剣のような針
銅貨を服の内ポケットに大切にしまった。
寝袋で得た15枚、マリータ草で3枚――
合計18枚の銅貨。
昨日までは木の下で眠っていたことを思えば、悪くない。
……でも、心のどこかで後悔が残っていた。
(ゴブリン討伐の依頼……報告を忘れた)
討伐はしたが、証拠を持ち帰っていない。
魔核も部位も、なにも回収していない。
完全に初心者の失敗だった。
イレーネは隣で拾った葉っぱをくるくると回して遊んでいた。
その姿を横目に、俺はミスリルの欠片を手の中で転がす。
(これはまだ……誰にも渡せない)
今、必要なのは――武器。
持っているのは、刃が欠けた錆びた短剣だけ。
俺の武器ではなく、ただの記憶の一部だ。
街を歩くと、すぐに立派な鍛冶屋が見えた。
眩しいほどに磨かれた剣が整然と並び、床は塵一つない。
まるで武器ではなく、芸術品が展示されているかのようだった。
値段を見ずとも、足を踏み入れることは許されないと悟った。
イレーネの小さな手を引いて、裏通りへと進む。
ススと鉄の匂いが漂う、その一角に――目的の場所があった。
中古鍛冶屋。
看板は歪み、炉は古び、並ぶ武器も型崩れが目立つ。
それでも、炉は赤々と燃え、金槌の音は止まっていなかった。
中に入ると、丸太のような腕をした鍛冶屋の親父がこちらを睨む。
「何だ。剣か、斧か?」
「いや……ちょっと変わった注文を」
「ふん?」
「針が欲しい。裁縫用の、でも――長さはレイピアぐらい」
彼はしばらく無言になり、やがて――声を上げて笑った。
「ははは、針? それで何を縫うつもりだ、ドラゴンか?」
「……似たようなもんです」
親父は顎をさすりながら少し考える素振りを見せた。
「リサイクル鋼で良ければ作ってやる。見た目はアレだが、突けることは突ける。
……17枚の銅貨だ。追加料金なし」
懐の銅貨を握りしめる。残るのは1枚だけだ。
「お願いします」
親父は黙って頷き、銅貨を受け取り、古びた帳簿に何かを書き込んだ。
「外で待て。2時間もあればできる」
店の前のベンチに腰掛けた。
溶鉱炉の熱が風に乗って流れてくる。
空は橙色に染まり、街の喧騒が静かになっていく。
イレーネは俺の膝に頭を乗せて、自然と目を閉じた。
そして……眠った。
俺は、眠らなかった。
(金は尽き、家もない……でも)
この子がいる。
そしてもうすぐ、俺だけの武器も手に入る。
しばらくして、鍛冶屋の親父が表に現れた。
布に包まれた何かを、両手で持って。
「できたぞ、坊主。お前の“針”だ」
受け取って、そっと包みを開いた。
それは――針だった。
腕ほどの長さの、鋭く光る一本の鋼の棒。
若干の湾曲があり、先端は鋭く、反対側には大きな糸通しの穴。
まるで、誰かが暇を持て余して作った巨大な模型のようだった。
けれど、今――これは本物の武器だ。
俺はその針を握りしめた。
指が余裕で糸通しに入る。長すぎる。でも、しっくりきた。
(グリップに巻く布もないしな……)
予備の布も、服も、なにも持っていない。
だから、これはこのまま使うしかない。
安価な素材で作られた、ただの金属の棒。
それでも、今の俺にとっては――
(十分だ)
評価は……あとで見るとして。
俺はイレーネをそっと揺らして起こし、鍛冶屋に一礼をした。
イレーネは眠そうに目をこすりながら、俺の後をついてくる。
背中に、針を背負って。
明日がどんな日でも、
この針と共に、切り開いていく。




