見知らぬ天井の下で
暗闇……静寂……
そして、胸の上に感じる温かい重み。
ゆっくりと目を開けた。
最初に目に入ったのは、木造の天井だった。少し古びてはいるが、しっかりとした梁があり、窓から差し込む朝日が黄金色の筋となって差し込んでいた。
空気は……少し変わった匂いがした。
血でも汗でも火薬でもない――
それに慣れすぎていたせいか、逆に落ち着かない。
(薬草……? ここは一体……?)
感覚がゆっくりと戻ってくる。
体は柔らかなベッドの上に横たわっていて、久しぶりに感じる心地よさだった。
そして、誰かが――いや、何かがしがみついていた。
「イレーネ……」
少女はぐっすりと眠っていた。
まるで、世界で最も安全な場所にいるかのように、静かで穏やかな表情を浮かべていた。
その瞬間、ふと思った。
(……コアラみたいだな)
思わず、小さく笑った。
そして、そっと彼女の髪を撫でる。
しばらく何も考えず、ただ呼吸を整える。
そのとき、ふと気づいた。
ベッドの横の小さなテーブルに、ガラス瓶が二つ置かれていた。
ポーション……だろうか?
だが、見慣れた色ではなかった。
一つはくすんだ緑色、もう一つは薄く輝く紫色をしていた。
(回復薬か? ……それとも何か他の効果が?)
起き上がって確認する気力もなかった。
いや、正直なところ……今は何も考えたくなかった。
ただ、静かなこの瞬間を大切にしたかった。
胸の上にいるイレーネを、小さな枕のように抱きしめたまま。
(生きている……それで十分だ)
そんなとき、脳内に機械的な声が響いた。
《レベルアップしました!》
《新しいスキルを獲得:テイム(Domar)》
(テイム……って、何を? スライム? 更生したゴブリンか?)
つい、いつもの癖で呟いた。
「ステータス表示……」
だが、結果を確認するより早く、部屋のドアがギィィ……と音を立てて開いた。
「おお〜、ようやく起きたか、寝坊助さんよ」
ギルドマスターが書類の束を抱えて姿を現した。
疲れた表情ではあったが、どこか愉快そうな笑みは健在だった。
ただ彼を見つめ……あくびをひとつ。
「立ち上がらなくていい。息をしてるのを確認に来ただけさ。ゴブリンロードを倒してくれて感謝してるよ。
怪我人は多かったが……死人は出なかった。奇跡的だな」
(奇跡……? 違う。あれは、もう「やるしかなかった」だけだ)
返事はせず、再び天井に目を向けた。
「好きなだけ休んでくれ。ただし……あまりのんびりはできんぞ。君に興味を持ってる連中が、けっこういるんでな」
そう言い残し、ギルドマスターは部屋を出て行った。
そして、再び静けさが戻った。
イレーネに目を向け、腕に力を込めて、そっと抱きしめる。
(まだ、やらなきゃいけないことが……たくさんある)




