始:刺す闇、後を引く光
鏡が割れた。……やっぱり、鏡の枠も破壊しないとか?もう一度刀を取り出―――なんだ?
『Error: Invert Failed』
…鏡の枠から、何か黒い…液体?が漏れ出し始めた。同時に、大天使の上にある輪が、光を失い…黒く変化していく。
『Inversion complete: 【Light】 into 【Dark】』
大天使が何かを言っているが、聞き取れない。…それよりまずいのはこの黒い液体だ。…地面に落ちる度、周囲の地表が闇に染まっていく。…止めないとか?
……!
どこからともなく、光と同じ挙動をする…闇が現れた。不意を突かれ……僅かながら、頬を掠めてしまった。痛みは無い…が、凄く不快な感じがする。しかもじわじわと侵食している?…顔に食らったのはまずったな。
「…この浸食、お前を倒せば止まるか?」
返事はない。…さっきまで少し喋ってただろ。…さっきの闇はどこから飛んで来…いや、わかった。この侵食された闇からか。…となると、私の侵食箇所からも飛ばせるのか……急ごう。
「あ」
ちょうど頬から闇が発射された。…こっちも曲がるのか。しかも曲線を描いて。…一応、光と違って弾けるな。相当な数が来なければ捌けそうだ。
――そもそも、どこを攻撃すればいいんだ?あの輪か?…転移して斬りかかる………だめだ、実体が無い。なら、鏡の縁…今現在、闇を吐き出し続けている元凶を叩くか。
剣を刺す…剣が砕けた。相当な強度だなこれ。…闇が私のほうにしか来ない以上、兎に角攻撃し続けるのは得策だろう。【五つの星】を全て縁に向ける。 その間私は……逃げ続けるか。
とは言え、どんどん闇の侵食範囲は広がっていく。つまり、攻撃が飛んでくる範囲も増え続ける訳で…!
「【星海を越えて】っ!!」
おまけに延々と追尾してくる。結果、じわじわと八方塞がりになりつつある。転移で逃げても、また四方八方を囲まれ……互いに防御手段が乏しいせいで、お互い一方的に攻撃し続けるばかりだ。既に浸食されている以上、持久戦に持ち込まれると、私のほうが不利だな。現に顔の侵食が広がり続けている。じきに全身に回るな……大方五分程度か?被弾すればさらに縮まるだろうな。
既に射出できる最高速度で剣を撃ち続けているんだが……一向に壊れる気配がない。……積んだか?これ。
…まずい、侵食が目に来た。……視界の右半分が黒く染まった。本当にまずい。
「…どうする?」
私の攻撃は一発当たりの火力はかなり低い。手数で誤魔化しているだけだ。…もっと強い攻撃で削りきらないと……なのに、これ以上手数は出せないし、これ以上強い攻撃もできない。…どうしようか。
……?ブエルか?気配のしたほうへ転移する。
「…ブエル。」
「渚ちゃん!その顔……大丈夫!?」
「私はいい。大天使を倒す手伝いをしてくれ。」
「…わかった、何したらいい?」
「出せる最大火力で大天使を叩いてくれ。私はブエルの準備が終わるまで時間を稼ぐ。」
「目安は……二分ぐらい。行ける?」
「任せろ」
渡りに船だ。
…渚ちゃん、本当に大丈夫かな…顔とか腕とかがそこらの地面みたいに黒ずんでたし……今気にしても仕方ない。頼まれた事を果たそう。
――魔力回路全開放、魔法陣展開。紅色の血管が僅かに光を放つ。もしも外したら……そんな事にはならない!集中集中!
「――【火、現世を焼き払う】」
「――【Ignis, mundum praesentem comburit】」
私の声が、二重に聞こえる。この感じはあまり好きじゃないけど……しょうがない。
「【炎、常世を焼き払う】」
「【Flamma, aeternitatem comburit】」
魔法陣が紅く光る。炎というより、血みたいな色。気に食わない。
「【焔、虚無を焼き払う】」
「【Ardor, nihilum comburit】」
渚ちゃん、引き付けるのは頼むよ……
ブエルの方から、何か…魔力の高まり?を感じる。最大火力の準備をしているのだろう。…なら、私も応えるまでだ。闇の侵食は止まらないが……このまま踊り続ける程度、訳もない。
「どうした?そんな調子じゃ、いつまでたっても私を倒せないぞ?」
…反応無し。さっきまで少しは反応があったのに。……右手の感覚が無くなってきた。闇に覆われだしたからか?持っていた刀を左手に持ち替える。…飛ぶだけなら手は要らない。まだまだ舞えるさ。
「【この手は…火】」
「【Haec manus est …ignis】」
…ここら辺、魔力ごっそり持ってかれるからしんどいんだよね…出し惜しみは無し!持ってけ持ってけ!
「【この身は…炎】」
「【Hoc corpus est …flamma】」
……詠唱の内容とは違って、体が冷えてきてる。魔力が無くなってきてるからか。
「…【我が魂は…焔】」
「…【Anima mea est …ardor】」
目の前に、火球が出てきた。…でも、寒い。熱はあるはずなのに。
「【我が身を薪とし…神より火花を頂戴する】」
「【Me ipsum velut ligna offero… et a Deo scintillam accipio】」
…まだ、耐えて。
…闇の数が増している?……ああ、侵食が広がりすぎてるんだ。もう片手じゃ捌ききれなくなってきた。……既に何発か食らったな。もう少しだ、もう少し耐えよう…持ち堪えてくれよ、私。
「【なれば、この焔は神火なり】」
「【Ergo, hic ardor est ignis divinus】」
……あと少し、あと少し。渚ちゃん、もう少しだけ頑張って。私、もう少しだけ頑張って。
「【何者も阻むことなかれ】!」
「【Nihil eum prohibeat】!」
………魔法陣の光が強まってきた。…一応、詠唱は終わったけど……まだ足りない。
「――【祝福】をもって【厄災】を齎そう】!」
「――【Benedictione calamitatem afferam】!」
残ってた魔力が……全部持ってかれた。まだ、倒れないで。あと少しだけでいいから。
…ブエルの魔力が…消えた?いや違う、ブエルの体から消えただけか。ブエルの目の前にある、巨大な炎。あれだな?最大火力は。…大天使は、ブエルの方に攻撃をしない。何故かは知らないが…助かった。
…大天使をブエルの方へ誘導する。…後は頼むぞ、ブエル。
……渚ちゃんが、大天使をこっちに向けた。…これで、当てられる。
「――――【燎原を燃やす焔】!!」
………巨大な、火球は、大天使へ、飛んでった……けど、意識…が……
炎が、大天使へと飛んで行って……直撃した。それと同時に爆発が……これまずい
【星海を越えて】でブエルの元へ…気絶している?……とにかく、ここから逃がす。【五つの星】でまた担架を作って、安全圏まで逃がす。
…爆風が来た。私は建物の影に隠れたお陰で、さほど熱を感じない。…硝子が飛び散るかと思っていたが、その前にここら一帯の硝子は割れ切っていたようだ。
爆風が止んだ……止めを刺さないと。
…凄まじい熱気が辺りを包む。大天使の残骸は………まだ残っているか。刀を強く握る。…消えていない以上、まだ死んでいないのだろう。……止めだ。
焼け焦げた鏡の縁に、刀を突き刺す。
!突き刺した場所から…闇が……まずい、呑まれ……