煤を払う
刀を鞘に戻す。…そういえば、何故この鞘は切れないんだ?案外、闇に侵食されてたりするんだろうか。
それなら、今の今まで握っていた私にも侵食が来てたり……
した。握っていた右の掌に、煤のような物が付いていた。幸い、すぐに消えたが……魔力が吸われた感覚はない、大天使の闇…というより、ただの紋様に近いな。……刀の名前、これでいいか。
「今日からお前は――"煤"だ。」
話しかけても何か変わるか?とは思うが、名づけをするのに無言というのも何だしな。
さて、もう一つ今の内に試しておきたいことがある。
煤の能力が"切断"だというのなら、もしかすると……ソーゲムの霧も切れるんじゃないのか?
「…もしできても、ブエルには何も言わないし、ウァサゴとバルバトスにも伝えない。」
もしこれが知れたら、ブエルが何をしでかすかなんてわかったもんじゃないし、ウァサゴとバルバトスに伝えても面倒な事になるのはまず間違いないだろう。別にソーゲムに入ってもいいが……今のブエルをソーゲムに入れるのは危険な気がするし、誰に伝えても漏れる気がする。
できれば、斬れないで欲しい。正直、今試す必要はないとは思う。でも、煤の存在が知れたら、どの道この検証をする事にはなる。なら、今のうちに試して、切れるかどうかだけ知る。
切れないならそれはそれでいい。切れるなら……極力使わないようにしよう。
転移して、霧の前へ。…刀を構え、霧を断ち切る。
霧は、まるで物体であるかのように振る舞い、一瞬……僅かな時間ではあったが、断ち切れた。断ち切られてしまった。……断ち切ってしまった。
分かれた霧の狭間から、街が見える。暗く、憂鬱としていて…人気がない。一瞬しか見れなかったが、二度見たいと思えるような場所でもない。
「…はぁぁ………」
地面に座り、両手で顔を覆う。
……やらなきゃよかった。だが、何れ試す事にはなるのはほぼ確定事項だ。なら早いうちに、これを知っているのが私だけの時にやれてよかったと、そう思うしかない。
バルバトスやブエルはいい。問題はウァサゴだ。…何とかして忘れるか、何が何でも思考に出さないで過ごすしかない。できるか?そんな芸当。
…やるしかないだろ。自分でやった事なんだ、自分で責を取らないでどうする。いつかやるとはいえ、実際は自分勝手な興味本位だ。…今のブエルじゃ、ここに来るのは無理だ。多分、消えない傷が増えるだけで終わる。…いつか、彼女がここに来れる日が来たら…その時に、これを話して、一緒に行こう。
…さて、当面は煤が使えなくなった訳だが……流石に、大天使と戦うときは使うか。というか、対人戦だと多分加減ができない。
恐らく煤の「切断」(仮)は、物体かどうかを無視して切れる…と考えていいだろう。そんな物を人に向けるような状況は無いし、道理も無い。
……今日は何だか疲れた。もう寝よう。
次の日…というか今日だが、特に何事も知られる事無く、次の目的地であるヘイヴンへ向かう事になった。ソーゲムから離れていくにつれ、徐々にブエルの精神状態も元に戻ってきた。…例の魔術の影響なのだろう。
悪夢、か。何も知らぬ私がそれを食らったら、一体何が見えるんだろうか。もしかして、前の私の記憶を取り戻せたり?…まあ、ブエルの話から推測するに、完全な無からも悪夢を生成できるようだし…そう上手くは行かないだろうな。
そして…
「やっと着いたぁ!」
「流石に、二日も碌に動かないとちと鈍るな…」
「じゃあ渚の相手してやれ。前に負けてからリベンジに燃えてる。」
「ほう?じゃあ、今度またやるかい?」
「次は負けない。」
ヘイヴン…他の都市と同じで、外からは何も見えないが…に着いた。
……?
「確かこの辺なんだけど……」
数分程辺りを探っても、一向に昇降機が見つからない。
「まだ隠蔽されてる…のかな?」
「何故だ?」
「異常事態…とかだろうなぁ。」
「だったら、私が先に都市に入って、様子を見て来ようか。」
「いい案だとは思うが…」
…なんだか、嫌な気配がする。
「…ま、無茶はするなぁよ?」
「気を付けてね!」
都市内部に狙いを定めて……
「【星海を越えて】!」
突き抜ける。