幕間2
私は今猛烈に怒りを感じている。
普段より、怒る前よりも先に諦めが来るタイプの性格であることは重々承知していた。
まさか自分でもこんなことをトリガーに怒りが込み上げてきて、それでいてこの怒りを対処せんとすぐに行動に移すような人間だとは思っていなかった。
「あっ、いたいた!久保田くん!ちょっといい?」
「ん?はい!どうしましたか?」
声をかける相手──怒りの矛先を見つけた。
「前夜祭、ありがとう!あのオープニングムービー凄く良かったよ。作ってくれたのは映画部の部長さんとかなのかな?関係者はみんな凄くやつれていたので、久保田くんもお疲れだと思います。委員の人や関係者と自分を努力に見合った分だけ労ってあげてください!」
「分かりました。ありがとう」
なるほど。皮肉が通じないタイプというのは聞いていたが、それは本当らしい。
「本当にありがとう!第1の委員長にこんなことを言うのはあれかもしれないけれど、最初は撮影禁止の話を聞く前にオープニングムービーをあのムービーの元ネタが大好きな先輩に送っちゃったんだ。その先輩も本当に喜んでくれて、映画部の人には感謝をしてもしきれない」
これは本心だ。去年卒業してしまった先輩がアイドルハンターの大ファンだったことは知っていた。
撮影禁止というルールを破ってしまったのは申し訳なく思うが、それでもこの感動は伝えておきたかったほど、出来が良かったMVだったのだ。
「いやね、アイスから事前にアイハンのパロディをやるって話は聞いてたんだよ。アイスも倒れるくらい頑張っていたらしいね。彼にもすごく感謝をしている」
聞き手には何も喋らせない。間髪入れずに次の言葉を続ける。
「私は本当は前夜祭に乗り気ではなかったんだ。バンドとかダンスにも興味は無いしね。でも、本当にアイドルハンターシャイニーメモリーズに対するリスペクトに溢れていて、シャイノグラフィティが流れた時に『あぁ、私もこの前夜祭を楽しんでいいんだ』という気持ちにされたよ。他にもスカウトの場面とか凝っていたよね」
オープニングムービーのここら辺の工夫点はおそらくであるが、こいつは理解していないのだろう。
だって、あいつの話によればGWという休暇中であったことを理由に、こいつはオープニングムービーの撮影に一切関与していなかったそうだ。
「本当に良かった。あのシャイノグラフィティって曲は3周年の曲なんだけれど。色づき始めた個性が歌われていて、この文化祭の『開花』というテーマによくあっていると思う。もしかしたらそこから着想を得ていたのかもしれないね」
「そうですか。それは良かったです。では……」
「待てよ」
「!?」
長々と話好きでしまったからであろうか。こいつはこの場から立ち去ろうとしてしまったので、先回りして道を閉ざす。
思わずテンションが低い時の声が出てしまい、驚かせてしまったかもしれないが、冷静になろう……冷静に。
「本当によく再現してくれたと思う。何より、アイハンを知らない人でも楽しめる。これって本当に大事なことだと思わない?人を楽しませることって本当に難しいんだよ。ただ再現するだけだったら面白くないでしょう?面白いものを作るだけじゃなくて、ちゃんとリスペクトをした上で面白くする」
ここまでが私個人の前夜祭に対する感想だ。まずはここを言っておきたかったのだ。
そして、ここから先が私個人のこの前夜祭に対する「主観」だ。
「アイスを倒れさせたのは良くないね。リスペクトが足りなかった」
本題に入る。
「アイスは本当によくやってくれた。いや、アイスだけじゃない。映画部の部長もだ。彼も本当によくやってくれていた。あのオープニングムービー、漫才よりも会場が笑っていたかもしれない。あのガシャ演出の再現なんて、本当に素晴らしかったじゃないか。私はあのカットインの瞬間思わず声を出しそうになったよ」
──世界一のアイドルに、私はなる!──
「こんなの簡単な文に見えるかもしれない。でも、この文言は誰にでも作れるものじゃない。前夜祭に見ている人が分かる記号的な側面も持っておきながら、アイハンっぽさもあるの。これを考えたのは誰だろう。映画部かな?アイスかな?どちらでも構わない。私は本当にこのMVの制作陣に感謝をしている。あなたは私と同じような感謝をこの人達にしてあげた?」
続ける。
「アイスはクラス企画も本当に頑張ってくれていて、私は不甲斐なくなったよ。知ってる?アイスはMスクで主役級の役をやるの。そのために覚えなきゃいけない台本だって沢山あるんだよ。ただ気分が乗らないことを理由にクラス企画にあまり参加せず、化学部の企画作成に尽力していただけの自分を本当に恥じた」
「彼らに感謝せず一体誰に感謝すればいいと言うのだろう?アイスはあんなにいい前夜祭を立案し、制作し、運営までしてくれた。本当に忙しいのに、それを誇示することもなく、あくまでも私たちの前では気楽な様子で。彼は本当に尊敬に値するよ」
さて、言いたいことはいった。これ以上深く前夜祭について突っ込むのは、部外者として野暮だ。
ここから先は客観的な意見を述べる。
「久保田くんも今は大変なのだろうと思うけど、今はみんな大変な時期なんだから、お互いに尊重しあっていこうね。映画部部長やアイス、MCの人も皆本当に素晴らしかったので。私はあまり前夜祭や第一を悪いものとして言ってほしくないんですよ。みんな頑張ってたし、いいものになったから」
「でも、倒れている人はいるし、不満を持っている人はいる。私は部外者だけど、前夜祭の参加者でとても良いと感じたから、誰も責められてほしくない。だから、他人への尊重を見える形にした方がいいという意見を言わせてもらう」
本題part2に入る。
「数人の私の友人から久保田くんへの愚痴を聞いたことを受けまして、少し道徳の話をさせてください」
私は声を低くする。「いつも」の声だ。
「他者を尊重することは大事。これは多くの人が同意することだと思います。それを実践すれば、人は多少のことは快く受け止めてくれます。自分が尊重されていると感じれば、もちろん満足するし、やりがいにも繋がる。そう感じることが出来なければ、不満にも繋がるし、士気も下がる。委員会として健全な姿はどちらなのでしょうか」
「あまり、久保田くんに対していい評判を聞かないのは、どこか接し方が間違っているからでは無いのでしょうか。私は久保田くんを深く知っているわけじゃないけど、流石に他人を尊重しない人だとは思っていないよ。でも、他人を尊重することと、相手が尊重されていると感じることは違うよね。例えば、頼んでお礼をしない。もしくはそれを当たり前と思う。ミスをして謝罪をしない」
「謝罪は気持ちだけれど、相手に伝えるのは形だから。仕事を倒れるほど分配するのはそのものが間違っているし、見直すべきだけれど、他人の接し方もより良くできると思うよ」
私が言いたいこと──いや、言えることはこれまでだ。これ以上はただのクレーマーとなってしまうだろう。
「じゃあ。さよなら」
私はその場を後にする。あいつは理解しただろうか。いいや、どちらでもいい。
とりあえず私はアイスをあそこまで追い込んだ人間がどうしても許せなかっただけなのだから。