商人にならないかい?
冒険者ギルドよりも静かな建物、それが商人ギルドだった。小規模ながら、そこには秩序と洗練、そして礼儀の仮面をかぶった緊張感が漂っていた。
エステルはイレーネと手を繋いで建物の中に入った。二人とも衣服はまだ埃まみれで、髪も乱れていたが、その目には確かな意志が宿っていた。
受付に近づくと、見覚えのある若い案内係が二人に声をかけ、少し待つように告げた。
数分も経たずに、誰かが現れた。
しっかりとした姿勢と冷静な顔立ち、そして優雅な所作を持つ女性。
髪は丁寧にまとめられ、金色の瞳はまるで新しく鋳造された金貨のように鋭く輝いていた。ワインレッドを基調とした服には金の糸が織り込まれ、胸元には商人ギルドの紋章が光っていた。
「商人ギルドへようこそ。私はランヴィエ夫人。特別な衣類の販売をご希望と伺いましたが、それで間違いありませんか?」
「はい」とエステルは少し緊張しながら答えた。「自分のスキルで作った服とアクセサリーです」
ランヴィエは無言で両手を差し出し、エステルは商品を机の上に並べた。服3点、アクセサリー3点。
見た目はありふれた端切れを繋げただけのように見えた。だが、どこかただならぬ空気を纏っていた。
ランヴィエは無言のままそれらを手に取った。
(…この少年、嘘をついているようには見えない。でも、これは……他人の目に触れれば世界が揺れるかもしれない。錬金術師でも、エンチャンターでも、魔導士でもない……)
魔力感知や鑑定といったスキルは持っていないが、数十年にわたる商人としての経験が、彼女に真贋を見分ける力を与えていた。
「…ふむ」
ランヴィエはモノクル型の魔道具を手に取った。それを右目に当て、次々と衣類やアクセサリーを調べていく。
淡い光が反応し、魔法効果を示していた。
(確認完了。すべて魔力を帯びた品。希少性あり。効果は安定。腐敗の兆候なし。……この少年、本当に一人で作ったのか?)
ランヴィエはようやく口を開いた。
「ふむ、なかなかの品質だね。どこで手に入れたの? もちろん、答えられるならで構わないけど」
「自分で作りました」
イレーネは誇らしげにエステルの袖を引いた。
その瞬間、ランヴィエは初めてエステルの目をじっと見つめた。
鋭い微笑みが、その端正な顔に浮かぶ。
「そう……なら、もっと持ってきてくれるなら、より大きな商談に発展するかもしれないわ」
エステルは戸惑った。
「商談……?」
「ええ。もし安定した生活を求めているなら…冒険者という道を捨てて、商人として大成する選択もあるわ。私には、君を導けるだけのコネがある」
エステルはしばし沈黙した。
(商人か……悪くはない。でも、戦いをやめるのは正しいのか? このスキルについて、イレーネについて、この世界について、まだ何も知らない)
「……考えてみます」
ランヴィエは満足げにうなずいた。
「では、これら6点の魔力付き商品として…1金貨と銀貨20枚の価格で買い取ります」
「っ……そんなに!?」
「一部の貴族にとっては安いかもしれない。でも、魔力付き衣類としては適正な価格よ。受け取る?」
イレーネと顔を見合わせ、エステルは頷いた。
「受け取ります」
彼女はうなずき、計算書と報酬を手渡した。
「またお待ちしています、エステル。君には…才能がある。それを無駄にしないことね」
ギルドを後にした後、ランヴィエは静かに窓の外を見つめた。
(この少年について、情報を集めるべきかもしれないわ……心が騒いでるの。これは予感……この子は、世界を揺るがす駒になる)




