ステータス画面と震える刃先
目の前に、画面が浮かんでいた。
紙でも幻でもなく、本当にそこにあった。
半透明の長方形。白い文字が淡く光り、まるで空中に描かれた魔法陣の一部のようだった。
触れずとも、意識だけで操作できた。
名前:エステル
レベル:1
クラス:冒険者
称号:追放者 / 転生者(隠)
ユニークスキル:裁縫(EX)
魔法適性:???
HP:110
MP:80
STR(筋力):14
VIT(耐久):13
AGI(敏捷):16
DEX(器用):19
INT(知力):15
LUK(運):???
まるでゲームのステータス画面だった。
だが、これは**俺の“現実”**だ。
恐る恐る、指を画面に向けて動かしてみる。
――反応した。
項目の一つに触れると、補足情報がポップアップのように現れた。
【名前】
→ 本人の正式な名前を表示する。
家系からの追放、破門、法的抹消により改変・消去されることがある。
【レベル】
→ 経験と成長の指標。数値が高いほど能力も上昇し、新たな力が開放される。
【称号】
→ 特定の条件を満たすことで付与される。
・追放者:家系や組織の記録から削除された者。
・転生者(隠):神の介入、または特殊現象により複数の人生を経験している者。
【魔法適性】
→ 使用可能な魔法属性の種類。
ほとんどの人間は一つの属性しか持たず、自覚せずに一生を終える者もいる。
【クラス】
→ 現在の職業分類。訓練、経験、特定イベントによって変化する。
【スキル】
・パッシブスキル:特定の条件を満たすことで自動的に獲得される。
・アクティブスキル:発動に意識と魔力を必要とする。
・ユニークスキル:極めて稀な、固有の力。
⛔ ユニークスキルは、基本的に貴族のみが「大神殿」や「聖職者」による儀式を通じて覚醒できる。
平民がユニークスキルを手に入れる機会は非常に少なく、ほとんどはアクティブやパッシブで一生を終える。
その一文を読んで、胸がざわついた。
「……つまり、貴族じゃなかったら、
俺はこの力を一生知らずに終わってたのか?」
俺は目を伏せた。
知っていながら、それを捨てたあの家。
そのくせ俺を「無能」と決めつけて、切り捨てた。
ふざけんな。
手が震えたが、それを押さえて、
最後に気になる項目へ触れる。
ユニークスキル:裁縫(EX)
→ 持ち主は「あらゆるもの」を切断し、縫合し、寸法を測ることができる。
――は?
思わず三度読み直した。
「あらゆるもの」って何だよ。
人?魔法?空間?
もしかして本当に「何でも」なのか?
いや、考えるのは後だ。
「……とりあえず、クッションでも縫って暮らすか」
苦笑いしながらステータス画面を閉じた。
草を拾い終え、袋にしまったあと、周囲を見回した。
――帰り道、どこだっけ。
少し不安になって足を動かそうとしたその時、
――聞こえた。
木の枝が折れる音。
草を踏む音。
そして……甲高く、耳障りな笑い声。
まるで壊れた人形の鳴き声のような、
獣とも人ともつかない声。
心臓が跳ねた。
俺の手は、反射的に錆びた短剣の柄を握っていた。
怖い。
でも逃げられない。
音のする方向とは逆に、そっと足を引いた。
だが、足音は近づいてくる。
姿を現したのは――
ゴブリン。
2体。
一体は木の棒を適当に削ったような「棍棒」。
もう一体は、布に巻かれた中途半端な石の刃。
目は飛び出し、顔は爬虫類と腐敗死体の中間みたいだった。
――あいつら、俺を見つけた。
後退ろうにも道はない。
喉がカラカラになり、心臓が暴れていた。
でも、体が――勝手に動いた。
剣術の初歩姿勢。
貴族の子供が教わる、基本の構え。
俺も例外じゃなかった。
でも今、手にあるのは剣ではない。
錆びた短剣。
それを逆手に握り直した。
現代日本のナイフ戦闘術。動画で見た、
記憶に刻まれた「もう一つの俺」が囁いた。
構える俺の前で、ゴブリンたちは笑っていた。
でも、俺は一歩も引かない。
戦うしかない。
生き延びるために。