落ち葉の毛布の下で
ギルドを出たあと、手のひらにある三枚の銅貨をじっと見つめた。
冷たくて、軽くて……足りない。
自分の努力の結晶だった。
自分の痛みの証でもあった。
けれど、それは運命を変えるにはあまりにも小さすぎた。
運が良ければ、パン屋で白パンの一切れが買えるかもしれない。
あるいは、外縁区の裏通りで売られているような、黒パンのかけら――硬くて、歯が欠けそうなやつ。
もしかしたら、傷んだ果物か、干からびたニンジン一本。
でも、それは「食事」じゃない。
「夕食」でも「明日」でもない。
宿に泊まる余裕はない。
厩舎に行って、藁の隅で眠らせてくださいなんて、そんな勇気すらなかった。
だから、歩いた。
そして――見つけた。
石のベンチ。少し汚れている。
その横には、太くて大きな一本の木。
足元には乾いた落ち葉が広がっていた。
上を見上げると、枝の隙間から星空が顔をのぞかせていた。
空気は冷たい。
まだ凍えるほどではないが、このまま眠れば体の芯から冷えてしまうだろう。
ためらいはなかった。
前の世界で見たホームレスたちの姿が脳裏に浮かんだ。
段ボールやゴミ袋に包まって、少しでも温かさを求めていたあの人たちを。
ならば、俺も――。
落ち葉を集め始めた。
一枚、十枚、百枚……
周囲の視線も、物音も気にせずに、葉をかき集めていく。
やがて、ちいさな山ができた。
そのまま、もぐり込んだ。
温かい。
いや、なにもないよりずっとマシだ。
そのとき――
体の奥で、何かが“カチッ”と鳴った気がした。
「……これって、もしかして使えるかも?」
頭に浮かんだのは、自分のスキルのこと。
口に出さなくても、それだけで反応した。
【ユニークスキル:裁縫(EX)】
→ アクティブモード:「縫製」
→ 『何を縫製しますか?』
葉の山が、うっすらと黄色く輝きはじめた。
手が――勝手に動く。
力ではなく、正確さと繊細さに満ちた動き。
まるで昔から知っていた手順のように、自然と、優しく。
一枚一枚の葉が――
静かに、変化していく。
枯れて死んだだけの落ち葉じゃない。
今はもう、一つの形として編み込まれていた。
毛布?いや、これは……寝袋だ。
葉は崩れず、匂いも悪くない。
緑、黄金、紅――秋の色が、調和して一つになっていた。
そして、頭の中に声が響いた。
【実績達成:「初めての創作品を生成」】
【報酬:アクティブスキル「鑑定」獲得】
【新スキルを統合しますか?
『鑑定』+『裁縫(EX)』 → 統合する/しない】
……え?
何が起きたのか、すぐには理解できなかった。
でも、迷いながらも、俺は**「統合する」**を選んだ。
【統合完了:ユニークスキル「裁縫(EX)」がレベルアップしました】
【一部の操作が簡略化されました】
簡略化……
つまり、これまではまだ全ての力を使えていなかったということか?
そのとき、新たな画面が目の前に現れた。
これはステータスじゃない。
分析ウィンドウだ。
アイテム分析結果
名称:自然の寝袋
レアリティ:コモン(ユニーク)
熟練の職人の手により創られた寝袋。
使用者に微弱なHPとMPの自然回復効果を与える。
自然を感じさせる香りを発し、安眠と心の安らぎを提供する。
長期使用により「快適さ」に関する効果を発揮する。
……言葉が出なかった。
ただの枯葉の山だった。
それが、今は魔法のアイテムになっていた。
剣でもない。
鎧でもない。
女神の加護でもない。
ただの寝袋。
でもそれが、今の俺にとって最高の宝物だった。
そっと身を包み、寝袋の中に潜り込む。
落ち葉のベッドは、もうザラザラしていなかった。
――優しかった。
空を見上げた。
この木が、何も求めずに、俺に影をくれた。
「……ありがとな」
誰かに届くことを願って、そっと呟いた。
そして――目を閉じた。