↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ボロボロ勇者とカッコつけおじさん  作者: たくあん
勇者と治せない治癒術師

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
17/52

第17話 決めた朝

「怖かったです」


 ぽつりと呟くと、店の奥の椅子に座っていたエリナが顔を上げた。脇腹には、まだ白い布が巻かれている。

 今朝もミアが短く治療したが、長く歩き回ることは許していなかった。本人は「もうだいぶ平気」と言うが、身体を捻るたび、わずかに眉が動くのをミアは見逃していない。


「昨日も、今も」


「うん」


 エリナは急かさず、続きを待った。卓の端には、昨夜ミアが書いた記録が積まれていた。名前、運び込まれたときの状態、診た順番、使った魔法の量、結果。何度読み返しても、そこに正解は書かれていなかった。


「次も間違えないと、分かったわけではないんです」


 ミアは紙へ目を落とした。


「ガルドさんを先に診ていたら、と今も考えます」


 ガルドを最初に治していたら。子供をもっと早く治していたら。エリナへ先に手を置いていたら。順番を一つ動かすたび、今度は別の誰かの顔が浮かんだ。何度考え直しても、全員が同じように助かる並べ方は見つからない。ミアは紙の端を揃えた。


「前にも、同じことがありました」


 エリナは何も言わない。


「待っていてくださいと、私が言った人でした」


 そこで、喉が詰まった。エリナは身じろぎせず、ミアを見ていた。


「それから、治癒魔法を使おうとすると、その人の声が……」


 最後まで言えなかった。ミアは一度息を吸い、棚に並んだ薬草へ目を移した。


「薬を作ることなら、続けられました」


「ここでも、助かってた人はいたよ」


 エリナが言う。ミアはすぐに頷いた。


「はい。この仕事を、間違いだったとは思いません」


 そこだけは迷わなかった。薬で治る傷がある。薬で眠れる夜がある。魔法を使わなくても、できたことはたくさんあった。


「でも、昨日は……薬だけでは届かない人がいました」


 自分の掌へ目を落とす。何も光っていない。けれど、もう使えない手ではなかった。


「分からないままでも、見て、決めなければならなかった」


「うん」


「次も、怖いと思います」


 一度、指を握る。


「それでも……もう二度と治さないとは、決めたくありません」


 ミアは顔を上げた。エリナは小さく頷いた。


「私、ミアに治してもらえて、よかった」


 それから少し笑う。


「ミア、カッコよかったよ」


 ミアの胸の奥にあったものが、少しだけ動いた。ガルドのことも、次の判断への怖さもなくなりはしない。それでも、重いものを抱えたまま、わずかに息を吸える場所ができたような気がした。


 -----------------------------------------------------------------


 エリナの傷が落ち着くまで、二人は町に残った。その間、ミアは薬屋の仕事に少しずつ治癒魔法を加えた。


 頼まれたものを何でも魔法で治すわけではない。薬を塗って休めば十分な傷には、これまでどおり薬を渡した。仕事を休めば治る腰痛には布を巻いて温めるよう言い、子供の擦り傷へまで白い光を使うこともしなかった。ただ、必要だと判断したときには手を置いた。


 最初の数回、指は目に見えるほど震えた。患者の胸へ光を流しながら、ほかに誰か悪くなっていないか、見落としている人はいないかと、何度も店の中を見回した。エリナもその震えを何度か見たが、何も言わなかった。必要なら棚の瓶を取り、布を畳んだ。


 数日が過ぎ、エリナの傷も旅へ出られる程度まで落ち着いた。閉店後の薬屋で、三人は卓を囲んだ。やどかりは椅子を後ろへ傾け、エリナはまだ脇腹を庇いながら座っていた。少女は改めてミアへ向き直った。


「一緒に来てくれたら、嬉しい」


 一度息を吸ってから続ける。


「ミアがいてくれたら、心強いと思う」


 ミアは膝の上で手を重ねた。この話をされるかもしれないと思い、何度も考えてきた。断るのは怖いからなのか。また治癒魔法を使わない理由を探しているだけなのか。


 昨日までなら、そう疑ったかもしれない。けれど、窓の外にはこの町で暮らす人たちの足音があった。棚には明日取りに来る薬があり、坑道で怪我をした人たちも、まだ何人か通っている。一人ひとりの顔が、ミアには思い浮かんだ。


「……私は、ここに残ります」


 エリナの表情がわずかに止まった。ミアは視線を下げずに続けた。


「この町で、治療を続けたいです」


 声にすると、自分の気持ちがはっきり形になった。


「ここにも、私にできることがあるので」


 エリナは少しの間、何も言わなかった。やがて、残念そうに小さく息を吐く。


「……そっか」


 その顔を見て、ミアは思わず謝りかけた。けれど、エリナのほうが先に笑った。


「じゃあ、出発前に薬をお願いしてもいい?」


 ミアは瞬いた。


「……それだけで、いいんですか」


「それだけって?」


「もっと、説得されるのかと」


 エリナは隣を見た。やどかりが肩をすくめる。


「残るって決めたんだろ」


「はい」


「じゃあ、残ればいい」


 ミアは二人を見た。自分の返事だけで、この話が終わる。行くべきだとも、せっかく魔法を使えるようになったのにとも言われない。あまりに簡単で、自分でも驚くほどほっとしていた。エリナが少し身を乗り出した。


「でも、薬の使い方は、やどかりさんにも説明して」


「俺は覚えたぞ」


「この前も、そう言って飲む薬を塗り薬みたいに使ってたでしょ!」


「その方が早い」


「正しく使わないとダメ!」


 ミアは卓へ目を落とした。口元が、少しだけ緩む。


「……では、お二人に説明します」


 -----------------------------------------------------------------


 荷物をまとめ終えた翌朝、救助隊が町へ戻ってきた。崩れた坑道へ再び入った者たちではなく、古い道を使って山の反対側へ迂回していた一隊だった。


 事故のあと、山向こうの作業小屋と連絡が取れなくなっていた。坑道を通れば近いが、その道は崩落で塞がれている。救助隊は山を大きく回り込み、半日以上かけてようやく向こうへ辿り着いたのだという。


 薬屋へ飛び込んできた男は、戸口へ手をついたまま肩で息をしていた。それでも、最初に一言だけ言った。


「生きてた」


 ミアの手が止まる。


「四人いた。水も、少し食料も残ってた。だが、二人は動かせない」


 ミアは椅子を勧めたが、男は首を振った。


「担架で連れて帰るつもりだったんだ。でも、あの道を越えさせるのは……無理に動かしたら、途中で悪くなるかもしれん」


 ミアはすぐに負傷者の状態を聞き始めた。どこを怪我しているのか。意識はあるか。熱は。出血は。男は見てきたことを思い出しながら、一つずつ答える。途中で言葉に詰まれば、ミアは急かさず、「覚えている範囲で大丈夫です」と言った。聞き終える頃には、ミアの手は完全に止まっていた。


「歩いて、どのくらいですか」


「身軽なら半日ほどだ。往きは道を探すのに時間がかかったが、帰りは目印をつけてきた」


「今も、どなたか残っていますか」


「二人置いてきた。動ける奴がそばにいる」


 ミアは棚を見た。薬の瓶、布、止血に使う道具、水を入れる容器。必要なものを数え始めたところで、扉のそばに人影があることに気づいた。旅支度を終えたエリナとやどかりが、別れを言いに来たらしい。ミアは二人を見た。


「私は、行ってきます」


 エリナは少しも驚かず、頷いた。


「うん」


 ミアは往診用の鞄を開いた。不思議なことに、何を入れるか考えられた。選ぶことは今も怖い。それでも、待っている人のところへ行くために準備をする。それが自分の仕事だと、もう一度思えた。男が言いにくそうに続けた。


「ただ……道に魔物が出る」


 ミアの指が止まった。


「俺たちも、一度引き返しかけた。数は多くねえが、治療道具抱えたまま一人で行くのは危ない」


 薬は鞄へ入れられる。布も入る。けれど、患者のところまで無事に辿り着く方法は、棚のどこにも置かれていない。ミアが考えていると、エリナが言った。


「道は、私たちが見ようか」


 ミアは顔を上げた。


「出発されるのでは」


「少し遅くなっても、いいよ」


 やどかりも荷物を床へ下ろした。


「全部背負って山登ることもねえな。荷物は置いていくぞ」


 ミアは二人を見た。魔王の話も、この機会に一緒に来いという誘いも出なかった。残るという決断を変えさせようともせず、患者のところへ行きたい自分を手伝うという。エリナが腰の剣を確かめ、ミアへ尋ねた。


「何を持てばいい?」


 ミアは鞄の口を握ったまま、一瞬だけ答えられなかった。やがて棚の下へ置いた布包みを示す。


「……こちらを、お願いします」


 エリナが頷いて布包みを抱えると、ミアは残りの道具を鞄へ収め、留め金を閉じた。町に残ると決めた自分が、今は二人と一緒に山へ向かおうとしている。


 決めたことが変わったとは思わなかった。ここに残るからこそ、ここで待っている人のところへ行く。そう思いながら、鞄を肩へ掛けた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。