備?」

「正確には、もう終わっています。今、出発するところです」


 やどかりが箱を見た。


「終わってる荷物の量じゃねえぞ」

「必要なものです」

「何日分だ」

「帰るまでです」

「だから、多いんだよ」


 ミアが小さく笑い、テオの手から包みを一つ受け取った。

 エリナはまだ、青年の顔を見ていた。


「……一緒に来るの?」


 テオは彼女を見た。

 今度は、荷物のせいにはしなかった。


「はい」


 エリナの目が丸くなった。


「仲間になってくれるの!?」

「違います」

「違うの?」

「同行するだけです」


 やどかりが顔を背けた。

 その肩が動いているのを見て、テオは少し眉を寄せる。


「何か、問題がありますか」

「ねえよ。同行だな」

「はい」


 エリナは笑いかけ、それから真面目な顔へ戻った。


「工房は? 町の人たちは、大丈夫?」


 テオは、町の方を振り返った。

 ここから工房は見えなかった。けれど、閉めた戸と、隣家へ渡した鍵の重さを覚えていた。


「閉めてきました。預かっていたものは、返しました。留守のことも頼んであります」


 エリナが、ゆっくり頷いた。

 それでも、まだ何かを確かめたい顔をしていた。


「でも……私たちが誘ったからって、一緒に来なきゃいけないわけじゃ――」

「分かっています」


 テオは遮った。

 少し強く言いすぎたかと思ったが、今度は、引っ込めたくなかった。


「昨日、帰りにも寄ると言ったでしょう」


 エリナが頷いた。


「ここに残ることもできます。工房を開けて、あなたたちが帰ってくるのを待っていてもいい」


 テオは肩の鞄を持ち直した。


「帰りに工房に寄ってくれることを想像しました」

「きっと、三人の思い出話をしてくれるでしょう。とても楽しそうです」

「……でも、その思い出の中に僕がいないのは嫌だとも思いました。」

「だから、僕は来ました」


 エリナは、しばらく黙って彼を見ていた。

 テオは鞄の紐へ目を落とし、もう一度口を開いた。


「戦わずに通れる道があるなら、そちらを選びたいです。遠回りでも」

「うん。そうしよう」


 エリナは、町の外へ続く道を見た。


「分からなかったら、先に町の人に聞こう。私も、帰りたいから」


「……お願いします」


 テオは顔を上げた。エリナの目元が、少し緩んだ。


 差し出された手を、テオは一度見下ろした。

 荷物で両手が塞がっていた。慌てて片方を持ち替えようとすると、やどかりが横から包みを取った。


「ほら」


 空いた手で、エリナの手を握った。


「よろしくね、テオ」

「……よろしくお願いします」


 ミアが二人の横で、抱えた荷物を少し持ち上げた。


「まずは、これを分けましょうか」


 -----------------------------------------------------------------


 出発は、少し遅くなった。

 水筒と鍋は三人のものと一緒に使うことにして、テオが持ってきた余分な分は、見送りに来た老女へ預けた。工具は残し、本は一冊減らした。


「いっぱいあるねえ、こんなに背負って旅に出ようとしてたのかい」


 老女が言うと、テオは渋い顔で頷いた。


「帰ったら、使います」

「そうしな」


 老女は受け取った荷物をバッグに詰めて、それから、テオの襟を少し整えた。


「飯、忘れないようにね」


 テオは横を見た。

 エリナが荷物の紐を結び、ミアが地図を確かめ、やどかりが早くも腹が減ったと言っていた。


「たぶん、忘れさせてもらえません」


 老女が笑った。テオも、少しだけ笑った。やり取りを見ていたやどかりが、鍋を自分の荷物に入れた。


「昔、一緒に歩いてた奴も、荷物が多かった。俺が代わりに運んでたんだ」


 やどかりは鍋の蓋へ手を添えたまま、口元を緩めていた。

 テオは荷物の紐を結ぶ手を止め、その顔を見た。いつものやどかりとは違っていた気がした。まるで大事なものを思い出すかのような。

 不思議に思い、やどかりを見ていたが、やどかりの背で揺れている自分の工具袋に気づき、やどかりの荷から外そうとした。


「気にすんな、肉体労働は俺の仕事だ」


「では、途中で交代します」


「律儀だな」

 テオは頷き、残った鞄を背負い直した。


 門を出ると、工房へ続く道が背中へ回った。

 振り返れば、まだ戻れた。足りないものを思い出したことにして、戸を開けることもできた。

 テオは一度だけ、老女へ手を上げた。

 それから、前を歩く三人へ歩幅を合わせた。


 -----------------------------------------------------------------


 町の屋根が少し低く見えるようになった頃、テオが尋ねた。

「王都では、まず何をするんですか」


 昨夜、工房で広げた地図を思い出す。王都の手前には、泊まる宿の印があった。そこまでは行ってみると、エリナが答えたのだった。

 やどかりは前を向いたまま答えた。


「王様に会う」

「会えるの?」


 エリナの声に、男が振り返った。


「会うところから、頼むんだよ」


 エリナは荷物の紐を持ち直した。


「……私が入れなかったら、先に話してきてくれる?」

「ああ」


 返事を聞いて、エリナは少し息を吐いた。


「何て頼むつもりなの?」

「一緒に魔王を倒しに行かねえか、って」


 エリナの足が止まった。

 テオも歩みを緩め、ミアが二人を振り返った。


「……王様に?」

「おう」

「人を貸してもらうんじゃなくて?」

「王様も仲間にする。あの人が動けば、できることが増える」


 テオは、やどかりの顔を見た。


「僕を誘ったときと同じになりそうです」

「お前は来ただろ」

「一度、帰ってくださいと言ったはずですが」


 やどかりは笑った。

 エリナは額へ手を当て、少し考えた。


「……言い方は、着くまでに考えよう」

「頼んだ」

「一緒に!」


 ミアが笑い、歩きながら地図を開いた。


「戦う方だけでなく、治療をする方にも来ていただきたいですね」

「ああ。飯を作る奴も、荷を運ぶ奴もいる。途中で町へ帰る奴が出ても、回るようにしねえとな」


 やどかりは川の方を振り返った。ここからでは屋根に隠れ、もう見えなかった。


「あの橋で、考え直したんだ。四人が戻るだけでも、手を借りたろ」


 エリナは頷いた。

 ミアのそばで布を押さえていた女。道を空けてくれた衛兵。戦いが終わると、毛布を抱えて来た人。

 テオの魔法が川を渡ったときには、その人たちも岸にいた。


「魔王のところまでは、もっと遠い。戦う奴が休む間も、誰かが見張ってなきゃならねえ」

「何人くらい、頼むつもり?」


 やどかりは前へ向き直った。


「次は、千人集めるぞ」


 エリナは言葉を失った。

 ミアも地図から顔を上げ、男を見ている。


「……前は、百人と、おっしゃっていませんでしたか」

「言ってた」


 エリナが答えた。

 やどかりは二人へ顔を向けた。


「もっと多い方がいいと思ってな」


 テオは背中の鞄を持ち上げ直した。

 自分の工具は、もう半分をやどかりに持ってもらっている。その荷物には、何度も作り直した小さな台が括りつけられていた。


「……先に言ってください」


 エリナが隣を見た。


「鍋、四人分なんですが」


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