帝国の大聖堂にて
その日、サンスパイア大聖堂はまばゆい光に包まれていた。
ステンドグラスの光が大理石の床に七色の模様を描き、荘厳な柱には神々の紋章が刻まれている。
帝国内の貴族たちが一堂に会し、豪華な衣装に身を包んで式を見守っていた。
今日は十五歳になった貴族の子息たちが、**「潜在スキル」**を神聖な儀式によって解放される、年に一度の重要な日だった。
我が家――イヴルー伯爵家は、貴族としては中堅に位置する家系で、前列から三番目の席に座っていた。
両親は無表情ながらも、期待に満ちた目で祭壇を見つめていた。
大聖堂の中央、神聖な魔法陣「啓示の円環」が淡く光を放ち、中央に立つ司祭の手には聖宝石の杖が握られていた。
その宝石はスキルの「本質」を読み取る力を持ち、神の声を伝えるとされている。
貴族たちは静まり返り、まるで演劇のクライマックスを待つ観客のように息を潜めていた。
「次の者、前へ!」
司祭の声が堂内に響く。
まず登壇したのは、ある男爵家の息子。
がっしりとした体格で、いかにも前線向きという印象だった。
魔法陣が淡く発光する。
「スキル発現──『格闘家』、ランクR!」
小さな拍手。まずまずの結果だった。
次は青いローブを纏った少女が進み出る。
魔法陣が柔らかい水色に輝き、どこからともなく花の香りが広がった。
「スキル発現──『治癒魔法使い』、ランクSR!」
今度は盛大な拍手が起こった。
回復魔法は極めて貴重で、戦場でも都市でも重宝される存在だ。
続いて登壇したのは、やや影の薄い少年。
魔法陣の輝きは弱く、司祭は少し困ったように告げた。
「スキル発現──『兵士』、ランクR。」
期待外れという空気が広がるが、誰もそれを口にしない。
そして、奴が現れた。
金髪に銀の瞳を持つ、美貌の少年。
だが彼は評判が最悪だった。
使用人への暴力、放蕩、賭博――何一つ誇れるものはない。
それでも、彼の家は我が家と同格の伯爵家。
会場は彼の登壇を見守る中、魔法陣が強烈に輝き出した。
まるで神が降臨したかのような、金色の光が大聖堂を満たす。
観客は息を呑んだ。誰もが思った。
(……まさか、英雄級のスキルか?)
司祭が宝石に目をやり、震える声で叫ぶ。
「ス、スキル発現──『聖剣使い』、ランクSSR!」
どよめきと歓声が爆発した。
「英雄だ…!本物の英雄だ!」
「伝説級…いや、これは帝国を変える存在だ!」
「すぐに縁談の手配を!」
「娘よ、あの家と繋がりを持ちなさい!」
昨日まで「どうしようもないクズ」と呼ばれていた男が、
たった一つのスキルで、帝国の希望へと変わった。
…そして、呼ばれた。
「次の者、登壇せよ!」
ぼくの番だった。
両親はまっすぐこちらを見ていた。
口には出さないが、「当然だ」とでも言うような目だった。
(大丈夫、ぼくには“あの声”がある)
魔法陣に足を踏み入れると、体がふわりと浮かぶ感覚があった。
光が、差し込む。
白く…
金色に…
そして――太陽のように、大聖堂全体を包み込んだ。
誰もが見たことのない輝き。神の再来とまで囁かれるほどの光。
「…すごい…」
「これ、もしかして伝説以上…?」
「第二の聖剣使いか!? いや、それ以上…!」
両親の顔に、初めて“誇り”の色が浮かんだ。
その時、ぼくは思った。
(……やっと認められるんだ)
だが次の瞬間、司祭の顔が曇った。
何度も宝石を確認し、口を開いた。
「ス、スキル発現……**『裁縫』、ランクC……」
……
……
「……え?」
誰かがそうつぶやいた。
そして、大爆笑が巻き起こった。
「な、なんだって!?裁縫!?あの光で!? 」
「はははっ!伝説じゃなくて、布でも縫うのかよ!」
「お母さ〜ん、ぼくも裁縫でスキル覚えたいな〜!」
「うちのメイドの方がまだ強そうだぞ!」
ぼくは立ち尽くしていた。
さっきまで“天才”として期待されていたのに、
今は“笑い者”に変わっていた。
両親の席を探した。
けれど、そこにはもう誰もいなかった。
彼らは、ぼくを見捨てて去っていた。
煌々と輝いたはずの光が、今はやけに冷たく感じられた。