えっ!?金貨!?お風呂の時間!
一枚の硬貨。
それは、光を反射するようにきらめく——
重く、ずっしりとした「金貨」だった。
指先でそっと持ち上げる。
まるで今にも夢から消えてしまいそうな感覚に襲われる。
一枚で銀貨百枚分。
今まで、こんなにも価値のあるものを手にしたことはなかった。
「……すごいな、これ」
呟く声が震えていた。
隣でアイリーンが小首をかしげてこちらを見つめている。意味はわかっていないが、微笑むその顔が愛おしい。
「今日はちょっと、贅沢しようか」
まずは、露店で安価な魔石をいくつかと、少し上質な布を数枚購入。
使ったのは銀貨数枚程度だったが、今後の創作のためにしっかり素材は押さえておいた。
その後——
「さあ、次はお風呂だ。異議は却下!」
アイリーンを軽々と抱き上げる。
彼女は小さく笑い、静かに服を握って身体を預けてきた。
向かったのは、商業区の外れ。
少し静かで、落ち着いた通りにある建物だった。
看板には『暁の湯』と優雅な文字。
建物は清潔で、飾りすぎない落ち着いた雰囲気を持っていた。
受付にいたのは…獣人の女性だった。
その姿に、思わず息をのむ。
彼女の髪は、虎の毛並みのようにしなやかに揺れていた。
動く耳、揺れるしっぽ、澄んだ目。
完璧に整った立ち振る舞い、無駄のない言葉、そして鋭い観察眼。
客としての見下しもなく、ただ静かに私たちを観察していた。
特にアイリーンの着ている「葉っぱのドレス」には、鼻をひくひくと動かして反応していた。
「一日滞在、風呂付き。銀貨四十七枚です」
即答で支払い、案内された部屋は、木の香りが心地よい空間だった。
中には、大きめの木製の湯船。
湯気が立ち上り、花のような香りが空間に広がっていた。
「アイリーン、今日はゆっくりしよう」
彼女は静かにうなずく。
けれど、私からは離れようとしない。
だから、ふたりで入った。
誰にも文句を言われない場所。
初めての「安心」。
インベントリートレンサドから取り出した布の切れ端をスポンジに変え、アイリーンの背中を丁寧に洗っていく。
「ずいぶん汚れてたな」
彼女はくすっと笑った。
お湯のぬくもりが心を解かしていく。
そして——
背中を洗っていたそのとき、
また見てしまった。
彼女の腰、背中の下に刻まれた「呪いの印」。
あの…不吉な五芒星と髑髏のマーク。
手が震えた。
(……呪いの成長封印)
怒りとも悲しみともつかぬ感情がこみ上げる。
それを今、どうにかしたくて——でも、できない。
「くそ…!」
それでも、アイリーンは振り返って、微笑んだ。
その瞳は、片方が桃色の宝石、もう片方が白銀に星のような光をたたえていた。
「……エステル」
その声が、全てを鎮めた。
私は髪をそっと撫でて、もう一度、背中を優しく洗った。
「絶対に助けるよ。約束する」
お湯が流れていく。
汚れ、臭い、疲労…そして過去の痛みすら、流れていくようだった。
髪は本来の色を取り戻し、
肌はまるで熟れた桃のように柔らかくなっていた。
私は彼女を見て、息を呑んだ。
「きれいだよ、アイリーン…」
彼女は何も言わず、私の腕にそっと額を当てた。
湯気が満ちたその空間には、
ただ静かな時間が流れていた。
私はただ、彼女の髪を撫でながら思った。
——今日くらいは、甘えてもいいだろう。




