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『隣の席の子を落とすために攻略ノート書いてたら全部バレた』

作者: dorago
掲載日:2026/05/10

「あ、ヤバ。英語の教科書ない」


今日も俺は、安定のポンコツを発揮していた。


次の授業開始まで、あと2分。

隣のクラスに借りに行くには、ちょっと迷惑な時間だ。


「……海斗くん?」


おそるおそる名前を呼ぶ声がして、顔を上げる。


隣の席の女子――春川レナが、ノートから顔を上げてこっちを見ていた。


肩までの黒髪をゆるく結んで、前髪は少し長め。

ぱっちりしてるのに、いつもどこかおどおどしてる目。

クラスの中では「真面目で大人しい子」って評価だけど、

俺からすると――


反応がいちいち可愛い、攻略対象そのもの。


「悪い、教科書忘れた。机、くっつけていい?」


「えっ……あ、うん……」


レナがちょっとだけ椅子を引く。

その隙を逃さず、俺は机をぐいっと寄せた。


キィ……。


「ち、近い……!」


「今日も可愛い」


「っ……!」


耳が一瞬で赤くなる。

目が泳いで、ペンを指でコロコロ回し始める。


――はい、これがレナのテンプレ反応。


俺は心の中で、ノートの該当ページを開く。


(テクニック14:距離を詰める+短く褒める → レナ、耳が赤くなる+指いじいじ)


完璧だ。

……自分で言っててキモいけど、本気だから仕方ない。


俺の名前は海斗。

恋愛経験ゼロ、告白経験ゼロ。

でも「好きな子」はいる。


それが、隣の席のレナだ。


レナは、クラスの中では“地味寄りの普通の子”扱いだ。


・授業中は真面目にノートを取る

・先生に当てられると、ちょっと噛みながらもちゃんと答える

・休み時間は、仲のいい女子二人と小さな声で話してる

・体育は得意じゃないけど、全力で走って息切れしてる


でも、俺は知っている。


・名前を呼ぶと、一瞬だけ目が大きくなる

・褒めると、耳の先だけ赤くなる

・笑うとき、肩が小さく揺れる

・緊張すると、ペンを指でいじり続ける

・驚くと、変な声が出る(「ひゃっ」とか「むりっ」とか)


全部、俺の“観察記録”に載っている。


そして、その観察記録の正体が――


『レナ攻略ノート(実践版)』


だ。


このノートの始まりは、一か月前。


レナと隣の席になった日、

「よろしくお願いします……」と小さな声で言われて、

俺は一瞬で落ちた。


でも、どうすればいいか分からなかった。


だから俺は、本屋の隅で震えながら一冊の本を買った。


『好きな子を落とす100のテクニック』


タイトルからして終わってる。

でも、そのときの俺には、これが唯一の教科書だった。


ページをめくると、

・距離を縮めろ

・名前を呼べ

・褒めろ

・目を見ろ

・相手の仕草を観察しろ

と、もっともらしいことが書いてある。


「そんなこと、いきなりできるかよ」と思いながらも、

俺はノートを一冊用意した。


表紙に大きく書いた。


『レナ攻略ノート(実践版)』


それから毎日、

俺はレナを“落とすため”にこのノートを更新している。


「それにしてもさ」


教科書を少し俺の方に寄せながら、レナが言う。


「海斗くん、忘れ物多すぎじゃない……? 今月、もう三回目だよ?」


「いや、自分でも気をつけてるつもりなんだけど」


「ホントに気をつけてたら、そんなに忘れないと思うけど……」


「仕方ないだろ。気をつけること自体を忘れるんだから」


「ただのバカじゃん……」


「辛辣!」


レナは小さくため息をついて、前を向く。

その横顔を見ながら、俺は心の中でノートに書き足す。


『レナの性格メモ:

 ・口はちょっと辛辣

 ・でも言ったあと、絶対ちょっと後悔してる顔する

 → そこがいい』


チャイムが鳴り、英語の先生が入ってくる。


「きりーつ、れー」


「「「お願いしまーす」」」


授業が始まり、俺たちは前を向いた――フリをして、俺は横目でレナを観察する。


(ほら、やっぱりさっきの「バカじゃん」思い出して、口元ちょっと引きつってる)


レナは、基本的に“自分から強く出られないタイプ”だ。


・人を傷つけるのが嫌

・でも、思ったことはちょっと漏れる

・言ったあと、「言いすぎたかな……」って顔をする


その全部が、俺には分かる。


だから、ノートに書く。


『性格:

 ・優しい

 ・自分を低く見がち

 ・人に嫌われるのを怖がってる

 → だからこそ、ぐいぐい行くと反応が面白い(可愛い)』


……うん、やっぱり俺、だいぶヤバい。


「じゃあ、この空欄に入るのは……海斗、答えてみろ」


「えっ」


やべ、全然聞いてなかった。


「えっと……③の、talking?」


「違う。ちゃんと話聞いてたか?」


「すみません」


「じゃあ、その隣の春川」


「えっ、あ……②の to talk だと思います」


「そうだ。海斗、女子と机くっつけて気が散るのは分かるが、授業はちゃんと聞けよ」


クラスに笑いが広がる。


前の席のAが振り返る。


「お前ら、もう付き合えよ」


後ろのBもニヤニヤしながら言う。


「海斗、攻めすぎ。ぐいぐい行きすぎ」


「攻めるために生きてる」


「開き直るな」


レナは、ちょっとだけ俺から椅子を離した。


「え? な、なに……私のこと、そんな目で見てたの……?」


「見てない」


「ごめん、ちょっと離れていい……?」


「見てないって!」


先生に「そこ、静かに」と注意され、俺たちは前を向く。


その瞬間、レナが小さくボソッと言った。


「……そういうところ、ずるい……」


「え? 今なんて?」


「べ、別に。『バカだな』って言っただけ」


いや、絶対違う。

レナは、感情が顔に全部出るタイプだ。


・本当にバカにしてるとき → 眉がちょっと下がる

・照れてるとき → 目が泳ぐ+耳が赤い


今は、完全に後者。


『テクニック40:からかわれたあと、ちょっと距離を取る → 小声でデレる可能性大。

 ※レナは「ずるい」とか「ひどい」とか言いながら、だいたい嬉しそう。』


昼休み。


レナは、仲のいい女子二人と弁当を食べている。


「レナってさ、ほんと真面目だよね〜」


「えっ、そ、そうかな……」


「ノートめっちゃきれいだし。字も可愛いし」


「や、やめてよ……」


レナは、褒められるとすぐ否定する。


「普通だよ……私なんて……」


でも、耳は赤い。


俺は少し離れた席から、それを見てノートに書く。


『自己評価:低い。

 → 褒めるとすぐ否定するけど、実は嬉しい。

 → ここをちゃんと肯定してやると、多分落ちる。』


「ねえねえ、レナ。海斗くんとはどうなの?」


「ぶっ」


レナが味噌汁を吹きかけた。


「な、なにそれ……ど、どうって……」


「だってさ〜、いつも隣で話してるし、机くっついてるし」


「そ、それは……教科書忘れるからで……」


「でもさ、レナ、海斗くんの話するとき、ちょっと声のトーン違うよ?」


「ち、違わない……!」


違うと言いながら、声が裏返っている。


俺は遠くからそれを見て、ノートに追記する。


『友人の前での反応:

 ・俺の話題になると声が高くなる

 ・否定しながら笑ってる

 → これ、もうほぼ落ちてるのでは?』


……いや、油断は禁物だ。

攻略本にも書いてあった。


『「いける」と思ったときが一番危ない』


放課後。


教室には、俺とレナだけが残っていた。


レナは宿題をやっていて、

俺は自分の席で、今日の成果をノートにまとめていた。


『距離詰め → 成功

 褒める → 成功

 名前呼び → 成功

 小声デレ → 解析中

 友人の前での反応 → 好感度高めと推測』


「……なにそれ」


不意に、声が落ちてきた。


顔を上げると、レナが俺の机の横に立っていた。


「今日も……書いてるの?」


「え、あ、いや、その……」


慌ててノートを閉じようとした、その瞬間。


ガタンッ。


肘がノートを弾き飛ばした。


ノートは、机から滑り落ちて、床に落ちる。


レナが反射的に手を伸ばす。


「落ちましたよ、海斗くん……」


そのまま、表紙を見て固まった。


『レナ攻略ノート(実践版)』


レナ「………………え?」


俺「………………あ」


空気が、凍った。


レナは、ゆっくりと表紙に指を滑らせた。


「……レナ……こうりゃく……」


小さく読み上げる。


「……これ……私の……?」


「…………」


言い訳が、一つも浮かばない。


レナは、震える手でページを開いた。


一ページ目。


『テクニック1:隣の席になったら、まずは挨拶から』


『隣の席になった日。

 レナが小さな声で「よろしくお願いします」って言った。

 手が少し震えてて、でもちゃんと目を見てくれた。

 可愛すぎて、まともに返事できなかった。

 → 挨拶、成功(俺は失敗)』


レナの肩が、ぴくっと揺れた。


二ページ目。


『レナのプロフィールメモ』


『・真面目

 ・優しい

 ・自分を低く見がち

 ・笑うと肩が揺れる

 ・褒めると耳が赤くなる

 ・「普通だよ」と言いながら、ちょっと嬉しそう

 → 全部好き』


レナの耳が、今まさに赤くなっている。


三ページ目。


『テクニック7:距離を20cm縮めろ』


『机をそっと寄せたら、レナが固まった。

 ペンを落とした。

「ち、近い……」って小さな声で言った。

 → 効果が強すぎる。要調整。』


レナは、ページをめくる手を止めた。


「……これ……全部……」


「…………」


「……私のこと……?」


「……うん」


ようやく、声が出た。


「レナを……落としたくて……

 どうしたらいいか分かんなくて……

 攻略本、読んで……

 それをレナ用に書き直して……

 毎日、実践してた」


自分で言ってて、死ぬほど恥ずかしい。


レナはノートを胸に抱えたまま、

視線を落とした。


夕日のオレンジが、ページの文字を照らす。


「……気づいてたよ」


小さな声が落ちた。


「え?」


「……海斗くんが……なんか……

 ぐいぐい来てるの……

 ずっと……気づいてたよ……」


「マジで?」


「机……急に寄ってきたし……

 急に褒めてくるし……

 目……合わせてくるし……

 全部……不自然だったもん……」


刺さる。


「で、でも……」


レナは、ぎゅっとノートを抱きしめた。


「……嫌じゃなかった……」


「……え?」


「……むしろ……その……

 嬉しかった……です……」


最後だけ、ちょっと丁寧になる。


心臓が、変な音を立てた。


レナは、ノートをもう一度開いた。


ページの端には、俺のメモがびっしり書いてある。


『レナは自分の可愛さに気づいてない』

『笑うと肩が揺れるのが反則』

『小声で何か言ったあと、絶対ニヤける』

『友達の前で俺の話をするとき、声が高くなる』

『全部、攻略とかじゃなくて、ただ好きなだけな気がしてきた』


レナは、その一文のところで指を止めた。


「……これ」


「……あ」


「『攻略とかじゃなくて、ただ好きなだけな気がしてきた』」


声に出して読まれると、穴があったら入りたい。


「……それは……」


「……ただ好き、ってこと?」


レナが、まっすぐ俺を見る。


逃げ場がない。


「……うん」


もう、誤魔化せなかった。


「最初は……テクニックとか、本気で信じてたけど……

 レナの反応見てるうちに……

 なんかもう……

 “好きだから見てるだけ”になってきて……」


言葉が勝手に出てくる。


「ノートも……攻略ノートっていうより……

 レナが可愛かった記録、みたいになって……」


レナは、ページをそっと閉じた。


「……ねえ、海斗くん」


「……なに」


「……最後のページ、空いてるよね」


ノートの一番後ろ。

真っ白なページ。


「……うん」


「……そこに……一個だけ……

 私が書いてもいい?」


「え?」


レナはペンを取って、

最後のページを開いた。


カリ、カリ、と小さな音が教室に響く。


書き終えると、ノートを俺に返した。


「……見てもいい?」


「……どうぞ」


最後のページには、たった一行だけ。


『テクニック101:

 レナは、海斗くんに弱い。』


心臓が、また変な音を立てた。


「……それ……」


「……攻略本には、載ってなかったでしょ」


レナは、少しだけ笑った。


耳は真っ赤で、目はうるんでいて、

でもちゃんと俺を見ている。


「……だから……私が書いた……

 “レナ専用の、最後のテクニック”」


俺はノートを閉じた。


「……これ、もう攻略ノートじゃないな」


「……うん」


「……レナとの、恋愛記録にしてもいい?」


レナの指が、ノートの端をぎゅっとつまむ。


「……はい……」


その返事が、

今までで一番、可愛かった。

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