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20/23

14章 夏祭りは終わってる

「いや〜雰囲気出てるね。俺やっぱりこういう人混みは向いてないや」


「僕も得意な方ではないね。はぐれないようにしないと」


「あぁ。集合場所は図書館の前だっけ?とりあえず向かうか」


 電車をおり、駅の改札を通り抜けると、そこは既に祭りの会場となっている。

 普段閑散としているはずの道路やロータリーは人でごったがえしており、至る所に提灯や飾り付けが施されており実にやかましい。

 俺たちが図書館を集合場所に選んだ理由は少しでもこの喧騒から逃れたいという欲望の元だ。


「あれ、まっちゃか。先に来てたんだ」


「よりにもよって私の浴衣姿を最初に見せるのがアイスとはね。いや、けいちゃんということにしておこうか。アイスは2番目だ」


「良かった。俺の目を潰すことで1番目という事実を無くすとか言い出すかと思ったぜ」


「なるほど、その発想はなかった。ありがとう、じゃあとりあえず眼球を差し出してもらってもいい?」


「良くねぇよ。お前はサイコパスか」


 図書館の前に行くと、既にまっちゃが一人で佇んでいるのが見えた。

 彼女の装いは今日の朝に家で見た綾音の物とは異なり、白を基調としたものだった。布に描かれている花は桜や蓮の花など、ピンクや青の可愛げのある物が多い。

 紅色の帯とセットなのだろうか、手には何が入ってるのか分からないほど小さな袋状のものを下げている。おそらく財布等が入っているのだろうか。


「知ってる?この下には交番があるんだよ」


「交番じゃ流石に俺が犯してきた罪は償いきれない」


「大丈夫。手錠と拳銃を借りるだけだから」


「それ俺死なない????」


「当然その通りだけど」


「待て待て待て、そもそも交番にいるような警察官が拳銃なんて持っているのか?」


「持たなければいけないという義務は無さそうだけれど、交番には拳銃も置いてあるそうだよ。携帯してもしなくてもどちらでも良いそうだね。流石に基本は警棒だけだとは思うけれど」


「けいちゃん!変な情報を与えるんじゃない!」


「3人して何してるのさ……。迷惑でしょ」


「あ、綾音か。ふぃーも一緒と」


 俺が射殺される流れを堰き止めてくれた救世主は綾音だった。隣にはふぃーもニコニコで佇んでいる。

 綾音が着ている浴衣は今日の朝見たものだ。朝顔という小学生が一番最初に授業で育てるであろう植物が一面に描かれているせいで、小学生感がいかにも拭えなくなっている。

 一方ふぃーの浴衣は薄い桃色を基調とした可愛らしい浴衣になっている。

 綾音やまっちゃのものとは違い、一面に花が描かれているのではなく、腰の部分から梅の木が1本ずっしりと構えている装飾だ。なんとも大人っぽい。


「アイスくんツーショット撮ろう〜」


「あ!ズルいよ。私が先だからね?」


「別にどっちが先でもいいだろうよ……。けいちゃん写真撮影頼める?」


「お易い御用だよ。じゃあまずは先に宣言したフィオちゃんとアイスくんで撮ろうか。そっちの建物じゃない風景を背景にしよう」


「はいピース」


「にぃぃぃ〜」


 ふぃーと並んでお互いにピースをする。写真を確認すると、ふぃーは満面の笑みとなっていたが、俺は目の前に不機嫌そうな綾音が視界に入っていたので、ぎこちない笑みになっていた。


「はいじゃあ次白餡ちゃん」


「いぇーい!はい撮って!」


「ちょっ!綾音抱きつくなって」


 次は綾音と写真を撮る番になったのだが、綾音は俺の隣に並ぶが早いか、俺の腰あたりに手を回してきたのだ。

 俺の立ち位置はそれにより固定されて、けいちゃんもそのタイミングでシャッターを切る。


「けいちゃんありがとう!一生の宝物にするね」


「そんなに喜んでもらえるとはね。本当にアイスくんと白餡ちゃんは仲が良さそうだ。羨ましいくらいだよ」


「本当に中々大変だよ。嬉しくないわけじゃないけれどね」


「白餡ちゃん……あれはレギュレーション違反でしょ」


「私は正式な彼女ですから。嫉妬は醜うござんすよ、ふぃーちゃん?」


「は〜?誰がアイスくんなんかに嫉妬するものですか」


 後ろでは綾音がふぃーと少し言い合いをしていた。とはいえ、やはりふぃーの心情は俺にも読みにくい所がある。俺を文化祭で振っておいて嫉妬というのは、本人の言う通り考えづらい。

 では、彼女が抱えている本心とは一体何なのだろうか。


「そういえば綾鷹は?姿が見えないけれど」


「あと5分くらいで着くって5分前に連絡が来てるよ。要するにもう到着した頃合だね」


「あ、ほんとだ。あれ綾鷹じゃね?」


 けいちゃんが綾鷹の連絡を教えてくれるとほぼ同時に、綾鷹の姿が俺の目にも止まった。


「お、遅れてごめんなさい。す、少し着付けに時間がかかっちゃって」


「誰も待ちくたびれてないから大丈夫だよ。それに浴衣似合ってる」


「あ、ありがとう。あ、アイスにしては気が利くことが言える」


「俺だって褒める時はちゃんと褒めるよ!?」


 綾鷹の浴衣は綾音のものと同じく、黒を基調とした布地だ。

 しかし、綾音のものとは別の花が描かれている。何の花かは俺も詳しくないので分からないが、白色の花弁がとても多い花だ。

 手には藁で編まれた小さめのカバンを持っていた。隙間が開いており、小さなものだと通り抜けてしまいそうで不安だが、そこら辺は大丈夫なのだろうか。

 全体的に可憐な美しさを纏っている風貌であり、綾音のような幼さは感じられない。


「同じ黒の浴衣でもここまで印象が変わるのか……」


「それは私に対する侮辱?それとも称賛?」


「いや、個性は十人十色で素晴らしいなということを明言したんだよ」


「なるほどね。その言い訳なら許そう」


「よし、許しを得た。そうだ、綾鷹も写真を一緒に撮らない?」


「し、写真……ですか?」


 綾音の許しを得たところで、綾鷹も写真を撮らないか誘ってみる。ふぃー、綾音とも写真を撮ってきたのだから、綾鷹だけ撮らないというのは不自然だ。

 ちなみに、まっちゃと写真を撮らないのは至って自然な行為だ。まっちゃもその事に対してなんの疑問も抱いていない。


「アイスに写真撮ろうなんて誘われたら鳥肌が全治2ヶ月でずっと立ちっぱなしだよ可哀想に」


「そんなに鳥肌が!?もはや何かしらの病気だろそれ」


 俺の心を読んだかのようにまっちゃが茶々を入れ始める。


「だから病気に感染するって言ってるの。綾鷹ちゃんも嫌だったら嫌って言った方がいいよ。こいつはそういう弱気な人間に付け込んでくるタイプだから」


「お、俺はそんな嫌な人間ではないぞ。だけど、綾鷹に嫌な思いをさせているなら申し訳ない。忘れてくれ」


「い、嫌じゃないです……。でも……」


「でも……?」


「わ、私に写真はもういらないっていうか……。ど、どうせ見返さないので……」


「あ〜その気持ちは分かるよ。写真なんて撮っても見返すのって直近の話で、1年も経てば見返す機会を失うよね。なんなら、スマホのデータ整理で勝手に消されちゃう可能性もあるし」


「えーー?私は普通に見返すよ?そのためにアルバム分けしてるしね」


「なるほど、綾音が様々なイベント事の写真を即座にLINEで送ることが出来たのはそういうトリックがあったのか」


「思い出は大切!だから綾鷹ちゃんも一緒に撮ろうよ!というかみんなで撮ろ??」


「そ、そうだね。そういうことなら、と、撮りたいかも。み、みんなの思い出になれば」


「よし、そうと決まればここの6人全員で撮るか。でも、そしたら撮影役はどうする?」


「任せて、こういうこともあろうかと、リュックの中に折りたたみ式の三脚を入れておいたんだ。セルフタイマーで撮ろう」


「けいちゃんのリュックは四次元ポケットか何かか?今日俺と同じく模試帰りだよね?」


 俺の荷物は模試から直通で来たこともあり、今日の問題解説と筆記用具、並びに財布しか入っていない。

 確かにけいちゃんのリュックは謎に荷物が詰まっていそうだとは思っていたが、まさか三脚が入っていたとは。ここまで来ると、誰かが疲れた時用の折りたたみ椅子とか持ってそうな雰囲気だぞ。


「備えあれば憂いなしってやつだよ。はい、セットしたからみんな集まってね」


「はーい!ほらみんな笑って笑って〜」


「じゃあ綾音が皆を笑わせてみなよ」


「良かろう。ではモノマネ行きます。お風呂に入ってる時のアイスの歌声の真似。『ホシガ〜フル〜ヨーデ〜〜』」


「ぶっ」


「やっば!そんな裏声で歌ってるの?今度録音してよ」


「おいおいおいおい!!やめろやめろやめろ!!いつの間に俺のリラックスタイムの様子を聞いてたんだ!」


 綾音が急激に俺が風呂でいつも歌っている原キーのアニソンモノマネをし始めた。

 カッスカスの裏声で歌っているところもしっかり再現されており、まっちゃは嘲笑、ふぃーは爆笑と様々な反応が提示されている。

 そして……


 ──パシャッ


 この混沌とした様子はきっちりとけいちゃんのスマホに保存された。笑い方に違いはあれど、その写真の中の人物は皆笑顔だった。

 そう、綾鷹でさえも。


 ────────────────────────


「ほーひ、ふひはははっへほっひひひほう!」


「綾音、まずは口の中の焼きそばを飲み込め」


「んぐんぐ……次は曲がってこっちに行こうって言ったんだよ」


「誰が聞き取れるねん。ま、確かに曲がっちゃった方が楽か。こっちはメインの通りじゃない感じだし、先に回っちゃおう」


 祭りの会場となっている通りは主に3つある。

 その3つの通りはY字型になっており、その交点を軸にして、駅─交点、モール─交点、交点─公園という風に分類ができる。

 Y字の右半分に当たる、駅─交点─公園のルートがメインの通りであり、お神輿などが通る場所で屋台も多い。

 一方、左半分に当たる、モール─交点の通りは、モール自体がそもそも寂れた廃モールであることも相まって、路地裏的な雰囲気が醸し出されている。結果、屋台の数も少なく、そちらを先に回ろうとの提案だ。


「てか、お前いつの間に焼きそばなんて買ってたんだ?」


「ここに来るまでの途中で全く人が並んでいない屋台は全て制覇している。ほら、けいちゃんもかき氷とかたこ焼きとかたくさん持ってるでしょ」


「完全に理解した。お前けいちゃんをパシリに使ってるんだろ!やめろよけいちゃんの善意に付け込むのは」


「大丈夫だよアイスくん。僕もちょくちょく食べ物をつまむことが出来るから、この立場も中々悪くないよ」


「そうなのか?けいちゃんがそれなら別にいいんだけど」


 早速この部活の若干悪いところ、けいちゃん使いすぎ問題が発生している。

 野外のアクティビティだと基本こうなるのだが、面倒くさがりな人間が大半を占めるこの部活の中、積極的に行動するけいちゃんという存在は非常に貴重なのだ。

 去年部の活動で発表会に行った際も、荷物を持ち運ぶといった面倒事は全てけいちゃんが引き受けてくれた。彼に任せている俺にも責任の一端はあるのだが……。


「それだけ持ってると大変だろ。俺も何か持つよ」


「じゃあこのかき氷と唐揚げを持っておいてくれるかい?かき氷はフィオちゃんの分で、唐揚げは白餡ちゃんの分だよ」


「了解した。……って、ふぃーはかき氷なんて買ったのか?俺かき氷は祭りで買ってはならない食べ物ランキング1位だと思うぞ」


「え〜、だってこれだけ暑いと食べたくなるでしょ、かき氷」


「いやいやいや、かき氷なんて氷削っただけなのに300円くらいするじゃんか。上にかかっているシロップも着色料と香料が混ざった水だし」


「アイスと意見が被るのは癪だけど、私も同意見。祭りで買うべき食べ物はそう、お好み焼き等の焼き物系がコスパが良くて最適」


「アイスくんもまっちゃちゃんもコスパ主義だな〜。こんな暑い日に熱そうなお好み焼き食べてたらアツアツで倒れちゃうよ?実際まっちゃちゃんも熱そうじゃん」


 俺の意見に珍しく賛成してきたまっちゃは、隣でハフハフと口を動かしながらお好み焼きを食べている。

 確かにこのクソ暑い中熱い食べ物を食べてる姿が何とも頭が悪そうで、俺の意見の整合性が逆に薄れてしまった。


「アイス見て!ピザの屋台あるよ!ピザ!」


「マジで?それは珍しいな……って1ピース500円??足元見すぎだろ」


「えっと、このマルゲリータとペパロニピザ1つずつください!」


「え、綾音まじ?それいくの??」


 綾音は珍しいピザの屋台という魔力に吸い込まれ、流れで大量購入をして散財している。これは止めるべきなのだろうか。


「毎度あり!お嬢ちゃん可愛いからオマケでもう1ピースあげるよ」


「わーい!おじさんありがとう!アイス〜おまけ貰った!!」


「こういう時はその自分の魅力を存分に発揮するんだな。いつもは嫌がるくせに」


「貰えるものは貰っとく、そういう主義だよ。はい、おまけのピザあげる」


「ありがとう……。ってなんだこれ、宅配ピザのピザをそのまま別の容器に移し替えただけじゃないか……?」


「アイス……考えたらおしまいだよ」


 ピザはどっからどう見ても、家で普段宅配ピザを頼んだ際に届くものと同じ造形をしている。

 全く、祭りというものはこんな詐欺紛いな商売が『ムード』という付加価値を餌にして成立してしまってる場である。くじ引きなんてのはその最たる例だ。

 しかし、綾音の言う通りこの『ムード』に乗らないのは損である。当然俺も無心で楽しんでいきたいのだが……。


「綾鷹大丈夫か?やっぱお前も人混み苦手?」


「す、少し苦手。で、でも大丈夫」


「そうか。ま、少しでも気分が悪くなったりしたら言えよな」


「う、うん」


 綾鷹の存在が俺の中で気がかりだった。

 他の4人はハチャメチャムードでどんちゃん騒ぎをしているのだが、綾鷹だけはずっと心ここに在らずと言った雰囲気で俺らを眺めているだけである。

 最初は人混みに疲れてしまっているのかと思っていたが、人がバラけた裏路地に入ってからもこの調子であり、綾鷹を放ったらかしにして無心で楽しむことが出来ない状態なのだ。


「……ダメだ!あの屋台から来る焼き鳥の匂いが美味そうすぎる!焼き鳥買うぞ!」


「これまた癪だけどアイスに賛同。ちょうどお肉系が食べたかった所」


 とはいえ、俺もそろそろ限界だ。綾鷹も大丈夫だと言っているし、俺だって本気でお祭りを楽しみに行くとしよう!


 ────────────────────────


「アイスーーお金貸してぇ……」


「ダメだダメだ。どうせこれ以上やったって当たらないんだから諦めろ」


「いや、5000円も使ったんだよ?確率的に考えれば多分もう少し引けば当たると思うんだよ!」


「典型的なサンクコスト効果に貶められるなよ。あと、確率的に考えれば25回引いてD賞以上が1回も出ていないんだぞ?残りのくじ数から考えるに、その中にお求めのA賞が入ってる確率は0.002%以下だ」


「えーーん、ほーちゃんアイスがいじめるよ〜」


「仕方ないなぁ……。あと1000円だけだよ?」


「おい、甘やかすな」


 ものの1時間後、綾音は祭りテンションに飲み込まれ、1回200円、3回で500円のくじ引きに30回挑戦──手持ちの5000円を全てよく分からない光るブレスレットに交換してしまった。

 そして泣きじゃくる綾音にまっちゃが1000円を貸そうとしていたので、流石に引き止める。


「わーい、ほーちゃんありがとう大好き!」


「あ、おい待てよ!」


 しかし、まっちゃが懐から札を出した瞬間、待ってましたと言わんばかりに綾音は札をひったくり、先程までいたくじ引きの屋台へ駆け出してしまう。


「ほら言わんこっちゃない。多分5分後にはもう1000円貸してって言ってくるぞ」


「その時はそのとき。あやねんが幸せになってくれるなら私は犠牲を厭わない」

 

「感情が重いって……そういえば、けいちゃんとふぃーは?」


「2人は公園の近くあたりの屋台に向かったよ。あっちはスーパーボールすくいとか輪投げとか、遊べる系の屋台が多いんだって」


「なるほどね、でもなんでまた2人して俺らを置いていったんだ?」


「それはまぁ……配慮というか。未だに原因が不明だからね……」


 俺が問いかけると、まっちゃは1人日が落ち始め、暗がりの空を眺めている綾鷹の方に視線を向ける。

 確かに、綾鷹が拒否反応を示したのは『射的』だ。しかし、それ以外にも祭りの屋台の中で何かしらのトリガーを引き当ててしまう可能性は高い。可能性が0ではないならば排除するべき、とても合理的な判断だ。

 と、まっちゃの視線につられて綾鷹の方を見つめていると、少し離れた場所にいた彼女も俺の視線に気づいたらしい。こちらへと歩みを進めてきた。


「わっ!」


「おい大丈夫か?」


 しかし、その過程で、人混みの中の大柄な成人男性と正面衝突をしてしまう。

 拍子に綾鷹の体は後傾姿勢となり、尻もちをついてしまう。

 俺は彼女の元へ素早く駆け寄り、立ち上がるよう手を差し伸ばす。


「立てるか?怪我はしてない?」


「う、うん。怪我はして無さそう。ありが……痛っ」


「おい、どっか痛そうじゃんか。どこが痛いんだ?」


 立ち上がった瞬間、何処かが痛み、その場にしゃがみこんでしまう綾鷹の様子から、健康報告が虚偽であることが分かってしまう。

 そのしゃがみ込んでいる綾鷹の足元を覗くと、彼女の下駄の左足の花緒が切れ、彼女の足の親指と人差し指の間の部分も擦り切れて出血しているのが確認できた。


「おーい、下駄壊れてるやん。それじゃ歩けないだろ」


「こ、これくらいなら……大丈夫」


「何が大丈夫なんだよ。とりあえずどっか人の少ないところで応急処置するか」


「あ、アイス、で、出来るの?」


「一応な。こういうこともあろうかとネットでかっこよさそうな雑学を仕入れておくのは男のロマンってやつだ。男なら皆クラスに不審者が来た時に返り討ちにする妄想をするだろう。それと同じだよ」


「よ、よく分からない」


「とりあえず、亀城公園に行くか。おーい!まっちゃ!」


「そんな大声で呼ばんでも聞こえるわい。すぐ後ろにいるから」


「うわ、びっくりした!」


 まっちゃを呼ぼうと大声で後ろの方に呼びかけたが、彼女はいつの間にか俺の隣に佇んでいたらしい。

 全く気づかなかった。気配の消し方がおよそ忍者のそれすぎるため、今後暗殺される危険性も考えるべきなのだろうか。


「とりあえず、俺は綾鷹を亀城公園で休ませるから、まっちゃはここで綾音の面倒見といてもらっていい?」


「あやねんと一緒にいるのはいいけど、綾鷹ちゃんをアイスと2人にしておくことに対して多方面の心配が勝る」


「少しは俺を信頼してくれよ。俺がこの期に及んで綾鷹に何かしそうな人間に見えるか?」


「……冗談。ここで私と長話するより、早く連れてってあげたら?」


「分かった。じゃあ綾鷹乗って」


「……。え!?」


 下駄の花緒が切れている状態では普通に歩くことも容易ではないだろうと思い、綾鷹を背負っていくことにした。そのため、しゃがんで綾鷹を受け入れる体制を取ると、彼女は豆鉄砲を食らったかのように驚いた顔になる。


「その足じゃ歩けないだろ。大丈夫、俺は50kgまでなら空気として扱えるから」


「…………。」


「どうした、乗らないのか?」


「で、デリカシーがない」


「え?どういうことだ?」


「わ、私が空気扱いされないって言ってるの!」


 ここ2年の間で最も大きい声であろう綾鷹の反論を聞き、一瞬身がたじろぐ。


「悪かった、悪かったって。今のは言葉の綾だ。俺は70kgまでは空気として扱えるぞ」


「ぼ、ボーダーラインにゆとりを持たせすぎるのも腹が立つ。わ、私は60も無い」


「オウケィ、数値化したのが悪かったな。俺は綾鷹くらいなら空気として扱えるからどんと乗っかってくれ」


「さ、最初からそう言え」


 少々不貞腐れながらも、納得してくれたようだ。

 そうして、ぼふっという効果音と共に、俺の背中に綾鷹の分の重量がかかる。


「うぐ……」


「い、今うぐって言った!うぐって言った!ふんばったよね?ねぇ!」


 しゃがんだ状態から立ち上がろうとした瞬間、俺の腰と膝に多大な負荷がかかり、俺は反射的に口から音を漏らしてしまう。

 当然それを聞き漏らさなかった綾鷹は俺の背中で暴れ始めてしまった。こんなことならもう少し学校のトレーニングルームとかで鍛えておくべきだったか。


「あ、暴れるな……。い、今のは俺の特殊な環境における呼吸音だ。何もふんばっているわけじゃない」


「や、やだ!今絶対力入れたもん!!最悪もう泣く!!」


「ちゃ、ちゃんと捕まれって落ちるだろ!」


「うぅ……。わ、分かった」


 綾鷹が落ち着いたのを見計らってから歩き出す。

 決めた。受験が終わったら体を鍛えよう。本当に。


 ────────────────────────


「よし、これで今日一日は持つだろう」


「あ、ありがとう。で、でもここに絆創膏貼るとちょっと気持ち悪いね」


「それはしゃーないよなぁ。正直絆創膏じゃなくても何かしら布的な物が挟まってればいいとは思うけど。擦り切れてる部分が直接花緒に触れるのが良くない」


「う、うん、これでいいよ」


「絆創膏を持ち合わせていた俺のファインプレーには感謝してほしいね。なんせ中学時代から誰かが怪我をした時に助けられるよう常に絆創膏と消毒液セットを持ち運んでいて……」


「はは、はぁ」


 今日1日テンションがずっと低い綾鷹を見ているのが辛くなり、無理して空回りとも取れるテンションの上げ方をしてみるが、逆効果のようだった。


「何かあったのか?もしかして、あのプールの時のことまだ引きずってるのか?」


「……っ!?」


「大丈夫だって。みんなあの時はびっくりしたけど、もう誰も気にしちゃいないよ。迷惑かけたとか思ってるならそんな心配は捨てていいぜ」


「そ、そう……。み、みんな優しいんだね」


 プールの際、綾鷹が勝手に帰ってしまったことを気にしているのかと思い、声をかけてみるが、それは遠からずも近からず。微妙な反応を返される。


「わ、私はそんな優しいみんなが好き。か、川合さんはあれだけど、みんなと出会えて本当に良かったと思う」


「……そうか」


 綾鷹は俺たち化学部への感謝を述べてくるが、その目は俺と合わない。ずっと地面に向けて会話をしている。


「あ、アイスも。す、好きだよ」


「おう!俺も綾鷹のことは好きだぜ。両思いってやつだな」


「……うん」


「言うまでもないが、化学部のみんなだって綾鷹のことが好きに決まってる。だから、悩み事があるなら隠さずに言ってほしい。俺が助けになるよ」


 これが俺の本心だ。綾鷹は大切な友人である。だからこそ、彼女が悩んでいるならそれを助けてあげるのが友人の定めだと思うのだ。


「あ、ありがとう……。でも……」


 しかし、彼女の心は開かない。


「ごめんね、無理だよ」


「……え?」


 明確な拒絶。そして、この拒絶の意思を示された瞬間、久方ぶりに綾鷹と目が合ってしまった。

 いつもの綾鷹の口調とは打って代わり、キッパリとした口調で、真っ直ぐ俺の目を見据えて、『無理だ』とはっきり言われたのだ。

 その言葉は俺の脳内を混乱させるのには十分だった。今まで噛み合っていた波長が急に崩れるような、そんな衝撃が体内に響き渡る。


「む、無理って、そんな」


「そ、そろそろ戻ろう。み、みんな待ってるかもしれない」


 沈黙が十数秒、そして俺が口を開くと同時に綾鷹は立ち上がり、公園の出口へと歩いていってしまう。

 その背中からは感情を読み取ることが出来ない。ただ、何かしらの決意のようなものを感じたのだ。まるで、勇者が魔王を倒す決心をしたかのような、そんな決意が。


「み、みんなお待たせ」


「遅いよ〜みんなでコメダに休憩しに行こって算段だよ」


「ふぃーのその提案も確かに悪くはないが、空いてるのか?」


「その点については大丈夫。こんなこともあろうかと、僕が今日の朝に予約しておいたから」


「けいちゃんって未来予知者か何かなん!??」


 けいちゃんの先読み行動はここまで来るともはやホラーだ。

 確かに答えから逆算すれば化学部のメンバーが長時間祭りムードの中で立っていられるわけが無いだろうと考え、何か店に入って休憩したがる人物が現れるというのは予想できる。

 しかし、それを実際に店を予約するという行動に移すやつがこの世界にどれだけいることか。そもそも、今回言い出したのはふぃーだし、なんならふぃーが言い出さなかったらその予約っておじゃんになるのでは無いのか?


「で、そこの2人はなんでそんな絶望顔なの。FXで有り金全部溶かしたみたいな」


「そりゃ、くじ引きで有り金全部溶かしたので」


「あ、あやねんに使われるなら本望……」


「綾音お前まっちゃの分のお金まで使い果たしたのか!?流石にやり過ぎだぞ」


「だって、だってぇぇ」


「言い訳禁止、それではここで綾音の処遇を決めたいと思います。綾音はまっちゃに『何でも言う事を聞く券』を1枚贈呈する。異論はありますか」


「異議なーし」

「うん。妥当だね。友人間とはいえお金の貸し借りは責任問題が問われる部分だ」

「し、仕方ないですね」


「え〜裁判員満場一致により可決!はい、綾音の自由はまっちゃによって1つ制限されました」


「そんなぁぁぁ。ほーちゃん!慈悲を……慈悲をください」


「なんでも、か。そうだな、あやねんにして欲しいことが出てきたら使う」


「お手柔らかにね?お願いだよぉ?」


 綾音がまっちゃに涙目アンド上目遣いで懇願している。それにまっちゃもなにか良からぬことを考えてそうな目だ。ドSの目をしていた。とはいえ、当然の報いではいるが。

 しかし、怪我の功名ではあるが、綾鷹も笑顔を取り戻していた。微笑みながら綾音とまっちゃのやり取りを眺めている。


「よし、それじゃあコメダに行こう。けいちゃん先導よろしく〜」


「あぁ、任せて。みんな僕に着いてきてね、はぐれないように」


「はーい」


 こうして、けいちゃん先導、隣にはふぃー、そしてその後ろには綾鷹。

 その1個後ろのブロックに俺とまっちゃが綾音を慰めながら歩いているという状態だ。


 ……見たことがある。


 俺はこの光景を見たことがある。どこで見た?何かしらの既視感を感じているのは確かだ。

 化学部のメンバーが着物を身にまとい、コメダに向かうまでの歩道を一様に歩いている。俺はこの光景を知っている!


 ……怖い。


 それと同時に胸が急激な恐怖で襲われるのも確かだった。俺はこの後に何が起きるかもぼんやりと覚えている。

 そうだ、これは夢で見た事があるんだ。それも1ヶ月くらい前の夢で。

 この夢の結末は……結末は……


「あっ」


 結末を鮮明に思い出した瞬間、そしてそれは綾鷹が声にもならない音を口から漏らした瞬間でもあり、同時に俺が綾鷹の元へ駆け出した瞬間でもあった。

 彼女の左足はやはり擦り傷によって弱っていたのだろう。それに俺がただの応急処置で済ませただけの下駄を履いていることもあり、バランスを崩したのだ。綾鷹の足は左足がもつれ、左側へとゆっくりと倒れ始める。

 そして、ここは祭りによる交通規制が無いエリア、大通りまで出てきている。ということは、普段とは違い交通規制がある分交通量も多くなっており、ドライバー達も血が滾るような目で運転をしている。

 そんな中、綾鷹が倒れた先の車道には寸分先にトラックが走り込んでいた。

 トラックの速度はおよそ時速60km、当然近くに横断歩道や信号があるわけでもなく、減速するような理由は無い。

 唐突に起こる歩道からの刺客にトラックが対応できるわけがなかった。


「綾鷹!!」


 しかし、1人だけこの場面に対応できる人間がいた。それがこの俺だ。

 ぼんやりと頭の中に浮かんだ既視感。そのビジョンが鮮明に浮かんだ瞬間、言葉よりも先に体が動き、倒れかけている綾鷹の右腕を俺自身の体に引き寄せる。


 ──それが失敗だった。


 この場における最適解は、綾鷹の身を俺の体に抱き寄せ、そのまま両手で覆い被さることだろう。

 しかし、その勇気が俺には無かったのだ。俺には綾鷹を抱きしめる勇気がなかった。

 結果、ただ単に綾鷹を歩道側へ勢いよく引き寄せただけになる。

 であれば、次に課題となってくるのは作用反作用の法則だ。

 俺が綾鷹を歩道側に引き寄せた分、その反動として、俺は車道側へ引き寄せられることになる。

 こうして、俺と綾鷹の状況場面はそっくりそのまま入れ替わったことになり……


「あっ!?」


 ここでトラックからクラクションが鳴り響く。トラックからは当然ライトが射出されており、俺の体はその光によって鮮明に照らされている。

 逆に、俺は逆光によって彼ら──綾鷹を含む彼女達の様子を見ることは叶わなかった。

 

 ここまでが走馬灯と言われるものだろうか、時間感覚が非常に遅くなった。

 しかし、その状態もこれでおしまいである。俺の体内時計は世界と同様に動き出し……



 俺の体は宙を舞った。




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