表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/23

12章 夏休みは終わってる

「よし!今日から毎日最低10時間勉強だ。頑張るぞ」


 頭にハチマキを巻き、気合を入れる。

 1学期の授業が全て終わり、今日から夏休みに入るのだ。

 現在時刻は朝の9時、ここから夜ご飯までの時間は休みなく勉強を続けていきたい。

 と、思っていたのだが……。


「アイス〜、遊ぼ〜」


 俺の部屋にノックもなく入ってきたのは綾音だった。


「お前なぁ、入るならノックくらい……お、おま!」


 呆れながら綾音の方を向くと、俺の網膜が刺激で焼かれる。

 綾音が水着を着ていたのだ。

 水色の肌着型の水着であり、ワンピース型になっているのだろうか、肩からスカート部分までが1着にまとめられている。一般的なビキニよりは露出度は低いが、それでも普段着よりは露出度は高い。

 でも、何より……。


「お前それ小学生が着るような水着じゃん」


「はぁぁぁ!?舐めないで貰ってもいい??別に大人な水着を買おうとしたら店員にこっちを勧められたとかじゃないから!」


「大人な水着を買おうとしたら店員にそっちを勧められたんだな」


「むかーー!!!」


 綾音は怒り心頭と言った様子で、俺のことをポコポコと叩いてくる。綾音が腹回りに着けている浮き輪が押し付けられていて苦しい。

 と、部屋の外に視線を向けると、まだ人影があることに気づいた。


「あんまりあやねんをイジメないこと。私キレるよ?」


「え、まっちゃ?」


 部屋の外の廊下から顔を見せたのはまっちゃだった。

 今日のまっちゃのコーデは、サンバイザーを付けており、ダボダボで大きめな白いTシャツを羽織っている。Tシャツには水色でなんだかよく分からない言語や絵が書かれており、何より1番目を惹かれるのは、太ももが丸見えになっているショートパンツを来ていることだ。


「なに、あんまりジロジロ見ないでくれない?キモいんだけど」


「あ、ごめん。それって水着なのか?」


 俺の高校生女子の水着というのは、アニメや漫画の中でよく現れるビキニ型の水着しか知識がない。

 だから、割と普段着みたいな装いをしているまっちゃと小学生みたいな綾音で俺の桃源郷がボロボロと崩れていくのが分かる。


「うん。一応水に濡れても大丈夫なように全部出来てるかな。何を期待してたのさ」


「あ、いや」


「そりゃー、私みたいな水着の事じゃない〜?」


 まだ居たのか、そう俺が口にしようとした言葉は喉の奥に飲み込まれる。

 まっちゃに続いて姿を現したのは、綾鷹、そしてふぃーだった。

 ふぃーの水着はそう。俺が想像していた通りの水着である。

 白いビキニで胸の上半分が露出されており、下半身はもうそれほぼパンツやんという形の衣類が身にまとわれている。


「すげぇ……」


「ふん!」


「いってぇぇぇ!!」


 俺が簡単の声を漏らすと、今までポコポコと叩いていただけの可愛い綾音の拳が、勢いをつけて俺の頭上へと振り下ろされる。


「良いもん、どうせアイスはふぃーみたいに胸の大きい子が好きなんでしょ」


「いや、別にそういうわけでは……」


「そうだよ〜。アイスくんは私が好きなんだもんね?」


「いや、違う。いい加減その変な言いがかりを付けてくるのはやめてくれてないか?」


「なっ……!」


「ふふん」


 ふぃーはいつものように煽ってくるが、今は綾音の前だ。理性なんてものは十二分に働いている。

 特に動揺することもなく、軽くあしらうと、ふぃーは驚きに満ちた顔になり、綾音は勝ち誇ったような顔になる。


「それで、綾鷹も来たのか。そしてそれは……」


「え、えと。みんなそんな可愛い水着持ってるって知らなくて……」


 綾鷹が来ている水着は、一般的なスクール水着である。しかし、これはこれで一定の需要はあり、素晴らしいものだ。卑下する必要は無い。


「いや、スク水も十分素晴らしい。むしろこの中に1人スク水が紛れ込むことでアクセントが……」


「死ね」


「うわぁ」


「イタタタタ……」


 綾音の暴行は殴打から、皮膚をつねりあげる行為へ進化した。

 そして最後の一人、けいちゃんが俺の部屋へと足を踏み入れてくる。


「お邪魔します。アイスくん。驚かせてごめんね、実は今日化学部でプールに行こうって昨日の深夜に決まって」


「そうだったのか。そりゃまた唐突だな」


 ラッシュガードに身を包まれたけいちゃんがこの奇特な状況を説明してくれる。

 昨日の深夜か、今日は夏休み1日目ということもあり、気合を入れて早起きをしようということで、昨日21時には睡眠を取ってしまったのでそれなら俺が知らないのも無理は無い。

 確認のために、触らずに置いておいたスマホを手にすると、昨日の23時頃に綾音が『明日プールに行くぞ』!と送っているメッセージと、賛同のスタンプが何個かグループLINEに送られているのが見えた。


「それで夏休み初日からプールって……お前ら勉強はしないのかよ」


「夏休み初日だからこそでしょ!良いスタートダッシュをきらないと、楽しい夏休みは送れないよ?」


「今年の夏休みに別に楽しさは求めていないのだが……」


 初日から出鼻をくじかれてしまうと、そこからダラダラと自堕落な夏休みを過ごしてしまうことは目に見えている。

 ここは心を鬼にしてでも断りを入れねば……。


「僕もアイスくんの気持ちは理解できるけどね。もし、本当に無理そうなら、僕たち5人で行っちゃおうか」


「えぇ〜。アイスも一緒がいいよ」


「はぁ……」


 綾音が駄々を捏ねて聞かないため、1日だけ、今日だけ自分を許すことに決めた。

 ここで断ると1週間くらい拗ねてきそうだしな。


「分かった。行くって、ただ、この問題1問だけ解かせてくれないか。もう手をつけちゃったから、解かないで行くのは気持ち悪い」


「そのくらいならいいけど」


 綾音から許可を貰い、1度目を通してしまった問題に取り掛かる。

 内容は物理、バネに繋がれた2つの物体の二体問題だ。

 さて、どうやって解くのだろうか。物体Aの運動方程式と物体Bの運動方程式は……。単振動、なんだよな?


「アイスまだ〜?」


「ま。待て。手掛かりが全く掴めない」


 そもそも、伸びとか力とかどういう基準になっているんだ?片方が固定されていないから、ばねの伸びって一様じゃないんじゃないのか?


「……、アイスまだ二体問題で止まってるの?」


「まっちゃか」


 悪戦苦闘している様子を横から見ていたまっちゃが、俺に茶々を入れにくる。


「アイスはまず物理から逃げる癖を無くすべき。物理から逃げてたら、物理もアイスに歩み寄ってこないよ。」


「分かってるって。だからこそ今まで逃げてきた分、こうやって問題に取り組んでるんじゃないか」


「ばねの二体問題、そして物体Aと物体Bの質量同じなんじゃん。じゃあ重心からみたらAとBは重心対称の単振動をするから……」


「あぁぁぁ。二体問題を教えてくるやつはどいつもこいつも重心重心って……!重心ってなんなんだよ!三角形の頂点と向かい合う辺の中点を結んだ線を2:1に内分する点じゃないのかよ!」


「急にヒステリー起こさないでよ怖いなぁ。分かったもういい、アイスに重心を扱うのは多分無理そう。だから、他の物体の気持ちに立つんだよ。所謂相対運動の考え方」


「別のやり方!?」


 物理が得意のまっちゃさんから直々に教えて貰えるのも嬉しいと言うのに、重心ではない別のやり方を教えて貰えると聞き、俺の目はキラキラと輝く。


「そうだね、今回ばね定数kのばねの両端に質量mの物体Aと物体Bが繋がっているけど、そのうちどちらか──今回は物体Aにしよう。アイス、物体Aになり切って」


「物体Aになりきる……?」


 俺はばねに繋がれた物体Aになりきれと言われ、上半身を前後にぐわんぐわんと動かす。


「ふざけないでと言いたいところだけど、イメージとしては合ってる。じゃあこっち向いて」


 まっちゃに言われるがまま、彼女の方を向くと、彼女も俺と同様に体を前後にぐわんぐわんと動かし始めた。


「何やってんの2人とも……」


 隣でふぃーが訝しげな顔でこちらを見てくる。

 俺だって何がなんだかよく分かっていない。


「今アイスから見て私はどう動いてるように見えるかって話。アイスも私も単振動の種類は同じなんだから、単振動によって離れたり近づいたりする距離が2倍になってるだけだよね」


「あぁ。そうかも。電車がすれ違う時〜みたいな話だよね」


「感覚としてはそう。だから、今アイスから見て私は本来受けてる力の2倍の力を受けて単振動をしてるように見えるってこと」


「あぁぁ。なるほど、感覚は理解した」


 要するに、運動方程式はma=-2kxとなるということだろうか。俺は白紙につらつらと問題を解き始める。


「本質はそこじゃないんだけどね。換算質量が今回の場合m/2で、そこで運動方程式を立てたあと両辺を2倍したものがアイスの書いた式なんだけど……。まぁ、今のアイスの理解でこのタイプの問題は突破できるよ」


「そうか、ありがとう」


「じゃ、みんな私の部屋で待ってようよ。日焼け止め塗らないと、焼けちゃうし」


「そうだね。白餡ちゃんのお部屋もどんな感じか気になる〜」


「わ、私日焼け止め持ってないので、だ、誰か貸してくれると……」


「あ、じゃあ僕の使うかい?綾鷹ちゃんの肌に合うかは分からないけど」


 俺が1つの大問を解いている間、綾音、ふぃー、綾鷹の3人は綾音の部屋へ行くそうだ。

 まっちゃとけいちゃんは俺の部屋に残っている。


「まっちゃは良いのか。あっちに混ざらなくて」


「私はもう家で塗ってきたから。それに、アイスとけいちゃんの2人に話したいことがある」


「俺たちに?」


 まっちゃが話題を振ってくる。俺は問題を考えながら、少しペンが止まったので、まっちゃの方へと椅子を回転させる。


「うん。今日綾鷹ちゃんの家に綾鷹ちゃんを迎えに行った時なんだけど」


「お前、綾鷹の家も知ってるんだ」


「そうね。いつもみたいに嫌悪感を押し殺してまで、一人でアイスの家に行く必要は無いし、誰かと一緒に行こうかと思って」


「俺の家に来るのそんなに嫌なのかよ」


 まっちゃは綾音に会いに来るため、頻繁に俺の家へ上がり込むことが増えた。しかし、そんなにも嫌だったとは。


「その時に綾鷹ちゃんが準備している間、玄関先で綾鷹ちゃんのおじいさんおばあさんとお話する時間があってね」


「へぇ、ジジババが。珍しい」


「あの子、おじいさんとおばあさんと一緒に3人で暮らしているからね」


 綾鷹、おばあちゃん子なんだ。確かに綾鷹からは和風の実家の匂いみたいなものがいつもする。

 いや、俺の実家はここなんだけど。


「それで、おばあさんから、『最近あやかの元気が無くて……。何か知らないかしら?』という風に声をかけられたのだけど、なにか2人は心当たりはある?」


「綾鷹の元気がない……?」


「綾鷹ちゃんは確かに活動的なタイプでは無いけれど、僕の見る限り酷く落ち込んでいるといった様子はなかったと思うよ」


 俺もけいちゃんに同意だ。

 最近、予知が外れることが出てきたり、会話の途中で考え事をしているのか無言になることはあったりしたが、それで綾鷹が酷く落ち込んでいると解釈するのは、過大評価だろう。


「そうなの。おばあさん曰く、家で全然笑わなくなっちゃったとか。それで、2人にも何があったのか綾鷹ちゃんにさりげなく探りを入れてほしいんだけど」


「それは心配だね。僕も微力ながら協力させてもらうよ」


「ん〜まぁ、あいつは大丈夫じゃないか」


 けいちゃんがとても心配そうにするのとは対照的に、俺は割と心のゆとりを持っている。


「それは何を根拠に?」


「2人には言ってなかったかもしれないけど、綾鷹って実は白餡が自殺未遂をすることを予知してたんだよね」


「え!?」


 まっちゃとけいちゃんが驚きを示す。まっちゃに至っては、口から感嘆符が漏れていた。


「あの時綾鷹が予知してたから俺も綾音を助けられたっていうか。だから、綾鷹はまたなんかちょっと嫌な出来事の予知でもしちゃったんじゃないかな」


「確かに、可能性としては考えられなくもないね」


「そうそう。無理に詮索するのも良くないし、綾鷹はあの感じで頼る時はちゃんと頼るタイプでしょ。何か本当に嫌な予知でも受けたら相談してくるって」


「うーん。そうかなぁ」


 けいちゃんはどっちつかずな態度で中立的な意見を示しているが、まっちゃに関しては少し納得出来ていない様子である。


「分かった。それじゃあ俺からもさりげなく綾鷹に話しかけてみるよ」


「アイスと会話することが逆にストレスにならなければいいけど」


「どういう意味だ」


「だって私だったら泣きっ面に蜂って感じだし」


「綾鷹はお前ほどに性悪ではない」


 完璧聖人である……とまではいかないが。


「ま、私が言いたかったのはそれだけ。アイスも問題解き終わったでしょ?そろそろプール行こうよ」


「あ、あぁ」


 机の上にあった問題集を片付け、俺たち3人は部屋を出る。

 さて、綾音の部屋に居る3人も呼び出しておこう。


「綾音〜準備できたか?入るぞ〜」


「あっ。ちょっと待っ!」


 これは俺の完璧な過失である。自分の家であるということに気が緩み、妹の部屋を開けるかのように綾音の部屋の扉を開けてしまった。

 彼女たちは今日焼け止めを全身に塗っている最中である。

 ということは、水着を一時的に体から外しているわけで……、彼女達の肌色が障害物なしに一瞬俺の網膜に焼き付く。


「なっ、まっちゃ!?」


「先人達はとても良い手術法を編み出している。眼の上方から針を入れ、脳の一部分を切断することで人間の記憶や感情を意図的に操るという手法が……」


「ロボトミー反対!!」


 まっちゃに押し倒され、非人道的な手術をされかけている間に、綾音組3人も準備は整ったようだ。


「じゃ、行こっか!プール」


 ────────────────────────


「着いた〜〜!!!」


「ちょっと待って!??聞いてない聞いてない!!!」


「どしたんアイス」


 俺たち6人一行はプールへとやってきた。ふぃーと綾音に関しては目の前に広がる流れるプールにはしゃいでいる様子であるが、俺は気が気ではない。


「待て待て待て、これホテルだよな!?どうなってる!?俺はてっきりヒューナックアクアパーク水郷に行くもんだと思っていたんだが!?」


「あ〜あそこもいいよね。サヌマサンビーチが潰れちゃったから、近くのプールってここかあそこくらいしかないし」


「で、なんでこっちを選んだ!?そもそも昨日決まったんだよな!?なぜ予約が取れている!?」


「ちょっ、アイス質問が多い……」


「大丈夫だよ。このホテルは僕の父が経営してるから」


「え、けいちゃん……?」


 俺が綾音に問い詰めていると、けいちゃんが仲裁に入り俺を止めてくる。


「ここのホテルリバーサイドつくばは、僕の父が経営しているホテルなんだ。だから、僕がプールに行くと昨日家族に伝えたら、急遽部屋を手配してくれることになったんだよね」


「え、そんないきなり迷惑だったんじゃ。それに高校生だけで宿泊だなんて」


「法律上は親権者の同意があれば高校生同士の宿泊も認められているはずだよ。それに、僕の父もあそこのフロントにずっといるし、快く承諾してくれた。気にしなくていいよ」


「けいちゃんの父親はけいちゃんみたいな性格ということか……」


 仮に、彼の父親がそっくりそのままけいちゃんみたいな性格なのだとしたら、自分の忙しさや苦労などを気にせず、息子の友人のためにホテルの予約を埋めることも厭わないだろう。

 経営者としては絶対に向いていない性格だ。非合理的すぎる。


「と、言うわけだから、ぼーっとしてないで行くよ。ふぃーちゃん一緒にスライダー行こう!」


「うん〜楽しみ!」


「あ、行っちゃった」


 一目散に駆け出していく女子二人を尻目に、俺は後ろの畳に座っている女子二人を見つめる。

 今俺が座っているのはホテル宿泊者専用の休憩室だ。

 このプールはホテルに併設されているが、一般客と宿泊客が混在しており、俺たちのような宿泊者の特権として、この広い休憩室が使用可能となっている。

 その一角には6畳程度の畳が敷かれたスペースがあるのだが、綾鷹とまっちゃのお茶組はそこで将棋を打っていた。


「お前らはプール行かないのか?」


「暑いし興味無い」


「わ、私は泳げなくて」


「お前らよくプールについてきたな」


 このインドア組は本当に何故プールについてきたんだ。もっと何か別のアクティビティを提案すればよかったのに。


「あ、そうだアイスジュース買ってきてよ」


「はぁ、なんで俺が」


「けいちゃんと一緒にさ。けいちゃん無料券持ってるでしょ?」


「うん。ほらこれ、売店で何度でも使えるドリンク無料券。あとは焼きそばカレーフランクフルトポテト無料券とかもあるから、これを売店の店員に見せれば無料で飲み食いできるよ」


「あ、ありがとう」


 その無料券の入手経路は……聞かないでおこう。

 仕方ないので、まっちゃに促されるがまま、俺とけいちゃんは売店へと向かうことにする。

プールは夏休みということもあり、人でごった返していた。初日でもこんなに混むんだなぁと少々感動していると、売店に繋がる長蛇の列を発見する。


「えっと……、綾音はオレンジジュース、綾鷹は爽健美茶でいいよな。ふぃーは……何でもいいか。まっちゃって何飲むんだ?」


「確かまっちゃちゃんはメロンソーダが好きだったはずだよ。サイゼとかマックに行く時いつも飲んでるでしょ?」


「え、そうなんだっけ。意外だな」


 けいちゃんはやはり人のことをよく見ている。まっちゃがそんなに毎度メロンソーダを頼むという事実すら知らなかった俺とは正反対だ。

 けいちゃんであれば女子の些細な変化とかにも簡単に気づけるんだろうな。


「じゃあ、メロンソーダ、オレンジジュース、爽健美茶、ふぃーはカルピス、俺はコーラで。けいちゃんは?」


「僕は烏龍茶でお願い」


「了解」


 俺はけいちゃんからチケットを貰い、売店でドリンクと軽食を購入する。

 この無料券、やはり一般には流通していないものなのか、バイトの高校生か大学生に見せても、購入が上手くいかなかった。

 仕方なく、上の者を呼ばせることで購入は出来たが、なんだか俺がいちゃもんを付けたクレーマーみたいである。


「ここでケチャップとマスタードをかけるのか。別皿に盛った方がいいか?」


 何も付けずにフランクフルトを味わう派閥もいるだろうという、俺の最大限の配慮により、調味料を別皿に盛って休憩室へ向かうことにした。


「あれ?けいちゃんがいない」


 しかし、戻ろうとすると、先程までけいちゃんがいた場所に彼が居ないことに気づく。

 俺のことを置いていくような意地悪はしないような人間だと思うのだけど。

 先に休憩室に戻ったのかとも思い、休憩室にドリンクとフードを持って到着したが、けいちゃんの姿は見つからない。


「あれ、けいちゃん戻ってきてない?」


「見てない」


「まーじか、はい。メロンソーダと爽健美茶」


「ありがと」


「た、助かります」


 彼女たちは2人で将棋に真剣だ。口数も少なくなっており、あまり邪魔をしない方が良いだろう。


「けいちゃん探しに行くか」


 そう思って、休憩室を出ようとすると、俺が探そうと思っていたけいちゃんは駆け足で目の前に飛び込んできた。

 けいちゃんは慌てており、両手には知らない小学生くらいの女の子を抱えている。女の子はぐったりとしている様子で、目を開いていない。


「え、けいちゃん!?それにその子は?」


「熱中症か脱水症状でプールサイドでフラついていた後に倒れた。()は氷を取ってくるから、()()()はバッグの中に入っている経口補水液をこの子に飲ませてあげて」


「あ、あぁ。分かった」


 言うやいなや、けいちゃんは相当焦った様子で氷を求め、食堂の方へと向かっていく。

 俺はけいちゃんの言う通り、とりあえず女の子を畳の上へ寝かせ、状態を軽く起こした状態でけいちゃんのバッグの中からOS-1を取り出して飲ませる。

 まっちゃと綾鷹も緊急事態と察してか、将棋を一時中断し、こちらの手伝いをしてくれている。

 まっちゃは必死に団扇を仰いだり、綾鷹は自分の飲んでいた爽健美茶の中身を氷ごと袋に移し替えて、女の子の脇に挟むなどしている。


「なるほど、そういう手があったか。綾鷹、俺のコーラでもやってくれ」


「は、はい」


 綾鷹の気の利いた行動力に感服し、俺のドリンクでも同様のことを行うよう指示をする。

 すると、休憩室の入口から2人の男女が入ってくるのが見えた。


「あ!見つけた誘拐犯ども。ウチらのしずくに何する気?」


「ゆ、誘拐……?」


 2人はおそらくこの女の子のご両親だろうか。派手な髪で相貌は一般的にヤンキーママと言われるような姿をしている。父親の方も筋肉質で屈強であり、到底力では適わなそうな相手に見える。


「知らない男がウチらのしずくを急に連れ去ってく様子を見たんだよ。追いかけてきたらここにたどり着いた。お前らもグルなんだろ?」


「ち、違います。俺たちは誘拐をしたわけじゃ」


「じゃあ今そこにいるしずくは何だってんだ?」


「いや、これはその……」


 強面な父親に詰められ、俺は言葉を濁す。

 その時、その2人の後ろからけいちゃんの声が聞こえた。


「駄目じゃないですか。きちんと娘さんには水分補給をさせないと」


「あ?誰だおめぇ」


 けいちゃんはニコっと笑った様子で部屋に入ってくる。

 手に持っていた冷却シートや冷枕をこちらに投げてきたので、俺はそれを見事キャッチし、女の子の首元へ適用する。


「プールだから水分補給が必要ないとでも思ったんですか?ダメですよ。塩素消毒によって塩分濃度が上がっているプールの水は逆に体から水分を奪っていきます。こまめな水分補給をしないと、しずくさんのように脱水症状を起こしてしまいますよ」


「なんだこいつベラベラと……。それにしずくが脱水症状だ?そんな風には見えなかったぞ。てめぇが適当な言い訳……」


「見てなかった、の間違いでしょう?」


「あん?」


 けいちゃんと父親の睨み合いが発生する。どちらも1歩も引く気は無いようであり、あのオーラを放つ父親に平然と笑顔のまま立ち向かうけいちゃんには何か恐ろしいものを感じる。


「僕には世界で許せないものが2つあるんですよ。1つはいじめをする人間。もう1つは自分の子供を見ていない親。この2つです」


「あ?俺達がしずくを見ていないわけないだろう。変ないいがかりは」


「はぁ」


 けいちゃんは深く大きなため息をついた。若干ではあるがイライラしている様子も見受けられる。

 こんなけいちゃんを見るのは初めてであり、俺ら3人の間にも少々の緊張が走る。


「とりあえず。救急車は呼んでおきました。あの子を搬送するので、自分が親だと主張するのであれば、同乗したらどうですか?」


「な、何を勝手なことしやがってんだ」


「言っておきますが、あなた達みたいな毒親、彼女には不要です。害でしかない。早急に施設にでも預けた方が彼女のためで……」


「そ、そんなはずないです!」


「え?綾鷹?」


 けいちゃんの言葉に強く反応を示したのは、父親の方ではなく、綾鷹であった。


「どうしたんだい?綾鷹ちゃん。僕は今なにかおかしなことを言ったかな?」


 けいちゃんは笑顔でこちらへ向き直り、両手を広げて困ったような仕草を見せる。


「こ、子供にとって、親が居なくなっていいこと……なんてない……です……と思います」


 綾鷹はおずおずと終盤は小声になりながらも自分の意見を述べた。


「そうかな?それは綾鷹ちゃんが恵まれている環境にいるから正常性バイアスが働いているとかそういう話ではないのかい?」


「……っ!」


 綾鷹の顔が一瞬濁る。


「どんな理由があれ、毒は排除すべきだ。さすれば世界は綺麗になり、平和が訪れる」


「そ、それでも…………!」


 長い沈黙の後、綾鷹は言葉を紡ぎ続ける。

 が、それはけいちゃんに対する反論ではなかった。


「ご、ごめんなさい。何でもないです……」


「…………」


「救急隊到着しました!熱中症の患者はこちらです!」


「あ、はい。ここに……」


 けいちゃんと綾鷹の間にも気まずい沈黙が流れてしまい、しずくちゃんの両親が完全に空気となってしまっている所に、けいちゃんが呼んだという救急車の方々が到着した。

 俺は担架を持った彼らを誘導し、しずくちゃんを運んでいただく。


「あ、おい待てよ!」


 しずくちゃんの両親も、流石に救急隊に担いでいかれるしずくちゃんを黙って見ている訳にはいかなかったのか、救急隊の後ろを追いかけていった。おそらくあのまま同乗するのだろう。

 休憩室の中では、相変わらず綾鷹とけいちゃんは睨み合っている。


「綾鷹ちゃんごめんよ。僕も少し気が動転していたようだ。強い物言いをしてしまって申し訳ない」


「う、うん。私もごめんなさい」


 先に口を開いたのはけいちゃんであり、少し上っ面のようにも聞こえる謝罪を綾鷹に済ませる。彼女も許しているようだし、大きな問題に発展することは無さそうだ。


「ぷはー!休憩!!」


「あ、カルピス買ってあるじゃん!気が利く〜」


 と、重い空気を中和するかのように、綾音とふぃーが休憩室に姿を現した。

 彼女らは入ってくるやいなや机の上に置いてあるジュースや軽食に貪りつきはじめ、微笑ましさに周囲の人間も笑みを浮かべる。


「ほーちゃんもプール行こうよ。スライダー楽しいよ?」


「え、いや。私は別に……」


「え〜〜勿体ないって。アイスも行こうよ」


「あぁ、うん。俺は行くつもりだったから」


「やったぁ〜」


「あ、それじゃあ私浮き輪やビーチボール取ってきますね」


 このホテルには宿泊者用に貸し出しているレンタルの浮き輪やプールで使える遊び道具などが存在する。


「それじゃあ僕が道案内しようか」


「だ、大丈夫です。私一人で行けます」


 けいちゃんが綾鷹と一緒に休憩室を出ようとするが、その行動を先回りして止められる。


「はは、少々心を閉ざされてしまっただろうか」


「まー別に何ともないっしょ。時間が経てば元通りになるって。さ、みんなでプール行こう」


 水分補給をしっかり取った綾音とふぃー、まっちゃを連れ、俺はプールへと向かう。

 けいちゃんは休憩室で綾鷹を待つことにしたようだ。


 ───────────────────────


「ぷはー!気持ちよかったね」


「あぁ。もうウォータースライダーは当分いいかな……」


 5時間ほどプールで遊び続け、プールの閉園時間となってしまった。

 日帰りのお客たちがぞろぞろと帰っていく中、俺たちはホテルの館内へと戻り、けいちゃんの手続きが完了するのを待つ。


「あやねん本当にウォータースライダーばっかりやってたね。飽きないの?」


「確かに30回以上はやったかも?だってあれが1番楽しいし」


「ご、ごめんなさい。私がビーチボール続けるのが苦手で……」


「綾鷹ちゃんが気に病むことじゃないよ。そこのアイスなんてボールぶっ飛ばして敷地内から出しちゃってたじゃん」


「綾音よ……それは掘り返さないでくれ……」


 俺たちはウォータースライダーの他にも、プール内でボールを使ったバレーのような遊びもしていたが、俺が調子に乗って打球をしたせいで、ボールはフェンスの向こう側へ行ってしまったのだ。

 よって、俺だけ小一時間ほどプールから離れ、ボールを探していた時間があった。


「みんな。お待たせ、鍵を借りてきたよ。ご飯は19時でいいかな?」


「ありがとう、けいちゃん。……ってあれ?」


 フロントから帰ってきたけいちゃんを見るが、俺の想定していた様子とは違っていた。

 鍵を1つしか持っていないのである。


「え、けいちゃんもしかして部屋1つだけ?」


「あぁ、ごめんね。昨日急遽ってことだったから空いている和洋室1部屋しか使えないって言われちゃったんだ。1部屋だけど、広い洋室と広い和室で窮屈には感じないと思うよ」


「いや、スペース的な部分は特に気にしてないんだが……」


 俺はざっと女子4人の方を見渡す。


「私はもうアイスと住んでるんだし、なんてことないよ」


「私はあやねんがそれでいいなら別に」


「ま、減るもんじゃないしね〜」


「……」


 目を開かずとも誰がなんのセリフを言っているのか分かるくらい、いつも通りの返答が返ってきた。いや、この3人が異常なだけだろうけど。

 ただ、1人だけ無言の人間がいたので、声をかける。


「綾鷹はいいのか?正直無理強いは出来ないけど」


「あ、えと……」


 綾鷹は俯きながら、何も無い左右をキョロキョロと見回し、言葉に詰まりながら精一杯の返答をする。


「私は……うん。大丈夫」


 彼女は頬を紅葉させながら話す。

 まぁ、大丈夫ということなら大丈夫なのだろう。


「え、何これ!射的?流しそうめん?卓球?花火???」


 綾鷹を気にかけている最中、綾音やふぃーに関してはけいちゃんの持つ荷物に群がっていた。

 確かに、鍵しか気にしていなかったが、よく見てみるとけいちゃんは他にも様々なサービス券を持っているように見える。


「うん。ここでは夜ご飯のところで流しそうめんをやっていたり、その時間には広間で小さな縁日が行われているんだ。花火とかは量は少ないんだけど、時間があったらやれればいいかなって」


「いいね〜。それ私もやりた〜い」


「射的…………」


「綾鷹?大丈夫?」


 けいちゃんとふぃーが射的の話題、まっちゃと綾音が卓球の話題で盛り上がる中、やはり1人綾鷹だけは気分が上昇していない様子だ。

 それに、射的というワードを聞いてから、少し手足が震えているようにも見える。体調でも悪いのであれば、流石に心配だ。


「あ、アイス。ごめん、ぷ、プールで疲れちゃったみたいだし、は、早く部屋に行こう」


「あぁ。けいちゃん鍵ちょうだい」


「はい、僕は卓球の予約をしてから向かうから、君たちも先に行っているといいよ」


「ありがと〜けいちゃん」


 部屋は2階の角部屋だ。階段を上がり、目的の部屋へと向かう。


 ────────────────────────


「ひろーーい!!!!!」


 部屋に入り、まず驚愕したのはその広さだった。

 綾音は興奮しながらベッドへとダイブしている。


「下手したら俺ん家の1階部分よりも広いな」


 部屋は、和洋室となっており、ベッドが2台あってもスペースにゆとりがある洋室と、畳の数的には恐らく15畳以上ある和室からなっている。

 さらに、その奥にも窓から外の景色を見渡せるホテル特有のスペースが広がっており、6人で過ごすとはいえ窮屈さを全く感じさせない。


「私ベッドがいい〜」


「何言ってるんだ。このベッド2台は俺とけいちゃんで使うに決まってるだろ」


「は??けちーー」


 ベッドの枕に顔を埋めたまま、綾音は縄張りを主張するが、当然和室洋室のうち片方が男子、片方が女子部屋となる。

 であれば、2台のベッドはちょうど二人いる男子で使用するのが合理的だ。


「そうだ!アイスと私が一緒に寝ればいいんだよ。それで解決」


「そんなこと出来るわけないだろ」


「えー?だって私たちもう一緒に住んでるんだし、そのくらい別にどうってことないでしょ」


「ダメだ。」


「あやねん、うちらはあっちで枕投げしようよ。それでいいでしょ?」


「枕投げ!やるー」


 綾音が俺と同じベッドに寝ることを嫌ったのか、まっちゃが彼女を俺から遠ざけようとする。

 しかし、今この状況ではまっちゃの悪意もありがたいものだ。

 すると、部屋の扉が開き、けいちゃんが入ってきた。


「うわぁ。確かに広いね。先にお風呂入っちゃって、ご飯前に卓球とかする?」


「いいね、元卓球部の本気見せてあげるよ!」


「え、綾音って卓球部だったんだ」


「そだよー。ほーちゃんと一緒に入ってたんだ」


「なるほどね。それならまっちゃも経験者なのか」


 卓球経験者との卓球はかなり無謀だ。如何せんあの小さな球に回転などかけられてしまえば、初心者は当然対処できない。


「人並みには……?そんなに上手じゃなかったけど」


「卓球部の人並み、信用出来なすぎる」


「ま、私はあやねんと卓球するから、アイスはダーツでもしてなよ」


「卓球場にダーツ台もあるのか。嬉しいな」


「そうだね。そしたら各自夜ご飯の時間まで自由に過ごすことにしようか」


「了解!ほーちゃん、ふぃーちゃん、綾鷹ちゃん、お風呂行こ〜」


「は、はい。今準備するので……」


 こうして、各々が各自の時間を過ごすことになった。

 それじゃあ俺も風呂に入りに行こうか。


 ───────────────────────

 ♡


 ふぃーちゃんを含め、この化学部のメンバーとお風呂に入ることは今まで無かったことかもしれない。

 ほーちゃんとは昔入ったことはあるけれど、高校生になってからそんなことは無かったし、そもそもうちの高校は修学旅行が存在しない。

 昔は修学旅行が存在していたらしいけど、遠い先輩が京都の歴史的建造物に落書きをしたせいで、それ以降学校全体で修学旅行をしなくなったそう。酷い連帯責任だと思う。

 そんなこんなで同年代の女の子とお風呂に入るのは本当に久しぶりなんだけど……。


「みんなスタイル良すぎない!?」


 私の低身長絶壁体型が恥ずかしくなってしまうほど、周りのスタイルが良すぎるのだ。


「え、そうかな?あやねんのほうが可愛いと思うよ」


「そうだよー。私なんか最近太っちゃってさ」


 ほーちゃんとふぃーちゃんが否定に入ってくるが、隣の芝は青いというやつに他ならない。

 ほーちゃんは持ち前の身長165cmという高身長を生かした、モデル体型のような体型をしている。スラッとした佇まいは、ずっと眺めていると惚れてしまいそうになるくらいだ。

 ふぃーちゃんは対照的に、良いところに肉が付いてる豊満な体型といったように思える。主張しすぎない胸に、引き締まったお腹。だけど、太ももやヒップなど、男ウケが良さそうなところはきちんと肉付きが良い。これはアイスが体目当てで一目惚れしたのも頷ける……。


「ぐぬぬ……。それに綾鷹ちゃん」


「ひゃっ!は、はい?」


「綾鷹ちゃん胸大きすぎるでしょ!?どうなってんのさ!?」


 まさかの綾鷹ちゃんが隠れ巨乳であることも発覚した。人類の敵である。


「い、いや……。わ、私普段はさらし巻いてるので目立たないようにしてるんですけど……。」


「はぁぁ!私に対する煽りですか。推定Eカッブ……。いや、Fはあるか……?」


「あ、あの。あんまりジロジロ見ないでください……」


「くそぅ……。まさかこんな隠れ巨乳が身近に居ただなんてあの変態に知られたら、私の彼女としての立場が危うい……」


「え……?」


 周りの女の子たちは本当に可愛い。それでいて魅力的なんだ。

 それに対して私には一体なにがある……?本当にアイスを引き止めておくだけの魅力が私にはあるのか……?


「あぁもう!のぼせちゃった!私はもう先に出て部屋に戻ってるよ」


 思考が良くない方向に傾いてしまい、頭がオーバーヒートしそうなので、とりあえずお風呂から出ることにした。

 綾鷹ちゃんが続きの言葉を紡ごうとしていたが、私はそそくさと脱衣所へと向かう。


「そっか……。不安なんだ……」


 一緒についてきたほーちゃんとふぃーちゃんはサウナに向かうらしい。

 そして、露天風呂の扉を閉め、綾鷹ちゃんの声は誰にも聞こえなくなった。


「じゃあ私にもチャンスはあるのかな?」


 ────────────────────────


「さぁ!流しそうめん&縁日タイム!」


「おーー!!」


「じゃあ僕が流すから、みんな頑張って食べてね」


 各自、お風呂から出たり、卓球で遊んだりした後、夕食の時間になった。

 夕食は当然ホテルということもあり、豪勢な食事もあったのだけれど、俺たちの目的はそこに含まれている流しそうめんという献立だった。


「私、流しそうめんとか初めてかもー」


「わ、私もない」


 ふぃーと綾鷹は流しそうめんという行為自体が初めてということもあり、かなり興奮している様子だ。


「じゃあハイペースで流してくからね〜」


 そうけいちゃんが合図すると同時に、素麺が竹で出来たレールの上を滑り始める。

 そして、俺の目の前に来たこの瞬間に箸を斜め45°の角度で素麺の束に差し込み、一気に引き上げる!!


「たぁぁ!!!」


 結果、俺の箸にかかった素麺は麺2本のみということになった。


「やっっば!アイス下手すぎでしょ」


「はい。これあやねんの分」


「ほーちゃんありがとー」


「……そうめんを別の人間に取ってもらっている人間に馬鹿にされたくねぇ……」


 綾音が無様な醜態を晒す俺に嘲笑を与えてくるが、こいつはまっちゃに介護プレイをされている状態だ。こいつに馬鹿にされるのはかなり腹が立つ。


「とは言っても、メインの料理は食べちゃったから、そんなに量は食べられないね。ほーちゃんもういいよ」


「そう?じゃあ私が食べるね」


 この流しそうめんは言わば料理のコースでいうデザート的な立ち位置で登場しているのだ。

 既に満腹な様子を呈しているのが、綾鷹と綾音のダブルあやあやコンビである。


「ふぃーちゃんとまっちゃちゃんはまだ食べそう?」


「うん!これ楽しいからもっとやりたいー」


「分かる。食べたくはないけど、そうめんを取るという作業に無心になれる」


「ごめんそれは分からないー」


 どうやら、ふぃーとまっちゃはまだ流しそうめんに夢中になっているようだ。

 であれば、俺は綾音と綾鷹を連れて、あれに行こう。


「綾音、綾鷹、どうだ、プチ縁日に行かないか?」


「いいね!賛成!」


 けいちゃんがチェックインの時に渡してきたサービス券の中には、「射的」と書かれた券があった。

 どうやら、夏休みの期間限定でホテルの会議室でプチ縁日が楽しめるようであり、そこで輪投げや射的が楽しめるそうなのだ。これはやらない訳にはいかない。


「綾鷹もどうだ?」


「…………」


 綾音は即座に賛成の意を示したので、綾鷹にも問いかけるが、反応がない。


「綾鷹?」


「あ、うん。ご、ごめん。行こう」


「ほらー!2人ともこっちこっち!」


 綾鷹も一緒に行く意志を見せると同時、綾音はもう既に会議室の入口で俺たちを手招きしていた。


「いらっしゃいませ!」


「すげ、割とちゃんと縁日だな」


 会議室の中には射的ブースと輪投げブース、スーパーボールすくいブースの3つに分かれていて、やはり目玉は射的ブースといった感じなのだろう。

 おそらく地元の小学生が何かしらの学級行事としてのボランティアで働かされており、小さな姿でせっせと接客をしている姿が実に微笑ましい。


「私、あのぬいぐるみ欲しい!射的1回やらせてください!」


「はい。1人5玉になります」


「じ、じゃあ私は輪投げを……」


「お、いいね。俺も射的より輪投げの方が興味があった。綾鷹やろうぜ」


「えーー、アイスそっちなのー?」


「ふん。射的は物理的に取れない景品が多いからな。取れてせいぜい下のお菓子くらいだろう。でも、輪投げは完全に実力ゲーム、こっちの方が合理的だよ」


「もーー。合理主義ウザすぎ!じゃあ私は射的でぬいぐるみ狙うから、アイスは輪投げでそのぬいぐるみ狙ってよ!」


「はいはい。じゃ、綾鷹こっち」


「う、うん」


 俺は綾鷹を手招きし、輪投げに誘う。彼女は笑顔になり、トコトコと歩いてくる様子をみせてきた。非常に可愛い。


「それでは、こちらが輪になります」


 輪は1人9個。棒は3×3の配置で9個あり、1つでもビンゴが作れれば好きな景品が貰える親切設計だ。

 ここは綾音の機嫌を取り繕うためにも、ビンゴを揃えてぬいぐるみをゲットせねば。


「おーー、お上手ですね!」


「あ、ありがとうございます」


 ふと、チラリと視線を横に向けると、速攻で2つの輪を投げた綾鷹が、既にリーチを作っていた。


「すげぇな綾鷹。うますぎるじゃん」


「こ、こういうのは勢いが大事」


「かっけぇ……。最速ビンゴ作っちゃおうぜ」


「う、うん」


 そうして綾鷹が振りかぶって輪を投げようとした瞬間だった。


 パンッ!!!!!!


 会議室内に銃声が鳴り響いた。

 その音は狭い室内を何度も反響し、耳の中へと入ってくる。


「うわっ!めっちゃ響く〜!外れちゃったし」


「すみません狭い室内なもので……。音が反響してしまうのですよ」


「なるほど、綾音が射的で打った音か。綾鷹、大丈夫……」


 音の出処が分かりほっとした瞬間綾鷹を見たが、そこには先程までの自慢げな綾鷹の表情はなかった。

 両の手に持っていた、綾鷹の輪っかは全て床へと散乱していた。まるで綾鷹の手に力が入らなくなったかのようである。

 そして、彼女の顔色もなにやら青ざめており、過呼吸になって焦点の合わない瞳でどこかを見つめていた。


「お、おい!綾鷹!大丈夫か!?」


「だ、だい、う、うん。はぁ…はぁ……」


 パンッ!!!!!!


「ぐぅっ!!!」


 綾音の2発目の銃声が鳴り、更に綾鷹の動悸が激しくなるのが伺えた。

 そして、耐えきれなくなったのか、彼女は会議室を出て、ホテルの外へと勢いよく飛び出してしまう。


「お、おい綾鷹!!待てよ!!」


「え、アイス!?」


 後ろで綾音が驚いた声をあげていたが、構わず俺は綾鷹を追いかける形を取る。

 彼女はそこまで長い距離を走っていったわけではなく、ホテルの入口から50m程先にあるバス停の元にあるベンチに座り、呼吸を整えていた。


「あ、綾鷹……。一体どうしたって」


「こ、来ないで!」


「……っ!」


 俺が綾鷹の座るベンチに近づこうとすると、彼女から拒絶の意志を示されてしまう。


「ごめん、ごめんね。取り乱しちゃって。わ、私は大丈夫……だから」


「大丈夫なら……一緒に戻ろうよ」


「ごめん……キモいよね。こんな取り乱しちゃって……本当にごめん……」


 俺は綾鷹に向かって手を差し伸べるが、彼女はその手を掴もうとはしない。

 ただ、1人座りながら地面を眺めているだけであった。


 ーーつくばセンター行き〜つくばセンター行き〜


 そして、そんな彼女に呼応するかのようにして、バス停にバスが到着した。


「え、あ、綾鷹?」


 彼女は俺から逃げるようにして、到着したバスへと乗り込む。


「ほ、他のみんなには後で私から謝るから……。ごめん、今日は帰る……」


 俺が何か言う前に、バスの扉は閉まり、そのまま姿が見えなくなった。

 俺はただ1人、ホテルへ向かうこととなった。






13章 東大オープンは終わってる


の更新は11/21となりそうです。お待ちください。


コメント、レビュー、評価、等して頂けると励みになります。よろしくお願いいたします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ