序:予感
「初めまして。君が渚さんだね?」
「…はい」
…なんでこんなに緊張するんだ……
「……そんなに緊張しなくてもいいよ。僕、これでも結構腕はいい方だから。」
「……本当か?」
「本当だよ。」
なんかこわい
…ブエルさんから話は聞いてた。ウァサゴさんが拾ってきた子、どうも記憶が無いらしいけど…にしては随分流暢だ。…うちのマロンを見てるみたい。獣医さんの所に初めて連れて行ったとき…こんな感じで縮こまってたな……魔力取り込んだせいで小型犬だったのに大型犬ぐらいに大きくなっちゃって……
「…亮さん?」
「…ああ失礼。…改めまして、僕は天道 亮。ここの医院長をしてるんだ。…まあ、魔術での治療ばかりでそれ以外はあんまりやらないんだけど、一応ちゃんとした外科内科の免許は持ってるよ。」
「………そうか」
「…じゃ、診察を初めてもいいかな?」
こくり、と頷いた。本当、うちの子にそっくりだ。
「【太陽の導き】」
眼に淡い光が灯る。
まずは臓器系………………臓器系に問題は無さそうだ。次は…というかこっちが本命か。魔力回路は……問題無し、魔力の流れも滞り無い。人と違いそうなのは魔力の量が多いぐらいかな?………大して人と変わらないな…なら、なんで飲まず食わずで居られたんだ?…バルバトスさんが、【セトラ】の魔力回路を重点的に調べてくれって言ってたな………………
なんだこれ、今渚さんは魔術を行使してないはず……なのに、魔力が流れて…魔術が発動してる?…常時発動型の魔術……事例は聞いた事あるけど、初めて見る。……なんの効果だ、何がどう作用してる?
…なるほど。これは………
「…大体解った。」
「……随分と早かったな」
時計を見てみると五分も経ってないらしい。いつもの事か。
「渚さん。あなたの身体異常の原因は……」
診察室を出たら、ブエルとウァサゴが待っていた。
「どうだった?」
「【セトラ】が常時発動型だったそうだ。だが、効果はわからなかったらしい。」
「常時発動型…聞いたことはあるけど、本当にあるんだ。」
「…つまり、効果不明の魔術にずっと魔力を食われてる訳か?よくそれで魔力切れにならないな。」
「彼曰く、私の魔力保有量はかなり多いらしい。」
「…魔力切れで倒れたりしないなら、いいんだけど…」
病院を出て、暫く歩く事にした。二人は一足先に宿へ、バルバトスはかなり前に宿に行ったらしい。
……少し先、やけに人が多いな?何か、演説の様な声も聞こえる。
「――ついに!我らは全知全能なる神の元へ召される時が来たのです!月が満ちる時!この地に大天使を従え、神が降臨するであろう!」
「さあ、あなたも!あなたも!神の御前で跪き、救済の時を―――」
?…何かで耳が塞がれた。
「聞くな。耳が腐る。」
…ウァサゴ?先に行ったはずじゃ?
「行くぞ。」
少し強引に手を引かれ、人込みを離れた。
「何で戻ってきたんだ?」
「…嫌な空気がした、それだけだ。」
…何か、あるな?
「…昔の……因縁みたいな物だ。今のウァサゴには、関係無い。」
「話したくない事なんだな?」
「…まあ、な。これ以上深掘りするなら殴るぞ。」
…暗い表情をしていたが、少し戻った。多分、彼の中で既に折り合いのついた事柄なんだろう。
「なら、ここまでにしておこう。…ただ、あいつらが何なのかは教えてくれないか?」
「――神仰宗。神と天使を崇める、馬鹿共だ。」
宗教か…
「…面倒な因縁だな。」
「全くだ。」
宿についた。以外にも私達以外の客はいないようで、かなり静かだ。
「おかえりー……ウァサゴ、急に血相変えて走ってったけど、大丈夫?」
「…心配するな……バルバトス、少しいいか?」
ウァサゴとバルバトスが席を外した。…何か相談事か?
「渚ちゃん、何かあった?」
「…危うく耳が腐るところだった。…冗談だ。」
冗談だから治癒魔術を構えないでくれ。
「で?何の用だ?」
「神仰宗がいた、予言をほざいてた。」
「…予言、か。なんと言っていた?」
「次の満月に神、最低でも大天使をここに嗾ける。」
「五日後か……妄言、とも取れるが、アイツ等の予言、やけに現実になるんだよな…」
「ま、信憑性五割ってとこだが、十分高い。」
「ファディカの大隊長なら相手できるんじゃねえのか?」
「アウトサイダーやインサイダーは対応がどうしても後手になるからな…なんなら、インサイダーじゃ負けかねん。」
「それに…どうも、嫌な予感がな。」
「お前さんの予感、結構精度良いからな…体感八割じゃねえか?」
「毎度毎度、嫌な予感ばかり当たる…この辺りで一度、外れてくれると良いんだが。」
…念のため、準備ぐらいはしておくか。
…さて、今日も今日とて練習だ。
昨日は、刀…のような物を作るぐらいはできた。今日は…もう少し、生成を早くしてみようか。
「【構築光】」
…昨日と同じ、鉄の木刀ができた。切断こそできないが、武器としては悪くない。だが…生成完了まで三秒……これじゃあ、【星座に手を伸ばす】と変わらない。もっと早く…
…だめだ。これ以上早くすると強度も形も崩れる。…これ以上の高速化は無理か…?…いや、もう少しやりようがあるはず…
…気づけば、私の周りに大量の出来損ないが散らばっていた。…なかなか、上手くいかないな。
「眠くないからって、一晩中魔術の練習してたの!?」
朝餉を食べながら、ブエルに魔術の事を相談してみた。何か、ヒントになりそうな事があったりしないだろうか?
「うーん…光系統は【結界光】以外碌に研究が進んでないんだよね」
「…まあ、理由はわかる。」
「すっごく扱い辛いのよ。特に【構築光】、これの生成結構魔力食うし、強度も微妙だし…」
「…魔力、大量に使うのか?これ」
「うん。強度と面積に比例して魔力の消費量が上がるんだけど…まさか、鉄並みにしてないでしょうね?」
「…刀でも作ろうかと思って……」
鳩が豆鉄砲を食らったような顔になってしまった。
「体調不良とか無い?めまいとか、ふらつきとか。」
「特に無いが…」
「…ならいいや。練習ばっかじゃ飽きるでしょ!ウァサゴに模擬戦付き合ってもらったら?」
「頼まれてくれるか?」
「…悪いが、今日は用がある。バルバトスに頼め。」
「というわけだ。頼まれてくれるか?」
「まあいいが…手加減はできんぞ?」
「構わないさ。こちらも手加減はしない。」
そもそも手加減していたら勝てないだろうし。