金、約束…そして日差しの下の秘密
また広場を歩いていた。まただ。
なぜか脳がぐるぐる回っているような感覚だった。
右へ、左へ、右へ、左へ…
だが、イレーネもカラナも気にしていないようだった。二人にとってはこれが日常。
でも、俺にとっては違った。
これは――自由だった。
もはや貴族としての義務も、見せかけの礼儀も、陶器のような笑顔も必要ない。
政略結婚の約束もない。
誰かの姓と虚しい心に縛られることもない。
今の俺は、片手で俺を持ち上げるほど力強いドワーフの女と婚約している。
しかも、悪くない気分だった。……本当に。
以前訪れた布屋に戻った。あの謎めいた笑顔の老婆。
俺たちは言葉すら交わさず、彼女はすぐ裏へ引っ込んだ。
金属、ガラス、箱、布のぶつかる音が聞こえてくる。
そして戻ってきた彼女は、肩の埃を払いながら、モンスターでも倒したような顔で布を並べた。
ファウナの娘たちの毛で織られた布の束の中に、ひときわ目立つ一枚があった。
雪のように白く、逆光で虹色の光が浮かび上がる――美しかった。
「うふふふ…あの手袋、奥さんがしているのよね? あの光…あなたがうちの布で作ったのでしょう?」
「どうやってあんな色にしたのかは分からないけど…まあ、魔法って不思議ね」
奥さん、だと?
否定はしなかった。カラナがすぐそばにいたし、あの腕の一撃は呪いよりも危険かもしれない。
それより…どうして俺がこの布を使ったことが分かったんだ?
怖すぎるだろ。
「それで…この布は何なんだ?」
まるで禁じられたお菓子を見つけた子供のように指を差した。
「あぁ、それね。『タランドロ』っていう魔獣の毛よ。捕まえるのは難しいけど、その毛で作った布は周囲に溶け込む特性を持ってるの。使い方次第ではかなり便利。でも…バカな貴族たちは価値に気づかないわね」
「この布全部と残ってるファウナ布も付けて……金貨3枚でどう?」
高い?かもしれない。
でも、今の俺には金がある!
金が幸せをくれないなら、それは金が足りないだけだ!
俺はニヤリと笑いながら金貨を置いた。
それは祈りに似た儀式だった。
「また来なさいね、坊や~」
俺はイレーネの頭をくしゃくしゃに撫でた。彼女は嬉しそうに笑う。
カラナにも同じことをしようとしたが、その冷たい視線に心を砕かれた。
……撫でなくてよかった。
空は澄んでいた。それだけでよかった。
街の外れ、別の都市へと旅するための馬車を探す。
海へ、魔法の塔へ、氷の大地へ――
どこでもいい。ただ、イレーネを救える場所へ行きたかった。
「カラナ、ちょっと話してもいいか?」
俺の真剣な顔を見て、彼女は頷いた。
近くのベンチに座る。
イレーネは俺の膝に座り、アルテミサと遊んでいた。
俺は彼女の耳を優しく塞いだ。聞かせたくないことだった。
「カラナ…俺とイレーネは血縁じゃない。でも、彼女は…俺にとって家族なんだ」
「評価のスキルで分かった。彼女には呪いがかかってる。黒く濁った魔力が彼女の命を少しずつ蝕んでる」
「そして…直感で分かる。たぶん、15歳までしか生きられない。あと6年だ」
苦笑した。
その場をなんとか笑いで誤魔化したかった。
「俺は強くない。答えも道も見えない。ただ、彼女を守りたいだけなんだ」
カラナは何も言わず、俺の背中に手を置いて数回叩いた。
肺が震えた。慰めのはずだったが、戦場の鼓舞にも聞こえた。
「呪いってのはな、魔力のゴミだ。邪悪な魔術師や呪われた道具、それに……もっとヤバい奴ら」
「『悪魔』だよ。あの異世界からやってくる感情の塊。憎しみや恐怖を具現化した存在」
一拍置いて、彼女はさらに眉をひそめた。
「でもな…あの耳長ども。エルフども。あいつらなら、なんか知ってるはず。ムカつくけどな」
エルフに対する嫌悪感は、本物のようだった。
「行こう、私もついてく」
彼女のその言葉に、俺は笑った。
額にそっとキスをした。
「ありがとう、カラナ」
馬車の運転手に聞く。
「エルフの王国まで。いくらだ?」
「金貨5枚だ。1人につき2枚。荷物で1枚」
高い、高すぎる! ぼったくりか!?
けど…選択肢はなかった。
「……これでいいだろ」
支払い、乗り込む。
俺は真ん中に座り、両腕でイレーネとカラナを抱き寄せた。
「ぬああ…俺の金ぃ…癒やしが欲しい……」
……だが、俺たちは3人じゃなかった。
背後の座席から、視線が刺さる。
俺じゃない。
アルテミサだった。
あの小さな、でも完璧な人形。
魔法で動く、唯一無二の存在。
――もしかすると、将来のトラブルの火種かもしれない。




