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香り、金属、そして悲鳴

朝の最初の陽射しが差し込み、エステルは目を覚ました。


ゆっくりと体を起こし、服についた葉を払い落とす。

思ったよりも深く眠っていたようだった。


葉でできた寝袋はまだ自然と同化しており、さながら森の一部のようだった。

その上に、一羽の鳥が一瞬だけ止まっていたほどだ。


「……おはよう、羽っこ」


頭を掻きながら、エステルは寝袋を丁寧に畳み、木の裏に隠した。

誰にも見られないように、そっと。


そして、ギルドへと向かって歩き出す。


今日も新しい依頼が待っていた。


受注依頼

依頼種別: 討伐

ランク: F

目的: リリアの森西側に出没するゴブリン3体の討伐

報酬: 銅貨6枚 + 任意でゴブリンの魔核(報酬対象)


森の空気は清々しかった。

湿気が漂い、古い葉の香りが足元から立ち上る。


エステルは急がなかった。

任務は簡単だと高をくくっていた。


空を見上げ、木漏れ日を楽しみながら、深く息を吸う。


「ん〜……自然の香りってほんと気持ちいいなあああああああああああああああああ――」


その声は次第に空へと消えていった。


ズシャッ!


足元の柔らかい草地を踏み抜き、身体ごと転げ落ちる。


「うぐっ、尻が……なんだよこれ!?罠か!?」


地面は湿っており、背中も泥だらけだった。

差し込む陽射しはほとんどなく、周囲は薄暗い。


しかし――そこに、青白く光る金属の欠片があった。


「……なんだ、あれ?」


エステルは錆びた短剣を取り出し、慎重に掘り始めた。


「よしよし……そこだ……!」


だが、岩は硬く、なかなか抜けない。


「うぉおおっ――」


ガキィン!


短剣が折れた。


「マジかよ……」


だが、掘り起こされたのは、約30センチほどの青白い金属片。

その重さは、ちょうど大きめの果物か、湿った石ほど。


袋もなく、道具もない。


彼は仕方なく、それを両手で抱えるように持った。


その瞬間――本能が動いた。


ユニークスキル《裁縫(EX)》発動。


統合済みの《鑑定》が視界に情報を映し出す。


アイテム鑑定結果

名称: ミスリルの原石

重量(推定): 約2キログラム

純度: 100%

レア度: 高

説明:


数千年もの間、魔力に晒された鉄や鋼が進化した結果、生まれる希少な金属。

高い魔力伝導性を持つが、硬度は通常の鋼にやや劣る。

魔法装備や道具の強化素材として最適。

他の金属との融合が可能だが、後に分離を試みると一部の素材が失われる可能性あり。


「……やば、これ超レアじゃん」


手に持ったまま、這い上がるように地表へ戻る。


全身泥と草にまみれた姿は、まるで土精霊でも憑依したようだった。


「……うわ、ミッションのこと忘れてた」


彼は折れた短剣を見た。


「……戦えるわけないだろ、これじゃあ」


そのとき――


森の奥から、悲鳴が響いた。


甲高く、幼い。

切羽詰まった、助けを求める声。


「――助けてぇえええ!」


エステルは即座に振り返る。


そこには9歳くらいの少女が走っていた。

涙を流し、ボロボロの服で、素足のまま。


その後ろには、二体のゴブリン。


きゃっきゃと嬉々とした声で、彼女を追っていた。


エステルは考える間もなかった。


「おい、緑のクソども!こっち見ろ!!」


体当たり。


エステルは全力でゴブリンたちに突っ込んだ。

体格差もあり、二体とも弾き飛ばされ、地面を転げ回る。


少女はよろめきながらも、なんとかその場を離れ、森の中へ逃げていった。


一体のゴブリンはまだ起き上がらなかった。

エステルは折れた短剣の残骸を首に突き刺した。


グギャアァ!


一撃で沈黙する。


しかし、もう一体――


左目をつぶったまま、ふらつきながら立ち上がってくる。


手に武器はない。

だが、その爪は汚く、鋭く尖り、感染症すら引き起こしそうだった。


ゴブリンはよろめきながら、顔面を狙って突進する。


「くっ……もう武器なんかないぞ……!」


だが、手にはまだ――あの金属片があった。


ミスリルの塊。


エステルは両手でそれを持ち上げた。


「おらぁああああああああっ!!」


全力で――頭部めがけて、投げつける。


ズチャッ!


まるで腐った果物を潰したような音が響いた。


静寂。


ゴブリンはその場に崩れ落ちた。


彼はしばらく、肩で息をしながら、金属片を見つめた。


傷一つない。


「……剣なんかいらねぇな」

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