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15章 ×××は終わってる

 ♣︎


 元々、これといって特別な家庭ではなかった。

 普通の家、普通の家族、普通の暮らし。

 父は公務員で母はたまにパートを行う専業主婦。そして、私のことを溺愛してくれたお兄ちゃんが1人いた。

 もちろん、豪華な装飾の家に住んで、お姫様みたいな生活を送るのも楽しそうだけど、私には今の暮らしが十分に楽しかった。

 贅沢ではないけれど、たまに家族で旅行に行ったり。

 裕福ではないけれど、誕生日プレゼントには欲しいプレゼントを買ってもらえたり。


 客観的に見たらどうなんだろうか。私を羨む人がいる?それとも、私を憐れむ人がいる?


 それでも、私は現状に満足していた。だからこそ、こんな生活がずっと続いてほしいと強く願っていたのだ。


 ───────────────────────


「えーー、あやか今年のクリスマスは居ないのか?」


「そうなんだよね。塾の冬期講習があって」


「中学受験って大変そうだよな。だから俺はしてこなかったし」


「本当にそうよ。お母さん達的には受験してほしかったんだけれどねぇ」


「全くだ」


 いつもの夕飯後、お父さんはダイニングでテーブルを読み、お母さんは食器の片付けや洗い物をしている。

 私とお兄ちゃんはリビングのソファーに並んで座りながら、ゴールデンタイムのバラエティ番組を見ていた。


「まぁでもいいじゃん?結局中学受験しなくても、大学は良いとこ受かりそうなんだしさ」


「慢心は良くないぞ。いくらA判定で冊子に載るレベルの学力があったとて、大事なのは本番だ。本番にミスをすれば落ちる」


「親父は厳しいなぁ。あやかは俺のこと慕ってくれるもんな〜」


「うん!お兄ちゃんは凄いと思う!」


「や〜〜いい子だな〜。あやかは」


「えへへ」


「もう!あやかを盾にしないの!本当にブラコンとシスコン同士なんだから……参っちゃうわ」


 お兄ちゃんに頭をわしゃわしゃと撫でられ、私の顔は自分では分からないほどニヤケていたように思う。だってすごく安心するし。

 お兄ちゃんの志望する大学は国公立の名古屋にある大学ってとこらしい。なんか凄い頭の良い場所らしいけど、私はまだよく分からない。

 それでもお兄ちゃんが凄いってことは私でもよく知ってる。お兄ちゃんは数学がとても得意で、いつもテストで1番を取っているらしい。たまに勉強を教えてくれる時も、少し付いていけなくなるけれど、その凄さを実感することが出来る。

 だから、私はそんなお兄ちゃんが大好きだし、とても尊敬している。


「てか、話戻すけど、あやかが居ないなら毎年恒例のクリスマス会、どうすんの?」


「そうねぇ。仕方ないけれど、クリスマス当日はお家でパーティーを開きましょうか。外食はまた新年にでも行えばいいですよね?」


「あぁ。そうだな」


「えーー。まぁ仕方ないか、クリスマスは家でケンタッキーだな!あやかも冬期講習頑張るんだぞ〜!」


「うん!がんばる」


 私の家族は毎年クリスマスには近くにある結構高めなホテルのディナーを予約して、クリスマス恒例の外食を行っていた。

 ビュッフェ形式で毎年同じだけど、それでも囁かな楽しみとなっているイベントだった。

 しかし、私が今年で小6。中学受験を控え、塾も本腰を入れて講習を行うようになり、クリスマスは21:00まで塾で勉強をしなければならないらしい。

 当然その時間から外食は難しいと判断された結果、私たちの家族は、私が塾から帰ってきた後にクリスマスパーティーをしようという妥協案に乗っかることとなったのだ。


「しょーみ、あの飯も飽きてたしな。来年からはなんか別の候補地見つけよーぜ」


「それも良いわね。少し遠出してみるのもいいかもしれないわよ」


「うむ」


「じゃあ私焼肉食べたい!」


「クリスマスに焼肉〜?あやかの気持ちも分かるが、若干俗的じゃないか?」


「え〜でも食べたいもん!」


「そっか〜食べたいならしょうがないよなぁ〜」


「あはは、くすぐったいってぇ」


 お兄ちゃんは私の頭をわしゃわしゃするのが好きだ。そして、私もお兄ちゃんに頭をわしゃわしゃされるのが好きだ。この行為はお互いのスキンシップとして、よく行われている。


「も〜仲良いのはいい事だけど、あんまりくっつきすぎるとあやかに嫌われちゃうよ?あやかも年頃なんだから」


「別にいいもん。私お兄ちゃんと結婚するから!」


「お〜嬉しいこと言ってくれるじゃん!俺もあやかと結婚しちゃおっかな〜」


「またそんなこと言って、彼女の1人くらい出来ないの?」


「おふくろは本当痛いところついてくるなぁ。出来るもんなら作ってるって。まぁ確かに正直高2でまだ彼女経験0ってのも微妙だよなぁ」


 お兄ちゃんがぽりぽりと頭を搔く。別に彼女なんて作らなくていいのに、私がいるんだから。


「まぁいいわ。2人ともそろそろお風呂入っちゃいなさい。お湯が冷めちゃうわよ」


「俺は後でいいや。ソシャゲのデイリー消化する。あやか先に入ってきなよ」


「分かった〜」


 お兄ちゃんはドテッとソファーに横になり、スマホをポチポチといじり始める。

 そのため、私は応じるがままお風呂場に向かい、衣服を脱ぎ捨てる。

 風呂場の鍵をかけ、シャワーを頭から浴びて長い髪を湿らせる。


「私は本当にお兄ちゃんが好きなのになぁ」


 子供心にも分かる。お兄ちゃんは私のことを妹として軽くあしらっている。いや、実際私は妹だからそれは正しいんだけど。

 でも、私のお兄ちゃんへの感情は少し違っていた。それは、クラスの友達の女の子が、同じクラスの友達の男の子に向けてる感情と似通っているように私は思った。純粋な恋愛感情──それ以上でも以下でもない。

 シャンプーを泡立て、頭に乗っけている間にそれ以外の体も洗うことにした。

 その瞬間、私の眼球は私のハンドタオルの横にかけられているお兄ちゃんのハンドタオルに釘付けになってしまった。

 小学6年生の思春期真っ只中、意中の異性の身体に触れた物が目の前にあったら理性を失うのは言うまでもない。

 いつもはこんなこと無いのにどうしてだろうか。さっきお兄ちゃんに触られたからか、それともお兄ちゃんから彼女の話題が出たからか。

 とにもかくにも、私の体は精神ごと悶々としていた。

 私の右手は既に自分のハンドタオルではなく、お兄ちゃんのタオルを掴んでいた。そこに、いつも使っているボディーソープを添加し、ゆっくりと泡立てていく。

 十分に泡立った頃、私は自分の意思なのか判然としないまま、そのタオルで全身を洗っていた。

 熱い脈動が押し寄せ、全身に悦楽と甘美感が響き渡る。

 いつの間にか私の口からはよじれた声が漏れ出ており、天にも登るかのような感覚が体中に響き渡った。


「結ばれることはない……でもそれでもいい」


 全身が泡まみれになって大分時間が経ち、シャワーを浴びて身体中の泡を洗い落としている最中、私は考えていた。

 私はやはり現状に満足していたのだ。いつか、お兄ちゃんは彼女を作り、結婚して私の元を離れていってしまうかもしれない。

 それでも、私は今のお兄ちゃんと一緒に過ごしている時間が大好きだった。だからこそ、この時間を大切にゆっくりと噛みしめていきたい。それ以上は何も望まない。望まなかった。


 ───────────────────────

 望まなかったのに……。


 ───────────────────────


 時は過ぎ、クリスマス当日となった。

 私は眠気に耐えながらも必死にホワイトボードに記された板書を写していた。


「はい!じゃあこれで冬期講習はおしまいです!みなさんよく頑張りました!」


「終わったぁぁぁぁ」


 朝9時から夜9時までのフルスロットル勉強もようやく終わりを告げ、その脱力感のまま机の上に突っ伏してしまう。


『行ってらっしゃーい』

『家中飾り付けて待ってるからな!楽しみにしとけ』


 私の脳内では、お父さんに送迎してもらう前、お母さんとお兄ちゃんに見送ってもらった時の記憶が再生されていた。

 おそらく、家に帰ったらお兄ちゃんが家中を飾り付けて待っているんだろう。そう考えると、胸がワクワクして居てもたってもいられなくなる。

 突っ伏してる時間も僅かに、荷物を持って教室を飛び出し、駐車場で迎えとしてくるお父さんの車を探した。

 しかし、駐車場中を一生懸命探しても見慣れたお父さんの車の姿はなかった。


「おっかしいな。お父さんはいつも時間通りに来るはずなのに」


 私の塾の送迎でお父さんが迎えに遅れたり、逆に早く来すぎてしまうといった時間を間違えるようなことは今の今まで1度もなかった。

 心配になりつつも、そのうち来るだろうと考えて待っていたが、一向に来る気配はない。

 やがて、同じ授業を受けていた塾の生徒が全員居なくなっても私だけ迎えが来ず、いくらなんでもおかしいと、私の中に不安感が募り始める。

 スマホを持てるのは中学生からという家のルールもあり、私は家族に連絡できる手段を持っていない。そのため、塾の先生に頼んで家に連絡をしてもらうように頼んだのだ。


「うーん。渡辺さんのおうち、電話出ませんね。夜も遅いですし、私が家までお送りしましょう」


「いいんですか?ありがとうございます先生」


 しかし、塾からの電話ですら応答はないようで、特例な措置ではあるが、私は塾の先生の車に乗りこみ帰宅することとなった。


「渡辺さんのご家族どうなさったんでしょうか」


「んーー。パーティーの飾りつけに夢中とかですかね」


「クリスマスパーティーですか。良いですね」


 車内では、先生が気まずくならないようにと気を使ってくれたのか、他愛もない話が繰り広げられた。

 私の家はそこまで遠くなく、車で5分もあればつく場所なのですぐに目的地へと到着する。

 しかし、私の目の前に入ってきたのは異様な光景だった。


「な、なにあれ……」


 先生の車は私の家の2軒隣から先へ進めなかった。何故ならそこには黄色と黒の注意を喚起する模様のテープが貼られており、通行止めとなっていたからだ。

 入れなくなっている区域内ではパトカーが3台程止まっており、警官もうじゃうじゃと発生している。

 私と先生は車から降り、何事かと通行止されている区間へと向かう。


「申し訳ありません。現在ここから先へは立ち入れません」


「すみません、この子の家がこの立入禁止区域内にあるのですが、今はどういった状況ですか?」


 家へ向かおうとすると、区域内で密集していた警官達が私たちに話しかけてくる。


「そういう事でしたか。ではこちらへ、どうぞパトカー内にお入りください。お気をつけて」


 私たちは状況把握もできないまま、パトカーの後部座席へと乗せられる。誘導してきた警察官は運転席へと座った。


「現在、殺人犯による立てこもりが行われている状況です」


「殺人……立てこもり……えぇ!?」


「……え」


 警官がまずは単刀直入に現在の状況を説明する。先生の方が焦っている様子だったが、私は言葉が出ないほどの動揺を起こしていた。


「犯人は20代男性。本日19時頃から、この付近の住居に押し入り、住人を銃殺しては別の住居へ押し入ることを繰り返しています。我々が到着してからは犯人は今いる家の住人を人質に立てこもっている状況です」


「今いる家って……まさかそれが渡辺さんの家ですか?」


「う、うそ……」


 薄々勘づいてはいた。分かってはいたけれど、思考がそう結論づけることを拒否していた。

 が、目の前のいる警官の言葉により、現実が最悪な状況であることを確認する。


『……ザザッ、こちら突入部隊、マル秘は依然激昂状態にあり。対話は困難な模様。どうぞ』


「了解、マル秘との通話をこちらにも繋げてくれ。どうぞ」


『了解』


 運転席に座った警官がトランシーバーで外にいる警官と連絡を取ると、車内のスピーカーから私の家の中の様子が聞こえてくる。

 どうやら、家の固定電話と警察の電話でお互いに連絡を取りあっているようだ。


『だぁかぁらぁ、俺に要求なんてねぇんだよ。俺はこの腐った世界を打ち壊すんだ!!こんなに群衆が集まった中で殺戮ショーを行う!俺の姿を全員の目に焼き尽くす!それだけだ!そのあと俺は死のうがなんだろうが構わねぇ!』


『落ち着きなさい!我々は大金でもあなたの生活の保証でも要求に応じるつもりです。ですから、これ以上無意味な行為はやめるのです!』


「こいつが……今家に……」


 私の家の中にいる犯人の声が耳に入る。まさに狂気的で会話が噛み合っていない。常人の思考をしていなかった。

 警官が必死になだめようとするも、それに応じるつもりは全く無さそうである。


『では、今立てこもっている理由はなんだ!貴様の行動と思考は伴っていない!何か欲しいものがあるんじゃないのか?』


『あぁその通りだ。俺が何故今日この日にこんなことを起こしてるか分かるか!?俺はなぁ……幸せな家族が憎いんだよ。何ひとつの不自由なく暮らし、俺のような底辺を見下している幸せな家族がなぁ!!』


『ならば、貴方に不自由のない暮らしを提供しましょう!それで……』


『もう遅ぇんだよ!!俺だってこんなこたぁ八つ当たりだって分かってるさ。でもな?もう失った過去は取り戻せねぇんだ。だから、壊すしかないんだよ。分かるだろ?俺が求めてるのは1人の視聴者(オーディエンス)だ』


『……どういう意味だ!』


『こいつらを殺す前にな、廊下で見つけたんだ。こいつらの家族写真をな。どうやら1匹子猫が足りないようなんだ。だから俺はこいつらを殺さずに生かしたまま縛り付けている。なぁ、この子猫は一体誰なんだろうな?おにぃちゃん?』


「……私だ」


 犯人の要求は私だ。私が現れることを望んでいた。

 犯人の思想は分かった。幸せな家族への嫉妬、それに対する破壊衝動。であれば、中途半端に殺すのではなく、家族全員を皆殺しにするのが筋なのだろう。

 こいつは私もろとも私の家族を殺すことがお望みのようだ。

 すると、通話先の向こうからは、人体の肉に貼り付けられたものであろうガムテープがペリペリと剥がされている音が聞こえた。お兄ちゃんの口に貼られていたのであろうガムテープが剥がされたのか。


『……』


『あらぁ。せっかく喋れるようにしてあげたのにだんまりとは。何か言いたいことを喋っといた方がいいんじゃない?死ぬ前にさ、あはは!』


『あやか……。ここに居ても居なくても聞いてくれ、俺たちは大丈夫だ。あやかが無事ならこれ以上望むものは無い。これはここにいる家族全員の総意だ。だから、姿を現すな』


「お兄ちゃん……」


『あっちぃぃぃ!あっちぃ兄妹愛だ!惚れ惚れしちまうね!俺の姉貴は俺をサンドバッグにしてたってのにさ。羨ましい限りだわ!』


 お兄ちゃんの声を聞くと、心が落ち着く。気持ちにゆとりが生まれる。そして思考が整理されていく。

 だから、今一度冷静になって、考えた。


 お兄ちゃんと一緒に死ぬのなら、それでいい。


「おまわりさん。パトカーを開けてください」


「お嬢ちゃん!?危険だ。犯人の要求は君だ。みすみす君を危険な場所へ連れ出すわけにはいかない」


「私は大丈夫です。それにこのまま均衡状態を保っているのも限界でしょう。私が出ていくことで状況が変化することもあるはずです」


「しかし……」


「……」


「分かった。君の周りに護衛はつける。あのトランシーバーを持っている警察官が現状犯人と連絡を取っている者だ。あそこまで行ってくれ」


「ありがとうございます」


 ガチャっとパトカーの鍵が開く音がした瞬間、私はドアを開けて駆け足で指定された警察官の元へ向かう。


「お兄ちゃん!!!!」


 そして、辿り着くやいなや、トランシーバーに向かって大声で声をかけた。


『あやか!?なんで出てきちゃうんだ!』


「だって……だってお兄ちゃんがこんな状況なのに放っておけないよ!一人で隅に籠ってるなんて無理!」


『だからって……俺のことなんでどうでもいいのに……』


「どうでも良くないよ!だってお兄ちゃんは私の大好きなたった1人のお兄ちゃんだもん!」


『あやか……』


「警官さん、私もあの中に行く。覚悟は決めました」


「駄目だ。あまりにも危険すぎる」


「それでも!私はどんな時でもずっとお兄ちゃんのそばに居たい……」


『あっはー!美しい兄妹劇をありがとう。すごく感動したよ。涙が枯れてしまうほどにね』


 私が家に突入する件で警察と一悶着していると、トランシーバーから犯人の声が聞こえてくる。


「おい犯人!今から私も行く。だからそれまで待って……」


『え、来なくていいぜ?』


「え……?」


『なーにを勘違いしてるんだ?確かに俺の要求はお前だ。えっと……あやかちゃんだっけ?でもな、別にお前も一緒に殺すために呼んだわけじゃないんだ。言っただろう?視聴者(オーディエンス)だって』


「…………まさか!おい!部隊突入しろ!!」


 パンッ!!!!!


 突如、家の中から大きな破裂音が響き渡る。そしてその音は反響し、数秒遅れてトランシーバーからも聞こえた。


「えっ」


 その後も重い金属音は3発聞こえた。野次馬のガヤもあり、平日とは打って変わって喧騒となっていた住宅街が、その軽く弾けるような銃声によって、静まり返る。

 騒がしかった教室が先生の怒鳴り声で閑静となるように、闇夜の中に銃声音は消えていく。


「…………は?」


 何が起きたのか飲み込めなかった。世界が崩壊し、目の前が真っ暗になる。私の二本足はおよそ自重を支えるための気力を失い、そのまま膝から折れ曲がっていく。


「突入!突入ぅぅ!」


 視界の端では、厳重に縦や防具で身を固めた警官たちが私の家のドアを破壊し、玄関になだれ込む様子が映った。

 しかし、私がこれ以上先の景色を実際に捉えることは困難で、思考がショートした私はそのまま意識を失い、道路に倒れ込むこととなる。


 ───────────────────────


  ☆


 ○○新聞 2面

 今月24日、茨城県土浦市の住宅街で多くの住民がが銃でよって殺害された事件で、犯人の身元が24歳の男で確定した。 殺人を行使したのは牛久市の無職・秋森和真容疑者(24)で、今月24日午後7時頃、土浦市の住宅街にて、延べ7軒の住宅に侵入し、住民を所持していた銃で射撃し殺害したとされている。秋森容疑者は事件後にある1軒の住民を射殺した後に、自身の頭を射撃し、出血多量によって本日未明、死亡が確認された。警察によると、秋森容疑者の動機は幸せな家族の殺害であり、容疑者の幼少期の生活苦による心理的ストレスが原因であると考えている。警視庁本部では、他に関与している組織や事件がないかなどの調査がされている。


 ───────────────────────


 ♣︎


「…………」


 目の前には踏切があった。

 近くの駅へ向かう電車が通る踏切──常磐線のものだった。


 ──自殺の覚悟は出来ていた。


 あの夜、私は祖父母家に引き取られ気づかないうちに眠っていたそうだ。

 目を覚まし、何かの夢だろうかと思い立ち祖父母の元へと向かうも、彼らが忙しなく事情聴取や遺品整理をしている姿を見て、現実を実感する。


 ──死んだ。


 お父さんが死んだ。お母さんが死んだ。──お兄ちゃんが死んだ。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!あぁぁぁぁぁぁ!ぐっ、ひっ、あ……あぁ!!」


 一晩寝たことで脳が真の意味で冷静さを取り戻したのだろうか。一気に昨日の夜の出来事が頭の中に鮮明な『事実』として流れ込んできた。

 当然私はその濁流を飲み込めず、ただ泣き叫ぶことしか出来なかった。昨日出せなかった分の声まで出すかのようにさめざめと永遠に泣き続ける。

 階段の下で泣きわめく私の声を聞いたのだろう。祖母と祖父は私のことを必死に宥め、泣き止ませようとしてくれた。

 とはいえ、今この場にいる母方の祖父母は年に2回、お盆とお正月に親戚として会う程度の関係、そこに『家族』としての温もりを感じることは私には出来なかった。


 何時間ものあいだ泣いたのだろうか。分からないが、私は祖父母に「少し1人にしてほしい」とだけ告げ、玄関から家の外へ出る。


 そして今、目の前には遮断機が降り始めている踏切があった。

 私は目をつぶり、上半身を支えるためにかけている力を抜くかのようにして、体を前方に倒し始める。そのまま肩から上が遮断機の上を掠めた辺りで──


 ボーーーッ


「っ!?」


 電車が鳴らした警笛により、反射的に体が直立する。

 私を天国へ導くはずだった電車は結果的に目の前を通り過ぎ、遮断機がゆっくりと上がっていった。

 ──私は怖かった。警笛の大きな音に驚いて体が動いたというのもあったが、それよりも何よりも、私は死ぬことに恐怖を抱いてしまっていた。


「なんで……私は……ごめんなさい」


 昨日はあれほど覚悟していたのに……自分の命を投げ出すことに躊躇が無かったはずなのに、大切な家族を失った今──『死』という存在が普段よりも近場に存在している今、私は『死』という概念について極度に敏感になっていた。

 死ぬのが怖い。死なれるのが怖い。失うのが怖い。失われるのが怖い。

 その時から、私の中で『生物の死』という現象はいわゆる禁忌的な存在となった。

 目の前で生物が死ぬことが耐えられない。誰か知っている人が死ぬのが許せない。私の目の前で私の知る人間が死ぬならば、どうにかしてでも回避したいと思う程であった。

 しかし、人間の感情とは複雑なもので、その禁忌と希死念慮は両立してしまう。

 あの『幸せ』はもう取り戻せない。私の生きる世界にあの家族は──お兄ちゃんは存在しない。その現実が否が応でも私の生への渇望を削いでいく。

 やがて、その感情は後悔へと変化していった。

 私が塾に行っていなければいつも通りクリスマスには外食をして、悲劇を回避できたのではないか。

 私があの場で飛び出さなければ、見せしめとして家族が殺されることは無かったのではないか。

 私が家でパーティーをすることに喜ばず、3人で外食を楽しむよう促していれば、殺されることはなかったのではないか。

 私が事前に事件に気づくことが出来れば……

 私が──


「……私が生まれてこなければ」


 その自己嫌悪はやがて実現不能なものまで脳を支配し、最悪な結論を導き出す。


『いいえ、どうやってもあなたの家族は死にます』


「え……何?」


 私の脳内に私の声が響き渡る。12年生きてきた中で初めての経験であり、動揺が隠せない。


『10秒後に雨が降り始める』


「何……?あなたは誰……?」


『私はあなた。あなたは私』


「どういう意味……?それに雨って……え?」


 混乱の最中、私の額に冷たい水滴がポツリと落ちる。雨が降ってきた。


『世界の出来事は全て運命付けられているのです。そう、今雨が降ったように』


「そ、そうなの……?」


『えぇ。だから、あなたの家族の死は運命づけられていた。あなたがどんな選択を選ぼうとも、昨日の時点であなたの家族が死ぬ現実は変えられません。何故なら、それが運命だからです』

 

 途端、私の頭の中に様々なビジョンが浮び上がる。

 私抜きで外食に行った家族3人が、ホテルで事件に巻き込まれ惨殺される幻。

 私が立てこもり犯の要求に応じず、パトカー内にこもっているも、均衡状態が続いた末犯人に撃ち殺されてしまう私の家族。

 私が生まれてきていない3人家族だとしても、今日という日に何かしらの因果によって父、母、兄が殺される映像が何パターンも描かれる。

 ──予定説というのを聞いたことがあった。世界は全て神が定めた通りに作られたものであり、我々人間はその道筋を辿っているだけに過ぎないという説である。


『よって、あなたが今ここで死ねないのも運命によるものです。あなたは運命によってここで死ぬことはないと決定づけられている。ゆえに、どうやっても死ぬ事は出来ません。』


「そっか……」


 私は下を向き、アスファルトしか映っていなかった視界を正面に戻す。


「じゃあしょうがないね!」


 私は踵を引き返し、祖父母の家へと足を進めた。

 全てが運命づけられているなら仕方ない。だって"世界はそういうものだから"。

 お陰で気が楽になった。世界の本質を知ってしまえば、その世界で起こる出来事に一々悲しみを覚える必要も無い。喜びを覚える必要も無い。怒りを覚える必要も無い。後悔を覚える必要も無い。


 ──感情は必要が無い。


 私はその日、セカイを知った。


 ──運命という鎖に縛り付けられたセカイを。


 ────────────────────────


(……知らない天井だ。)


 俺が目を覚ますと、自分の部屋のものではない何か殺風景な青色の天井が目に入ってきた。保健室で目が覚めた時もそうだったが、こういう時は"知らない天井だ"と言ってみたくなるのが人間の性である。

 どうやらここは病院であり、病室のベッドで横になっているようだ。試しに上半身を起こしてみようとするが、上手く体に力が入らない。

 それどころか、腹筋に力を入れようとすると胸骨の辺りにとんでもない激痛が走る。


「いっっって」


「アイス!?アイス起きた!??」


「ん、この騒がしさは綾音か。俺も状況は把握できないが、多分ここは病院だろう。静かにした方が……」


「アイス!アイスぅ……!うわぁぁぁん」


「いてててて!!綾音!痛い痛い!」


 綾音が号泣しながら俺の上半身に顔を埋め、わんわんと泣いている。しかし、その胸部にかかる綾音の圧力ですらも今の俺には耐えられないほどの激痛に変換されてしまうようだ。


「あ、ごめん。今ベッド起こすね」


 綾音が俺の苦痛を訴える様子に気づき、ベッドに付随しているボタンを押すことで、ベッドの上側が椅子の背もたれとして機能するように傾き始める。

 やがて、俺の全身の様子が視界に入ってくるが、これまた酷いものであった。

 左手はギブスで固定されているから骨折しているものだろうとは思っていたが、左足の違和感は足が天井から吊るされて固定されていることによるものだった。

 そして、先程から胸部に感じる痛み、なるほど肋骨も何本か逝ってると考えて良さそうだ。

 鏡を見ることが出来ないので分からないが、頭には何重にも包帯が巻かれているような感覚がある。


「俺の体って左半身が爆発したのか?」


「トラックに轢かれる時、アイス半回転しながら車道に落ちたでしょ。それで、トラックによる打撃で左手足と肋骨が数本の骨折。その後、地面に叩きつけられたせいで頭から出血してたらしいよ」


「うわぁ。それでよく俺こんなにピンピンとしてるな。そして綾鷹もいるのか」


 なんとか稼働することが出来る首を回転させ、綾音の方を向くと綾音の奥には綾鷹の姿が確認できた。

 綾鷹は全身の荷が解けたような安堵の表情を見せ、涙こそ流れてないものの、虹彩の焦点が合わないほど目が潤んでいた。


「綾鷹ちゃん、昨日の夜アイスが運ばれて来た時からずっと寝る間も惜しんで看病してくれてたんだよ。私は今日の朝一番に来た所」


「綾鷹、それは本当か?ありがとうな」


「う、うん。に、二度ともう私のせいで誰かが死んでほしくなかったから……絶対に」


「そうか……助かったよ」


 綾鷹は意味深な発言を返す。そして病み上がりでもあり、こんな場所で誠心誠意看病してくれた相手を問い出すのは気が引けるが、それでも俺は聞かなければならなかった。

 ──綾鷹の真実を。


「綾鷹」


「は、はい、なに……?」


「綾鷹は、どうしてあの日自殺しようとしたんだ?」


「!?、あの、そ、その」


「あの日って昨日?夏祭りの日のことだよね?」


 綾音が事実確認をしてくる。どうやら俺は何日もの間目を覚まさずに生死の間をさまよっていた訳ではなさそうだ。


「あぁ。それで間違いない」


「綾鷹ちゃんが自殺って?だってあの時綾鷹ちゃんは何かにつまづいて車道に飛び出したんじゃ」


「もちろん完璧な偶然という可能性も捨てきれないが、俺は綾鷹の故意であると考えた方が自然な思える。それは最近の綾鷹の様子を考えれば一目瞭然だろう」


「……うん」


 綾鷹が同調するかのように微かに頷く。


「プール旅行での行動、そして祭りにおける綾鷹の違和感──文化祭を普通に楽しんでいた人間がお祭りで楽しまないのは不自然だ。それらに共通するのは諦めの感情。綾音にも心当たりはあるだろう?」


「うん……そうだね。その感情には思い当たる節があるよ」


「以上より結論。綾鷹が車道に飛び出したのは故意である。違うか?」


「……凄いね。あ、アイスはなんでもお見通しなんだ」


「認めるんだな」


「うん」


 綾鷹はあっさりと自分の行為を認めた。であれば、俺はさらに問い詰める。


「俺もこれだけ怪我を負ってしまった身だ。それならこれを聞く権利はあるだろう。"なぜそんなことをした?"」


「…………」


 綾鷹は無言で俯く。このまま埒が明かなくなるだろうかと思っていたが、10秒も経たないうちに返答は返ってきた。


「予知、したから」


「そうか」


「驚かないんだね」


「9割方検討が付いてたからな。俺に怪我を負わせたかったって可能性が1割あったくらいだ」


「そっか、き、気づかれてたんだ」


 綾鷹の異変──やはり"予知"によるものであった。彼女の"予知"とは一体何なのか。綾鷹は本当に未来を見ているのか。

 俺は綾鷹の為にも暴かなくてはならない。踏み込まなくてはならないと思った。


「綾鷹、教えてくれ。何故綾鷹は予知をそんなにも信じるんだ?」


「それは……言いたくない」


「そうか。じゃあ質問を変えよう。綾鷹の予知は()()()()()なのか?」


「……!そう。そうに決まってる」


「いいや、俺は違うと思っている」


「な、何を……」

 

 綾鷹はここで初めて動揺を見せる。まるで今ここで彼女自身が否定されたかのように。そんなことはまるっきり有り得ないと確信していたかのように。


「綾鷹の予知は予知でもなんでもない。ただ自分の行動の指標となっているだけだ」


「ち、違う」


「いいや、違わない。綾鷹の予知は先程の言質で明確に破綻しているんだ。綾鷹はさっき『車道に飛び出したのは故意だ』と。確かにそう言ったはずだ」


「そ、それは……」


「人間には"意思"が存在する。だから、人間の行動を予測することなんて不可能なんだ。綾鷹が行った予知によって左右することが出来る意思は綾鷹の"意思"だけ。トラックが歩道に突っ込んで来るよう誘導することは出来ないし、誰かが綾鷹を突き飛ばすことは無い。だから、綾鷹は『自分から』車道に飛び込む他なかった」


「あ……あっ……」


「それしか、綾鷹が"予知"を真実にする方法はない。だから綾鷹は……」


「黙れ!!!!!!」


「……っ」


 2年半もの間、綾鷹が激昂したことはあっただろうか。大声を出したことはあっただろうか。いいや、絶対に無かったはずだ。

 だが、今、病院で、目の前にいる綾鷹は大声で叫び、俺の言葉を塞き止める。昨日のじゃれ合いで出された大声とは全く比較にならないほどの音量だった。


「予知は本当なんだ……運命は本当なんだよ……じゃなかったら……なんで……どうして」


 綾鷹はモゴモゴと喋りながらも決死の表情で自分の言葉を紡ぎ出す。


「どうして私が!!あんな目に遭わなきゃならなかったんだ!!」


 綾鷹の表情は怒りに満ち溢れながらも、その目頭からは涙が溢れ出していた。


「……綾鷹、教えてくれ。綾鷹は昔何があったんだ?」


「言いたくない」


「そうか、無理に聞き出すことはしないよ。でも、これだけは明確に言える。今の綾鷹の生き方は間違っている」


「っっっ!けほっ、けふっ!」


 綾鷹は大きく息を吸い込み、そしてむせる。俺の言葉に反応して行われた引き呼吸が肺に大きな負担をかけたんだろう。


「俺は綾鷹の全てを理解することは出来ない。いや、"相互理解"を求めようとすること自体がおこがましいんだろう。どれだけ、綾鷹が辛い思いをしてきても、嫌な人生を送ってきたとしても、俺に出来るのは精々『辛かったね』『怖かったね』と慰める表面上の行為だけだ。それでも綾鷹が間違った生き方をしているというのなら、俺は友人としてそれを止めなければならない」


「そんなの……私がどんな生き方をしようと私の勝手だ。アイスにどうこう言われる筋合いはない」


「確かにそうだ。綾鷹の生きている間の行動に口を出すことはないだろう。ただ今回は別だ。綾鷹は今回間違った生き方の延長線上として、間違った死に方をしている。それは明確に止めるべきだ」


「そんなものは言葉の綾だ。詭弁に過ぎない」


「それでもだ。この世界には奇跡も魔法もありはしない!思春期だろうが、超常現象が身の回りに起こるなんて、ありはしないんだ!まやかしに惑わされて生きるなんて、ましてや、まやかしに惑わされて死ぬなんて。それが本当の綾鷹の『意思』じゃないなら、俺が許さない」


「……」


「なぁ、綾鷹。教えてくれ。予知とは一体なんなんだ?」


「"予知"は本当なんだ!だって……だってあれが運命づけられてないただの偶然による産物だとしたら……おかしいじゃないか!」


「悲しいが、それが人生だ」


「そんな……残酷なこと……聞きたくない」


「人生には良い事もあれば辛い事もある。それぞれの程度や頻度は様々で、単純に理解はできない。だから"運命"なんて簡単な言葉で括っていいわけないんだ」


「だったら……だったら私はどうすれば良かったんだよ!」


「綾鷹自身を変える必要は無い。お前の今の存在は"正解"だ」


「え……?」


「綾鷹は自他含む全ての人間の意思が運命づけられてるとしたいんだろう。じゃあ昨日の夜から今まで綾鷹を庇った俺を看病したのは?それも綾鷹の意思じゃなくて運命だって言うのか?」


「そ、それは……」


「人間の意思が何か見えない強大な力に縛られているなんて考えは間違っている。自分の意思は自分で──そして、それ以上にみんなで決めていくべきなんだ」


「みんなで……?」


「あぁ。自分の意思は自分で決めるべきだと、普通の人間だったらそこまでだろうな。だが、俺の考えは違う。自分が何かしたいと思う時、それは自分本位のものもあれば、『誰かのために何かをしたい』と思う時だってあるだろう」


「うん、私もそう。アイスを助けたいと……思った」


「そう。俺だって昨日、綾鷹を助けたいと思って助けたんだ。そして、それは他の()()だって同じだ。誰かも『誰かのために何かをしたい』と思って行動することはある。その誰かはもしかしたら自分かもな」


 話が複雑化してしまい、綾鷹がキョトン顔、綾音がスマホ顔文字みたいな変顔をし始めたので、要点をまとめる。


「ま、要するにだ。"相互理解"は出来なくても、"相互作用"はあるって事だ。俺たちは"運命"なんて見えない力じゃなく、"表面上の助け合い"という見える力に縛られて、自分の意思決定をしてるんだよ。」


「……難しい」


「んーだからさ、綾鷹は綾鷹らしく、"予知"なんて回りくどいことせずに素直な気持ちで生きてみようぜって話だよ。それが巡り巡って"相互作用"になるってだけ」


「でも……"予知"を捨てるなんて……」


「当然、その"予知"が発生した原因となる何か辛い出来事もあるんだろう」


 綾鷹の"予知"が発生した原因──心の防衛機制、凡そ察しは付いているが、ここでそれを深堀りする意味は無い。綾鷹を傷つけるだけだ。


「残念ながら、その原因を解決する方法は脆弱な人間という生物は1つしか持ち合わせてないんだ。それは、『辛い記憶を楽しい思い出で塗りつぶすこと』」


 友人として俺が言える最大限のセリフはこれしかない。


「だからさ、これから一緒にいっぱい楽しい思い出を作っていこうぜ。約束するよ」


「ぐっ……ひっぐ」


「当然、辛い過去を忘れることなんて出来ない。でも、俺はこの2年半、化学部でみんなと過ごしてきた時間はとても楽しい思い出となった。綾鷹にもその気持ちは少なからずあるはずだ」


「……うん」


 綾鷹は目頭に溜めていた涙を思い切り放出し始める。彼女の視界は既にぼやけて何も捕えることは出来ないだろう。声は出さないものの大粒の涙を床へ垂らす。


「一人で生きていくのは怖いかもしれない。だけど、綾鷹には俺がいる。綾音がいる。みんながいる。俺は絶対に綾鷹に辛い思いなんてさせたくない。友人として、いや、綾鷹が望むなら望まれた存在になろう。俺は綾鷹の心の拠り所となれるような、そんな『兄』のような存在でありたい」


「お兄……ちゃん」


 綾鷹はポつりと呟いた後、完全に吹っ切れたわけではない。だけれども、本当の笑顔を少し含んだ表情で応えた。


「うん…………うん!」


 俺はここに本当の()()()を見つけた気がした。


「いやぁ、良い話だ。うんうん」


「綾音は理解できたのか?」


「アイスの話は全く。でも、本当のあやかちゃんが私には見えた気がする」


「おい」


 俺の話を理解して貰えなかったのは残念だが、あやかに対する感情は綾音も同じようだった。


「あ、あの」


「どうした?あやか」


「じ、自分に素直になる練習。してもいいですか?」


「いいね。何事もリハビリテーションが大事だ。俺も今日からリハビリ生活だろうしな」


「あはー大変そうー」


「じゃあ遠慮なく」


「っ!」


「なぁっ!???」


 俺と綾音が笑いあってる間、綾鷹はいつの間にか俺のすぐ側に立ち尽くしていた。そして屈み、俺の顔に立ち位置を合わせると──


 ──彼女はそっと俺の唇に口付けをした。


 その時間は1秒にも満たなかった。そっと唇を合わせ、すぐに離す程度。だが、俺の動揺を誘うには十分だった。なぜなら、これが俺にとってのファーストキスだったからだ。


「私がお兄ちゃんとしたかったこと。してもいいよね?『妹』として」


「あ、あやかちゃん!?」


 しかし、あやかは何も無かったかのようにすくっと立ち上がり、荷物を持って病室を出ようとする。


「綾音ちゃん、私負けないから」


「なっっ」


 こうして、綾音にとっての爆弾発言を残し、あやかは俺たちの元を去っていった。

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