番外章:教会と帝国の狭間で
【聖女サイド】
場所:神聖王国アルセリス ― 女神ルレヤの最高神殿
大聖堂のステンドグラスから差し込む光は、白い大理石の床に神聖な模様を描いていた。
その中心に、一人の少女が跪き、静かに祈りを捧げている。
彼女の名は――
セラフィナ・ド・ソルミラ。
神に愛された娘。
その髪は、黄金の糸で一房ずつ丁寧に編まれたような美しさ。
肌は桃の皮のように柔らかく、絹のような質感を持つ。
そして瞳――一つは燃えるような紅蓮、もう一つは宝石のように輝く桃色。
見る者すべてに「聖」の意味を思い起こさせる容姿だった。
その祈りの最中、彼女は気配を感じて目を見開いた。
「……来た」
神の声ではなかった。
しかし、それは確かに上位存在の加護だった。
セラフィナはすぐに立ち上がり、長老神官に駆け寄る。
「神父様……!女神様の加護が誰かに降りました!
これは…伝説の英雄たちが授かったとされる“恩寵”です!」
「なっ……!」
「予言は無く、戦の気配もない…なのに、なぜ今…?」
セラフィナは胸に手を当て、静かに言葉を続けた。
「――それを知るために、探さねばなりません。
“光に選ばれし子”を。」
そして堂内に響き渡る声で命じた。
「全ての教区へ通達を!
大陸中の神官たちよ、祈り、そして探しなさい――
女神に愛されたその者を!」
「糸があるところに、運命の縫い目もあるのです。」
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【皇帝サイド】
場所:ルーラック帝国・皇都サンスパイア ― 「太陽の塔」 王宮
漆黒の玉座が鎮座する謁見の間に、蒼い魔灯が静かに灯っていた。
その場に跪くのは、帝国の上級貴族たち。
その中心に立つ一人の男。
――カエルス四世。
ルーラック帝国の皇帝。
無駄肉の一切ない、鍛え抜かれた体躯。
髪は白金色で自然に波打ち、短すぎず、長すぎず。
その蒼海のような瞳は、鋭く鋭利。
千の戦場を超えた老獪さと、千の策略を読む冷静さを宿していた。
「――報告を」
その一言だけで、空気が張り詰めた。
魔術省の大臣が一歩前へ。
「陛下、能力覚醒の儀式中、前代未聞の光が観測されました」
「……神の介入か?」
「いいえ、直接の顕現ではありませんが…伝承に残る“英雄の選定”に似た反応です。
教会の記録では、過去に例を見ない規模の“光”とのことです」
「対象の名前は?」
「……存在しません。
記録が削除され、追放された者とのことです。
貴族階級の子息らしいのですが――」
「……なるほど、捨てられた宝石か」
「……そして、授かったスキルは『裁縫』との報告です」
貴族の一部がくすりと笑う。
しかし、大臣は続けた。
「ですが、その能力は――SSRを超える可能性があるとも言われております。
詳細は不明、現段階では判定不能です」
カエルスは静かに立ち上がり、玉座から降りる。
「――調査は継続せよ。
だが……まだ動くな。
役に立つかどうかは、“縫い目”が証明するだろう。」
その時、別の貴族が急ぎ前へ。
「陛下、もう一件ご報告を。
東部の貴族家の後継者の一人が『聖剣の使い手』のスキルを覚醒したとのことです」
沈黙。
カエルスは微かに口元を緩めた。
「……名は?」
「ございます。
ですが、その人物には資金横領・違法取引・闇市場との繋がりの噂も…」
「――ふむ。
ならば、我が騎士団へ招待状を送れ。
手綱の締め方は、こちらで教えてやるさ」
皇帝は窓の外を見た。
夜が始まった。
だが、運命の糸は既に縫われ始めていた。
「英雄は静かに生まれ、
名もなき光が、やがて帝国を揺るがす――」